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今日も、きまぐれで書きます。
《大雨の日、川の両岸から流れ落ち、廻り合う二枚の葉っぱ。 激流や清流や濁流を共に流れて、ようやく広い所にやって来ました。流れは穏やか… しかしそんな時に、どちらかの一枚の葉っぱが川底に沈み、別れとなる。 私は、それだけで終わりと思うのは淋しい。 だから、死んでも必ず会いまみえる世界があると思いたい。》 こんな話を最近、投稿しました。 コメントを頂き、ありがとうございます。 今回の話題は 『輪廻転生』 です。 僕は、このコーナーは辞書もパソコンも一切参照しないで、記憶だけで書いています。 だから少々の間違いは気にしないでね! さて、 輪廻と転生は同じ意味です。 即ち、迷いの六道を生きかわりし、死にかわり、永久にさ迷い苦しみ抜くことを、輪廻転生と言います。 この輪廻転生から《解》き放たれ、《脱》出することを、即ち《解脱》と言います。 解脱と同義語は=悟り=涅槃=成仏=真理などが有ります。 仏教の根幹的な教えは、《二度と輪廻転生しないで、絶対真理に至る》と言うことです。 迷いの六道は《地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天》を指します。 私たちは過去永劫にこの迷いの六道を生まれ変わり死に変わりしているのです。 人も天も、地獄と同じ六道にカテゴライズされています。 しかし、今、ここに、真理の悟りの力で=つまり仏力だけが、六道と違う世界に導いてくれるのです。 その世界を《浄土》と言います。 浄とは、争いを水で流しきる事です。 土は国を意味します。 悩み苦しみ等を仏力が流しきるのです。 六道輪廻をも仏力が流しきり、私たちを安養の浄土に導くのです。 そこには、苦は一切有りません。 絵にも字にも書けない、《極》めて素晴らしい、《楽》しかない世界です。 ですから、浄土を《極楽》とも言うのです。 迷いと苦の六道輪廻から、仏力で脱出して、迷いと苦のない世界である浄土に生まれ変わり、二度と再び輪廻転生しない事が仏教の最高最大の目的なのです。 しかし、こんなことは自力で出来っこない。 だから、他力=仏力に全面的に任せて生きるのです。 |

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