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基地の神社
昨日は65回目の終戦の日でした。左翼政権下で初めて迎えるこの日、複雑な思いと暑さで気の滅入るような一日でした。私は一日家で静かにしていようと思っていたのですが、急に個人的な用事ができて横田(基地)に行ってきました。基地の外とは別世界で、たくさんの緑に囲まれ、あの暑さを吹き飛ばす心地よい風さえ吹き渡っていました。休日でもあり、静かに落ち着いた基地内、「あぁ、ここはやはり日本ではない…」、終戦の重苦しい空気は一切感じられない別世界でした。
ふと、先を見ると何やら赤い枠のようなものが… 郵便局の前にあったのは小さな祠、遠くから見えた赤い物は鳥居でした。広々とした芝生の中にポツンと佇んでいるのが何だか不思議な感じです。以前この記事で普天間基地内の神社の話など書いたことがありますが、アメリカ軍はこういうことをきちんとやってくれるようです。第二次大戦終結の際は日本神道が力を持ちすぎているということで日本人から信仰を取り上げるような政策を取ったにも関わらずです。彼等西洋人から見ると、創った者と創られた者が同じように信仰の対象になるのはおかしいということで、高級霊と低級霊(蛇やキツネ)が同じように信仰される社会は蛮族とみなされるのでしょう。よく日本人は「全てのものに神が宿っているんだから…」という表現で済ましてしまいますが(その通りではあるのですが)、それは神仕組みが漠然としているからだと思います。飛躍していると思われるかもしれませんが、このことが日本神道が世界宗教になれなかった、太平洋戦争でアジアの国を守り切れなかった理由でもあると思います。目に見えない世界では日本の民俗神が他のアジアの国々の民俗神を説得できなかったのでしょう。
日本の神社数は正式には把握されていないようですが、8万以上、(お寺も8万近く)稲荷神社だけでも6万を超えると言われています。小さな祠など合わせれば何十万もあるということになります。こんなにたくさんの神社、祠はどのようにして作られたかといえば、もちろん信仰の対象となり得るような天御中主神、天照大神を初めとする国造りの神々を祭ったもの、功労者を祭ったものなどもありますが、かなり多くの裏神と言われる方々(念力、超能力などを得意とする)を祭ったもの、また祟りを恐れて神様に祭り上げることで回避したもの(天神様は今では学業の神様になっているので霊的な機能も変わったのでしょう)、自然霊や精霊を祭ったもの、わるさしないよう封じ込めたものなど様々なのです。最近パワースポットと言って神社に足を運ぶ人が増えているようですので、このあたりは大昔ではないし行く場所によってエネルギーは様々ですし、もう少しクリヤーになってもいいのではないかと思います。
ということで、最近都内では朽ち果てた神社や祠を目にすることも多い中、横田基地の神社に何が祭られているのかはよく分かりませんでしたが、きれいに手入れされた芝生の中に、鳥居もきれいな朱に塗られて佇んでいるのを見て複雑な思いに駆られた終戦の日でした。
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