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11月30日和歌山県の海岸を北上して、湯浅(ゆあさ)町に行きました。
古い醸造元があり、辺り一面いい香りが漂っていました。
これは、天保12年(1841年)創業の「角長」の蔵を裏から見たところ。
その醤油蔵のある街並みは湯浅の重要伝統的建造物群保存地区として選定されています。
落ち着いた、いい通りを歩いてきました。
旧家ばかりなので、お家には古いものがたくさんあるのでしょう。
いろいろなものが連子格子に飾ってありました。
昔の道具を保存・陳列してあるのですが、内部の写真は撮影禁止でした。
江戸時代と変わらない製法を守り続けている「手づくり醤油」の醸造元です。
角長で「手づくり醤油」を、金山寺味噌屋さんで「金山寺味噌」を買ってきました。
醤油は濃い口しょうゆで、コクがあってマイルドで、風味があるように思いました。
ここまで来たら、絶対外せないところがあるんですよ。
さて、ここはどこでしょう?
和歌山電鉄貴志川線 貴志駅です。
そうです!
ぐっすりとお休みでした。
でも、本物のたま駅長です!
かわいいな〜
顔を見たかったけど、これで我慢しておきます。
カフェコーナーもありますよ。
だから電車も来ます。
かわいい駅長さんとお別れして、次に向かったのは「風猛山粉河寺(ふうもうざん こかわでら)」
西国三十三箇所の札所の第三番です。
赤い大門の横を車で通り過ぎ、広い境内を歩いて行くと、中門があります。
1832年に建てられたもので、「風猛山」の扁額は、紀州十代藩主徳川治宝(はるとみ)侯の直筆。
重要文化財の本堂。
1720年建立。
ご本尊は「千手千眼観世音菩薩」
このご本尊、絶対の秘仏とされ、公開された記録はありません。
日本の仏教寺院では、本尊が秘仏である場合、「お前立ち」と称する代わりの像を本尊厨子の手前に安置する場合がありますが、粉河寺においては「お前立ち」像も秘仏です。
ご本尊は火災を避けるために本堂下の地中に容器に入れて埋められていると言われています。
「お前立ち」像は年に一度、12月31日に僧侶が掃除のために開扉しますが、一般人が拝観する機会は全くないそうです。
以上、Wikipediaを要約
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和歌山県
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紀伊山地の霊場と参詣道の一部として世界遺産に登録されている熊野古道、そのルートは、都から、また、伊勢神宮から、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)へと通じています。
11月30日、和歌山県の海岸に沿って北上をし、主にみなべ町で幾つかの「王子」に寄りました。
みなべ町を選んだ理由は、特にありません。地図を見て目星を付けただけです。
「王子」とは熊野詣での参詣途上で儀礼を行う場所のことで、皇族・貴人の熊野詣に際して先達をつとめた熊野修験者の手によって整えられました。
皇族・貴人の参詣の守護を祈願することが第一の目的なので、王子があるのは、彼らが通る紀伊路・中辺路(都に繋がっている所で、主に和歌山県)の沿道に限られていて、全部で九十九ありました。
三鍋(みなべ)王子
梅干しで有名なみなべ町、かつては南部町と表記しましたが、もっと前は三鍋と書いたのですね。
近世には立派な社殿があったそうですが、明治時代に整理されて、今は小ぢんまりとした神社が建っています。 熊野詣での折、人々はこの地蔵堂で休憩してから王子に参詣し、熊野に向かったと言われています。
樹齢約350年。
胸高の幹周り4.3m。
千里(せんり)王子
建築年代の分かっている王子として、貴重だそうです。
この浜には、アカウミガメが産卵にやってきます。
岩代(いわしろ)王子
上皇や女院の御幸の折、拝殿の板を削って供奉人の名前と参詣回数を書いて、打ち付ける習わしがあったそうです。
拝殿はボロボロだったのかも?
海岸のすぐ近くにあります。
生えている木はシュロ。
南国っぽいですね。
ここまではみなべ町の王子です。
王子めぐりをしててもキリがないのでこれだけにしようと思ったのですが、もう一つだけ行ってみました。
印南町の切目(きりめ)王子です。
王子は九十九あるのですが、その内特に重要なものを五つ選んで「五体王子」としました。
この切目王子は、五体王子の一つです。
今年の大河ドラマの主役平清盛さんも熊野詣でに行きました。
平治の乱が起こった時も参詣途中だったのですが、ここ切目王子で源義朝の挙兵を知り、急きょ引き返しました。
国道42号線をさらに北上。
御坊市では、某有名高専の前を通り、白崎海洋公園を目指します。
白崎という通り、白い岩です。
白崎海洋公園に到着。
公園全体が白い石灰岩で囲まれています。
岩が一部茶色っぽいのは、崩落予防のためにネットが掛けられているため。
奥に、宿泊用のログハウスがあります
スキューバダイビングのポイントでもあり、センターハウス、レストランなどもありました。
らせん階段を上がると、遊歩道が整備されています。
上からの風景も素晴らしかったです。
世の中にはおもしろいもの、珍しい風景、たくさんありますね。
近くに行かれたら、行ってみてください。
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11月29日、熊野那智(なち)大社に行きました。
那智山には、熊野那智大社・その別宮で滝をご神体とし本殿を持たない飛瀧(ひろう)神社・西国三十三箇所第一番札所である青岸渡寺(せいがんとじ)などがあります。
古くからの信仰の山で、熊野本宮大社・熊野速玉大社と合わせて熊野三山と言われます。 那智・・・といえば「那智の滝」が有名ですね。 高さ133m、幅13m、滝つぼの深さ10m、平均水量毎秒1トン 飛瀧(ひろう)神社というのは、この那智の滝自体がご神体で、本殿も拝殿もありません。 直接、滝を拝むのです。 滝の飛沫を浴びると延命長寿のご利益があるそうです。 世界遺産、国指定名勝、日本の滝百選、日本の名水百選、日本の音のある風景百選、滝が含まれる那智原生林は国指定天然記念物。
その那智の滝を見に行ったのですが・・・・・
去年の豪雨で、大変なことになってました。
話には聞いていたのですが、もう復旧されたと思っていました。
しかし、まだこんな状態。
滝つぼも浅くなってしまったとのこと。
自然の力には勝つことはできません。
9月、相次ぐ台風と大雨によって、南紀地方は甚大な被害が出ました。
幹線道路はほとんど復興していますが、山間の県道など、まだまだ爪痕は残っています。
滝から歩いて登り、お詣りしました。
創建の時期等については不詳ですが、伝承では仁徳天皇の時代(4世紀)、天竺(インド)から渡来した裸形上人による開基とされてるそうです。
共に、世界遺産(文化遺産)
明治の神仏分離令により仏堂が廃されましたが、那智では観音堂が残され、やがて青岸渡寺として復興したそうです。
今、仏様と神様が仲良く並んでいらっしゃいます。
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那智から国道42号山を和歌山市方向に進み、すさみ町の黒島トンネルの少し手前にある廃業したレストランの近くの風景です。
あら?何やらピンクの花が写ってますね。
これ、ブーゲンビリアです。
咲いていました。やはり南紀は暖かいのですね。
普通3輪咲くそうです。
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日置川(ひきがわ)を、少し遡ってみました。
ここにも、熊野古道がありました。
赤い線が熊野古道、グレーの線が県道37号泉です。
川は日置川。
古道は、安居(あご)の渡しを舟で渡って仏坂に向かうのですが、渡し舟は昭和29年に廃止されました。
そのために、平成14年、う回路を整備。
口ヶ谷(くちがたに)橋を渡り、仏坂進入口と書いてある所まで車で行けます。
その先の緑の線がう回路(徒歩)です。
しかし、道は荒れていて人が歩いた形跡はありませんでした。
川向こうに「仏坂」の文字が見えます。地図の緑のう回路を歩いてくると、ここに来るのです。
しかし、柵がしてあるようにも見えて、もしかしたら通行禁止かも?
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国道42号線をさらに北上。
白浜町に着きました。
暗くなりそうだったので急いで「三段壁(さんだんべき)」と「千畳敷」に・・・・・
長さ2km、高さ50m〜 60mの大岩壁で、断崖絶壁の名勝です。
断崖の先端には展望台が設けられて居るそうですが、時間が遅かったので行きませんでした。
地下36mには海蝕洞窟があり、断崖上から地中をエレベーターで降りると洞窟内部を観覧できるそうです。
営業は終わっていました。
こんな断崖絶壁を見ると、心配になりますよね。
やはりありました。
こちらは千畳敷です。
新第三紀(2303万年前から258万年前まで)の砂岩でできた太平洋に面したスロープ状の岩盤。
砂岩は非常に柔らかいので、打ち寄せる波の浸食を受け、複雑な地形になっています。
この後、三段壁・千畳敷とセットの景勝地「円月島」に行きましたが、暗くなってしまったので写真は写せませんでした。
ひょうたん島のような形の島の中央にぽっかりと穴の開いた形をしています。
紀州の旅はまだ続きます。
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11月28日に行った、熊野古道・赤木越えの続きです。
熊野古道は、紀伊山地の霊場と参詣道の一部として世界遺産に登録されている、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)へと通じる参詣道のことで、実にたくさんのルートがあります。
南紀に行くたびにあちこち歩いていますが、とてもとても、歩ききれるものではありません。
未整備の古道も残っていて、興味の尽きない所です。
赤木越えの後、湯の峰温泉でお弁当を食べて、大日越えのルートで熊野本宮大社をめざしました。
湯の峰温泉 ⇒ 本宮大社 3.4km
ルートマップはこちらです。
この王子は熊野本宮大社とゆかりの深い王子で、大社の祭礼である「湯登り神事」の伝統が今も受け継がれているそうです。
鼻欠け・・・どころか、頭がほとんどありません。
鼻欠地蔵の伝説
左甚五郎(ひだりじんごろう=江戸初期の彫刻師)は本宮に泊まり、大日越えで湯の峰に仕事に来ていた。 大日峠を越えて甚五郎に弁当を届けていた弟子は、峠にあるお地蔵さまに弁当を一箸分供えて師匠の安全を祈っていた。 それを知らぬ甚五郎はいつも一箸分弁当が減っているのを、弟子が盗み食いしていると勘違いし、ある日、些細なことを理由にその弁当持ちの弟子の鼻をチョンナ(木材を削る大工道具)で削いでしまった。 弟子は血まみれでその場を逃げ出す。 その日の夕方仕事を終えた甚五郎は、やり過ぎたことを悔やみながら峠にさしかかると、そこのお地蔵さまの鼻がまるでチョンナで削がれたように欠けており、血が流れていたという。 『くまの文庫2 熊野中辺路伝説(上)』 熊野中辺路刊行会 より
鼻欠地蔵を過ぎると、下りになります。
熊野本宮大社の末社の一つ。
お堂内には、峠越えの名の由来でもある、高さ2mに近い大日如来が祀られているそうですが、残念ながら祭礼の時以外は拝観できません。 この辺りまで来ると、木々の間から国道や熊野川の流れがが見えてきて、峠越えももう終わり。
大斎原については後程・・・・・
歩いているときに見えた巨大な鳥居は、高さ34m、幅42m。中央に八咫烏を掲げた日本一の大鳥居です。
熊野本宮大社は、昔は熊野川の近くにありましたが、明治22年の大洪水で大きな被害を受けました。
当時、上・中・下の三社あったのですが、中・下社が流されてしまったのです。
その祠は、もしまた大洪水が起きた時でも大丈夫なように、石で造られています。
向かって左に「中・下社」、右には「八咫烏神社」「音無天神社」などの末社が祀られているそうです。
この先のマップはこちら (右の端の方です)
この辺りは「はらいど団地」で、周りにはたくさん住宅が立っていますが、住宅地の奥の狭い階段を上ると、そこからは再び山道になり、熊野古道の雰囲気があります。
「ちょっと寄り道展望台」があったので、行ってみました。
大斎原の大鳥居が遠くに見えました。
(ズームしています)
ここは、熊野古道中辺路(なかへち)と、高野山に向かう果無街道との分岐点でした。
熊野詣でが盛んだったころは、この辺りは道幅も広く、左右は松並木で石畳も敷かれていて、三軒の茶屋があり、大変賑わったそうです。
休憩所がありますが、トイレはありません。
今回はここまで。
わが愛車の待つ道の駅に向かうべく、左の階段を降りました。
(熊野古道は橋を渡って直進です。)
舗装された道を700mほど歩くと、国道168号線に出ます。
そこから道の駅までは、500mほどです。
トータルで、13.8km。
山を二つ超えた古道歩きでした。
この後は、もちろん温泉!!
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11月28日、和歌山県田辺市本宮町の熊野古道「赤木越え〜湯の峰温泉〜大日越え」を歩きました。
熊野古道は、紀伊山地の霊場と参詣道の一部として世界遺産に登録されている、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)へと通じる参詣道の総称です。
このように、「道」が世界遺産として登録されているのは、他に「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」がありますが、道が世界遺産として登録されること自体、珍しいことだそうです。
今回のルートは、こちら。
道の駅「奥熊野古道ほんぐう」に駐車して、始発の龍神バスにて「発心門王子(ほっしんもんおうじ)」に向かいます。
道の駅の朝の風景。
川霧も立って、結構寒かったです。
始発と言っても、8時17分。
貸し切り直通バスでした。
「王子」とは参詣途上で儀礼を行う場所のことで、皇族・貴人の熊野詣に際して先達をつとめた熊野修験者の手によって整えられました。
皇族・貴人の参詣の守護を祈願することが第一の目的なので、王子があるのは、彼らが通る紀伊路・中辺路(都に繋がっている所です)の沿道に限られていて、全部で九十九ありました。
いい雰囲気です。
このルートは「中辺路(なかへち)」と言われるルートです。
コースから少し離れてひっそりと立っていました。
この石碑は、享保8年(1723年)に紀州藩が熊野御幸の史蹟顕彰のために建てたものです。
橋を渡って真っ直ぐ、坂を上ります。
ここにトイレ、あります。
ここまで1.2km。
アップダウンを繰り返しながら、のんびり来ました。
道標はしっかりしているので迷うことはありません。
さて、ここからが大変。
目の前に立ちはだかる山を一気に登る、急な山道が続きます。
歩きにくい階段の連続です。
やっとの思いで急登を登り切ると、後はゆったり歩けます。
伝承によると、ここで、一遍上人の侍者聖戒(しょうかい)が上人のためにご飯を炊いていたところ、水がなくなりお鍋が割れてしまったとのこと。
それで鍋割地蔵だそうですが、お鍋が割れるのはともかくとして、水がなくなり焦げ付いて、お鍋が使用不可能になることは、よくあることです。
高さ23cmの弘法大師様です。
小さな像ですが、祠が二重になっていました。
地元の方の思いやりでしょうか。
ここには何があったのでしょうか?
11:00 柿原茶屋跡
今も廃屋が残っています。
テレビのアンテナも残り、庭にはたくさんの瓶で花壇の縁取りがしてありました。
比較的近年まで住んでいらっしゃったのでしょうか。
「西国三十三所名所図会」には、「湯峯より廿五丁(二十五丁)にして柿原茶屋人家二軒あり・・・」と記されているそうです。
しばらく歩くと、この景色!
遠くは大峰の山々だと思います。
矢印が手の形ですよ。
12:00
湯の峰温泉に到着。
発心門王子から7.1km
分岐点から5.9km
中の様子はこちらでどうぞ。
川に向かっている階段を下りた先には「湯筒」があります。
90℃の温泉がボコボコ湧き出しています。
ここで茹で卵を作るつもりで、生卵を持って行きました。
近くの売店で売ってるのは知ってたけど、多分お高いし・・・
(現地調査の結果・・・
2個100円、5個200円でした。)
まあ、値段のことではなく、わざわざ持って行くということに意義があるわけで・・・
13分で半熟、20分で固ゆで。
でも、お弁当のおかずにおいしくいただきました。
湯筒の周囲は暖かいんです。
それで、ここででお昼を食べて、その後大日越えで本宮大社に向かうのですが、続きは第二部で・・・・・
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