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十勝海岸の湖沼の一つ、ホロカヤントーの近くにある、竪穴遺跡です。 ここは、およそ千年前の擦文文化期の竪穴住居の遺跡です。 住居の形は、角の丸い四角で、かまどがありました。 擦文文化を残した集団は、縄文人を祖先にもって、後世のアイヌ民族に大きな影響を与えたと考えられているそうです。 看板の説明では年代が分からなかったので、少し調べました。 千年前の集落なのですね。 千年前というと、京の都では王朝文化が花開き、源氏物語が書かれた頃です。 比較することは愚かですが、ずいぶん違うものですね。 ホロカヤントーの手前で丘を上がると、広々とした台地で、そこにこの集落の跡があります。 眼下に太平洋とホロカヤントーを見下ろし、背後には原生林を控えて、とても景色のいいところ。 海の幸、湖の幸、山の幸に恵まれて、集団で力を合わせて、平和な日常が営まれていたのだと想像します。 ポコポコ開いた穴の一つ一つが住居跡です。ざっと見渡して、20個くらいありました。 囲いも何もなくて、文化財の周りを自由に歩けるんですよ。 広い太平洋を眺め、ホロカヤントーを上から見下ろし、なかなか絶景・・・ 晩成温泉の近くですから、もし行かれることがあったら立ち寄ってみてください。
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千年前にここに人が住んでいたんですね。
なんか、いいなぁ。
ロマンを感じます。
2009/4/19(日) 午後 9:07 [ パール ]
パールさん・・・
ちょっと分かりづらいかもしれないけど、お隣さんがかなり近いんです。
時には喧嘩もあったかもしれないけど、仲がいいからこれだけ近いところで生活できたんでしょうね。
2009/4/19(日) 午後 10:28
おはようです^^
十勝に住んで間もないころに、一度だけ訪れました。それから○十年も行っていないことに、今気づきました^^
オオバナノエンレイソウの群生を広尾へ見に行く予定をしているので、忘れなければその帰りに寄り道してみたいです。
2009/4/20(月) 午前 7:52
北おやじさん・・・
この丘に上がる道には、ロープが張ってありました。
下の、海沿いの道の路肩に車を停めて、徒歩で上がりました。
枯れ草をサクサク踏む音が心地よかったです。
2009/4/20(月) 午前 8:22
おはようございます。
集落は立地条件の最高の場所ですね。
海の幸、山の幸を持ち寄って賑やかな光景が目に浮かぶようです。
2011/5/30(月) 午前 6:53
かけさん
立地は最高です。
ご時世ですから、津波が来たら・・・と、思いましたが、海面から数メートルはあると思われますので、よほど大きな津波でない限り大丈夫でしょう。
昔の人はいい所を見つけたものです。
2011/5/30(月) 午後 10:18
標津遺跡群(しべついせきぐん)は、北海道標津郡標津町字標津に所在する擦文文化やオホーツク文化の集落跡を代表する広域的な遺跡群である。
伊茶仁カリカリウス遺跡(位置)(いちゃにカリカリウスいせき)は、ポー川と伊茶仁川に挟まれた標高20メートルの台地に位置する。1200あまりの竪穴住居跡が台地縁辺部で観察され、ここでは擦文文化の竪穴住居の構造が明らかにされている。1979年(昭和54年)5月22日史跡に指定される。
古道遺跡(位置)は、標津川の流域の標高8メートルの左岸段丘に立地し、擦文時代を中心とする219の竪穴住居跡とコの字形の面崖式チャシからなり、1976年(昭和51年)6月21日史跡に指定される。
三本木遺跡(位置)は、標津川の左岸に発達した海岸砂丘上に立地するオホーツク文化期の五角形ないし六角形の21軒分の竪穴住居跡が地表から観察され、下層に続縄文文化の遺構の存在が確認された。1989年(平成元年)10月22日史跡に指定される。
2016/8/27(土) 午後 4:50 [ 北海道にまた行きたいな ]