ゆうてみよかな

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ご無沙汰しています。今日は、毛利和雄さんの『改訂版世界遺産と地域再生』のこと、「ちょっとゆうてみよかな…」って。お時間が許せばおつきあいくださいね。


1.新たな思索の手がかりとしての世界遺産

2011年のことです。
「平泉――仏国土を表す建築・庭園及び考古学的建築群」が文化遺産に、「小笠原諸島」が自然遺産に、登録されました。その時の興奮をまだ覚えていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。
世界遺産に対する興味が高まり、世界遺産に関する著書の出版の機運が高まったということがあるのでしょう。2008年出版された『世界遺産と地域再生』の本が、2011年に『改訂版世界遺産と地域再生』として出版されたのです。
毛利和雄さんは、もとNHK解説委員だった方。文化財報道に長年携わっていらっしゃった経験を生かして、歴史や文化遺産のジャーナリストとして、取材や講演で各地を飛び回っていらっしゃる方です。本書にも、その豊かな経験と学識が反映されています。世界遺産とは何かということにはじまり、平泉、石見銀山の登録までの経緯が述べられ、最後に、尾道、鞆の浦を例に、世界遺産登録を視野に地域再生を考えるとはどういうことかが具体的に示されています。
世界遺産とは何か。
世界遺産と地域の活性化を結び付けるとはどういうことか。
本書を読めば、よくわかります。
けれども、本書を取材記録の書とだけ見るのは、もったいないことではないかと思います。この本の真価はそうではなく、「文化的景観」を手がかりに、地域と文化を再考する思索の書と考えるべきではないでしょうか。


学問の世界の新しい展開は、新しい「概念」の出現とともに始まることが多い。たとえば、いまでは広告用語にも使われるくらい一般的になった「パラダイム」ということばも、それがその昔アメリカの科学史家によって使われてみると、時代をとらえる御世区的な用語となって、またたく間にあらゆる分野で使われるようになった。それは科学史のみならず社会科学や歴史学においても、時代と世界をみる見方を一新したのであった。

ちょっと長い引用となりましたが、これは、青木保氏が書かれた「「伝統」と「文化」」の一節です。エリック・ホブズボウム著・前川啓治/ほか訳『創られた伝統』(紀伊国屋書店、1992年)の末尾に収められ、『創られた伝統』の解説文の機能を果たしています。青木氏は、「創られた伝統(Invention of Tradition)」という言葉が、時代と世界をみる新たな言葉として、広く一般の研究者に使われだしたさまが、「パラダイム」が使われだした状況に似ていることを指摘されています。
「文化的景観」は、今日の「時代と世界をみる見方」として有効な面があるなんて、思ってもみませんでした。「文化的景観」を定義づけて世に広めた「世界遺産」そのものがまた、今日的な「時代と世界をみる見方」の一つとなるのです。『改訂版世界遺産と地域再生』は、それらのことを、実践を通して伝えてくれている、まことに刺激的な本といえます。



2.文化的景観

「文化的景観」はcultural landscapeの翻訳語だそうです。世界遺産条約でいう文化的景観は、(1)意匠された景観、(2)有機的に進化する景観、(3)関連する景観の三つに分類されているそうです。細かく見れば次のように分かれるみたいです。


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毛利さんは「文化的景観」とは何かを丁寧に説明されているため、その後に続く論がわかりやすくなっています。たとえば、毛利さんは、尾道の景観について、次のように述べていらっしゃいます。


尾道の町並みが多くの旅人を集めるのは、町並みの中に点在する名刹の魅力だけではなく、作家や映画監督が舞台として描いたことに意味づけられた「文化的景観」と考えられないだろうか。(134ページ)
私がもっぱら読んできた漢詩という文芸からも、尾道が「文化的景観」を有していることは明らかです。

玉浦饒佳景。 玉浦 佳景 饒[ゆた]かなり
題詩続昨游。 詩を題すること 昨游に続く
  涼風送潮至。 涼風 潮を送りて至り
  秋色挟山浮。 秋色 山を挟みて浮かぶ
  市富存名刹。 市冨みて名刹存し
  港深容巨舟。 港深く巨舟を容す
  笙歌殊可聴。 笙歌 殊に聴くべく
  来倚酒家楼。 来[きた]りて倚る 酒家の楼

これは久保天随の作った「尾道」という題の漢詩です。1921(大正10)年、天随は、岡山、鞆の浦、神辺、尾道を経て、九州、四国へと旅をしました。そのときに作った漢詩のひとつです。海辺の風景のよい場所。大きな港があり、古刹がある……。尾道へ行って、坂を少し登ると、海が見え、多くの船が見えますね。古刹というのも大きなポイントかもしれません。尾道には千光寺をはじめ、由緒ある寺院が数多く存在します。文学の中の尾道を論じられることは多いと思いますが、このように漢詩にも尾道は描写されています。


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古い寺院が描写されることによって景観の価値が高まるでしょうし、世界遺産条約は、まさにその高まった価値を含めて遺産として認めていくと規定しているのです。遺跡や遺産がその元の場所にずっと残ってきたというだけでなく、それが繰り返し芸術や文学の中で認められてきたことも価値とするという考え方は、名所を詠じた漢詩や和歌、その場所を舞台と選んだ文学や映画の貢献度が認められるということにつながります。
久保天随――いったい、何者なの?
そうおっしゃる人も少なくないでしょう。けれども、尾道を漢詩で詠じた一人ということになれば、漢詩人の天随の文学活動も、それなりの貢献度が認められるのではないでしょうか。
世界遺産条約が「宗教、文学、芸術活動と直接関連する景観」を文化的景観の一つとしたことは、文学や芸術などの分野にとっても重要な意味を持つのです。

「皆さん、ふるさとにもどって町おこしをするとき、ぜひ地元の漢詩文も活用してください」

私は、日本漢詩や日本漢文を授業で学生たちに訴えてきました。それは、世界遺産条約の文化的景観から見て、的外れな発言でなかったのだと安心しました。迂遠なようにみえて、地域の人々のアイデンティティを確かなものとし、地域の活性化につながっていくのだということが、すでに語られていたことで、私自身、大いに勇気付けられました。


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3.芸術創造の母胎


毛利さんは、「歴史遺産は、芸術創造の母胎」と述べて、その芸術創造がスタジオジブリのアニメーションにまで及ぶことを指摘されています。
アニメ「崖の上のポニョ」が鞆の浦をヒントにしたことは有名ですね。宮崎駿さんが惹かれた風景が、どのような歴史をたどって今日に至ったかも、毛利さんの本を読めば明らかです。



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本書には、印象的な言葉をいくつも見つけることができますが、以下の言葉はその代表的なものでしょう。
歴史遺産はだれしもが認めるものがあらかじめあるのではなく、新たな概念の設定にともなって新たな遺産が発見されたり、その意味が深められたりするのである(134ページ)
石見銀山の価値を高めたのは、山が緑に包まれている点だったとか。
山の緑を守る配慮をしながら銀の採掘が行われてきた点が評価され、登録延期だったのが逆転登録の決め手になったのだそうです。「環境との共生」という新たな考え方によって、遺産が評価されたのでした。
時代によって評価が変遷することは、『創られた伝統』で論じられてきたことと呼応する発言です。未来にどのような評価が生じるかわかりません。
「本物の資産(歴史遺産)を残しておかないと、後からでは取り返しのつかないことになる」という毛利さんの訴えは、文化保護の立場からは頷けます。
けれども、どうなるかわからないことのために、不便を強いらたり、不本意な暮らしをしたりするのは、地域に生きる人たちにとって耐え難いでしょう。


では、どうすればよいのでしょうか。
魅力的な「ストーリー」の発見が必要なのだと思います。


毛利さんの本によれば、「世界遺産は複数の文化財をあるストーリーの下で総合的に保護することが重視される」そうです。そのため、石見銀山は総合的な保護政策がとられ、世界遺産登録へとつながったということが述べられていました。


世界遺産登録への戦略としての「ストーリー」を作る前に、地域に生きる人々にとって、遺産を後世につなぐための「ストーリー」を語っていかなければいけないのでしょう。
毛利さんはそのためのヒントも提示されています。例えば、尾道の茶苑文化、鞆の浦を含めた朝鮮通信使の道など。地域の人々が世界に発信したいと思う「ストーリー」の構築に寄与できるのは、歴史学など既存の学問だけではありません。家族の歴史であったり、家庭料理の味であったり、洗濯物の干し方かもしれません。
広島の漢詩人菅茶山は、歌の節回しの変化によって、異郷に来た実感を噛み締めました。「摂州路上」(摂州の路上)と題された絶句は、文化11年(18145月、菅茶山が藩主の命で江戸に赴く途中に作られたものです。詩人は67歳でした。


長程沿路故人饒 長程 路に沿いて故人饒[おお]
日日吟觴餞復邀 日日 吟觴 餞[おく][][むか]
   行聴秧歌音節異 行きゆきて 秧歌[おうか]を聴けば 音節[おんせつ][]れり    始知桑梓已遙遙 始めて知る 桑梓[そうし][すで]に遙遙[ようよう]るを 
 
秧歌とは中国の東北部を中心に農村で行われた踊りを伴う歌のことです。菅茶山が五月に耳にしたとすれば、田植えの歌でしょう。茶山が、ふるさと神辺から遥か遠くに来たことを実感したのが、歌の節回しだったのです。このようなことも、文化的景観を構築するひとつでありますが、それに気づいて文学化するには、観察力が不可欠でしょう。

そして、このような観察力で見出された風景は、「ストーリー」の一要素となることでしょう。優れた漢詩作者たちは、生活者としても達人でありました。
日々の生活を丁寧に営んでいくことと、観察力の向上は、相関関係にあるといっていいかもしれません。毛利さんはおそらくそのことに気づかれ、故郷尾道に近い鞆の浦での生活を選ばれたのではないかと推察します。


4.地域の再生から日本の再生へ

毛利さんは、世界遺産を切り口に、さらにその規定した文化的景観を切り口に思考する醍醐味を教えてくださいました。次は、さらに大きな視座で論じていただきたけるのではないかと期待しています。
地域から日本へ、そしてアジアへ。ポニョのモデル鞆の浦からの毛利さんの発信に、これからも注目していきたいと思います。


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・・。; ++;。・・。; ++;。・・。; ++;。・・。; ++;。・・。; ++;。・・



出版社:新泉社
ISBN-10: 478771113X
ISBN-13: 978-4787711137


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御高覧くださり、どうもありがとうございました。
 

閉じる コメント(8)

へえ〜!スッゴク勉強になりました!\(^o^)/
ありがとうございました(*^^*)
( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆⭐⭐

2013/3/3(日) 午後 11:07 うさぎ庵

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うさぎ庵さん、ありがとうございます!

2013/3/3(日) 午後 11:29 ookini_neko

文化的景観に触れる瞬間って素敵ですよね〜☆
でも時代によって色々と解釈とかが違ってきたり、
生活からかけ離れすぎてしまうと、想像が全てになって
きてしまたりもしそうですよね〜。

学生時代に尾道には一度行きましたが、
人が住まなくなってしまって、廃墟が少しずつ増えてきて
しまっているのが問題になっていると、ちょっと
づつ言われていたころだったと思います〜。

私も古民家だすきだったりしますが、
現実からは離れてしまったイメージでしかなかったりします〜。

近代の建物も暴力的に建っていたりするものも多く、
何年たっても文化的な建物になれそうなものも多かったり、
利便性を求めすぎて、古いものも再生より荒廃が
近年は人口減少などもあって目だっているので、

文化的景観とどのように向き合っていくか、
景観だけでなく、しっかり文化も残していきたいですよね〜♪

最近はグロバールすぎて、
文化に育つ前に古くなるのが早すぎて、

文化がなにかも希薄になっている、
考える時間もない感じもしてしまいます〜!

ぽち〜☆

2013/3/8(金) 午後 5:42 *nob*

いつのまに毛利さんの著書の紹介を。知れば喜ぶでしょう。

2013/6/17(月) 午後 7:41 わくわく亭

まだ未承認のまま。

2013/7/22(月) 午後 7:34 わくわく亭

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Nobさん、ありがとうございます。

2013/10/24(木) 午前 8:36 ookini_neko

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わくわく亭さん。ありがとうございます。

2013/10/24(木) 午前 8:37 ookini_neko

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みなさん、お返事遅くなってしまって、すみませんでした。
コメントくださった方、「いいね!」をくださった方、ツイートくださった方、どうもどうもありがとうございました。

2013/10/24(木) 午前 9:06 ookini_neko


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ookini_neko
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