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いま「ゆとりの教育」を考える
小中学校でゆとりの教育が始まってまもなく2年になりますが、子供たちの学力低下の原因だとして、早くも廃止するべきという声があがっています。
2年前、文部科学省はゆとりの教育を開始するにあたって、英語や数学などの既存の科目の授業時間数を大幅に削減する一方で、総合学習という新しい科目を導入しました。結果として既存の科目は初等・中等教育における授業時間が平均2、3割削減され、英語の授業は公立中学が私立中学の半分近くという状態になっています。
授業時間が絶対的に減るわけですから、その分家庭や塾で補習しない限り、学力の低下は避けられません。実際導入後2年たって、学力低下は止まるどころか、加速するような事態になっています。
では一方で、既存の授業を減らして導入された総合学習は、今どうなっているのでしょうか?
先日私は、都内杉並区立和田中学校を取材のために訪ねました。和田中学の校長先生は、東京都として初の民間出身である(元リクルート)藤原和博さんです。
今回私が取材した総合学習のテーマは「ビジネス体験」でした。企業の人事研修とタイアップして、生徒たちが大人のビジネスマンに交じり、クッキーの商品企画から開発、製造そして販売まで行うというものです。
藤原さんは、学習の狙いを「異質なもの同志がともに学びあうことで、全く別のコミュニケーションが生まれ、それによって情報編集力を高めること」とおっしゃいます。
生徒たちは普段「あ・うん」で生活できる学校・家庭の中にいますが、この学習では全く異なる価値観を持った他人と作業をしなければならず、「コミュニケーションをとるためにはどうすればいいのか」を肌で感じて学びます。
しかもこの学習、グループに分かれてクッキーの売り上げ競争をすることで、それぞれの商品企画力から販売力まで優劣を数字で突きつけられるという学校では教えない「世の中の厳しさ」を学ぶこともできます。
藤原さんは、こうした学習を続けることで(「世の中科」と呼んでいますが)生徒たちが「自分たちが世の中の一部であり、世の中に意識を向ければその世の中は変えられる」という自信をつけられればといいます。
総合学習は、成果がすぐにかたちになって見えないという批判を受けます。
確かに総合学習の導入により既存の授業時間が減少し、それが学力低下に拍車をかけている事態は深刻です。
しかし、総合学習は学力とは別の尺度をもって評価しないと、その本質を見失うことになると思います。
総合学習を学校で行うことに関して、次のように反対する意見があります。
「本来学校教育とは、一定の知識を一定の期間に習得させることに特化するべきで、生徒に創造力とか生きる力をつけてやるといっても、それを教師以外の経験を余りもたない教師たちにすべて担わせるのは負担が重過ぎる」。
確かに、藤原さんのように見識と実行力を持って、総合学習を行える学校はほんの一部かもしれません。
しかし現実には、学校はすでに壊れつつある家庭や共同体の代わりとなって、「生活指導」という名のもとにしつけや家庭相談といったことまで負担しているのです。
では今後、生きる力を学校で教えていくにはどうしたらいいか?答えは「第二、第三の藤原さんが学校教育の現場に飛び込んでいくこと」だと思います。
我々は生徒の学力低下や生きる力が弱まったことを嘆き、政府を批判している暇があるなら、まず学校の現場に足を運ぶべきです。その中で、一民間人としてできることからやっていけば、教師の負担も減らすことができます。
では政府は今後何をするべきでしょうか?
カリキュラムをいたずらにいじるのではなく、より経験の豊かな人たちを学校の現場に呼びやすくするために、「教職員免許制度」という規制を緩和し、免許を持たない民間人に対しても教師の門戸を広げることが必要だと思います。
これによって学校が活性化し、それがひいては教師たちが教えのプロフェッショナルになっていくことにつながるのではないでしょうか。
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