ゆうの郷 U-cotan

北海道で暮らしています。北海道はいい所。皆さん来てください。

島根県

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1月24日、雪の松江市、そぞろ歩き。


市内の駐車場に車を停めて、松江城に行きました。
お城行くためには、必ずお濠を渡ります。
宍道湖に近い松江の街、豊かな水の街でした。
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「千鳥橋」 後ろは県庁です。
江戸時代には「御廊下(ごろうか)橋」と言われ、お城の中心部と藩主の館を結ぶ重要な橋だったそうです。
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「南櫓(みなみやぐら)」
実は、この櫓の用途はわかっていないそうです。
場所から推察するに、城下町を監視するための櫓とも言われています。
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「興雲閣」
この建物は、明治天皇をお迎えしようと、明治36年に建設されましたが、日露戦争勃発のため天皇の行幸は実現しませんでした。
しかし、明治40年、皇太子(後の大正天皇)の行啓の時、ご滞在所として役目を果たしました。
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「松江城」天守閣
1611年築城で、国の重要文化財。
このころから雪が降ってきました。
薄い雪のカーテンの向こうに見えるお城は、堂々としていて存在感がありました。
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ここからは、主にラフカディオ・ハーン(小泉八雲)に関する写真です。


松江城の中に「城山稲荷」があり、ハーンさんはよく散歩の途中に立ち寄りました。
彼は、当時2000以上もあった石狐の中の、この耳の欠けた石狐が特にお気に入りだったそうです。

また、この稲荷の火除けのお札にも興味を示して、彼の著書「知られぬ日本の面影」で、
「このお札は、城内のお城山の稲荷さまからいただいたもので、防火の護符である。実際、木造建築に関する限り、これらの護符は、松江で唯一の防火設備である。」
と書いています。
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雪はだんだん激しくなってきました。
城内の森に降る雪です。
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お城の北のお堀端にある「小泉八雲旧宅」
旧松江藩士の武家屋敷を借りて、明治23年から、ここでセツ夫人と暮らしました。
ハーンさんは松江・熊本・神戸・東京で、十軒の家に住みましたが、当時のまま保存されているのはここだけだそうです。
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南の庭。
ガラスも当時のものだそうです。
割れたら大変!
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手前が居間、奥の部屋はハーンさんの書斎。
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ハーンさんの机(レプリカ)
とても高いですよね。
ハーンさん、一体どれほどの長身・・・・・
実は約160cmと、小柄な方だったそうです。
ハーンさん、事故で左目を失明し、右目の視力もとても弱かったので、顔を机に近づけて読み書きされました。それで、このように高い机が必要だったそうです。

右奥は妻のセツさんの部屋。
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書斎の床の間です。
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ハーンさんの旧宅を出て、お濠沿いに並ぶ、武家屋敷の前を歩きました。
この通りは「塩見縄手」と言われ、伝統的美観保存地区です。
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お堀には、この寒いのに「堀川遊覧船」が!
きっと、予約してた団体さんでしょうね。
おお、寒そう!
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出雲大社

1月24日、一畑薬師の後、出雲大社へ。
霙の降る中の参拝でした。

出雲大社には「大国主命」が祀られています。
スサノオノミコトの皇子または皇孫と言われ、まじない、医薬などの道を教え、葦原中国の国作りを完成させました。
神話では、国土を天孫ニニギノミコトに譲って杵築(きづき)の地に隠退、後に出雲大社の祭神となったと伝えられています。

大国主命は、目に見えない分野を司るとして、これが後に「縁結び」につながったとも言われています。



まず、出雲そばで腹ごしらえ。
江戸時代後期の出雲松江の名藩主、松平治郷公は「不昧(ふまい)公」の名で親しまれ、茶人としても有名です。
当時「高貴な人はそばを食べない」とされていたにも拘らず、お忍びで夜に屋台の蕎麦(いわゆる夜鷹そば)を食べに行くほどの蕎麦好きだったそうです。

割子そばが有名ですが、とろろそばをいただきました。
写真の奥に少し写っているのは、アゴのちくわ。
歯ごたえがあっておいしかったです。
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出雲大社の参道は細かい玉砂利が敷かれていて、両側は松並木。
遠くに見えるのは、銅の鳥居。
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この参道を進んでいくと、左手に大国主命の像があります。
卯年に因んで、因幡の白ウサギと一緒の像を・・・
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拝殿です。
しかし、出雲大社は、60年に一度のご遷宮の最中で、現在はこの拝殿が仮本殿で、大国主命様はここにいらっしゃいます。
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後ろのシートに覆われたところが 「大社造り」と呼ばれる日本最古の神社建築様式の「本殿」で、国宝に指定されています。
手前は「八足門」。
その右のシートに覆われている所は「手水場」
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これが手水場の写真です。
迷路に入って行くような気がしました。
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神楽殿
ここにも大きなしめ縄があります。
日本一の大きさで、重さは5t。
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このしめ縄に向かってコインを投げて、うまく刺さったら、願い事が叶うと言われています。
もちろんやってみましたよ。
5回目くらいに刺さりました。
私の願い事は、いつも「心願成就」
欲張りですか?
神様はきっと、私の一番の願いをご存じのはず・・・と信じています^^
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なお、拝殿(仮本殿)のしめ縄にコインを投げてはいけないようです。
横に衛士さんがいらっしゃって、刺さっているコインは一個もありませんでした。
1月24日、雪の宍道湖畔で目覚めて、宍道湖の北岸を西進。
島根県出雲市にある「一畑(いちばた)薬師」に行きました。

雪は時折ちらつく程度。
まだ余裕です。

途中、一畑電鉄の列車に出会いました。
小さな鉄道だけど、頑張ってますね。応援したくなります。

一畑薬師に参詣するために敷設された路線で、1914年(大正3年)開業。
去年公開された映画『RAILWAYS 』の舞台になりました。
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さらに国道431号線を西に進み、案内看板に従って右折、山の上にある一畑薬師に向かいます。

通称「一畑薬師」といいますが、「一畑寺」が正式だそうです。
目にご利益があるお寺で、臨済宗 (妙心寺派)、また一畑薬師教団 の総本山です。

国道から曲がってしばらくは、田園の中ののどかな道でした。
そのうちだんだん急こう配に・・・・・
しかも、雪はたっぷり。
十分対向できる道幅はありましたが、坂がきつい・・・

登りは、数台分の轍がついていてゆっくり行けばたぶん大丈夫。
凍結はしていないし。
しかし、ここを下る・・・?

反対車線には一台しか通った跡がありません。
雪道は下りの方が怖いです。

しかし行くしかない。

上には広く除雪された駐車場があり、一台のバスが停まっていました。


寒かったです。しかし、山の上のお寺は広々としていて、寒さが清々しかったです。

ほとんど閉まっていましたが、一応門前の商店街があります。
その先に、百八基灯篭の並ぶ参道があり、境内に続いています。
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法堂(はっとう)。この中に座禅堂があります。
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階段の右にあるのは法堂。
階段の途中に仁王門。
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階段を上った所に本堂、観音堂など。
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本堂の前には、お茶の無人販売所がありました。一畑薬師の境内で採れたお茶の葉で、500円。
「一畑」は地名で、元々薬草畑が多かったそうです。
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このお茶を「お茶湯(おちゃとう)」といい、本堂の横にいただけるところがあります。
(無料。持ち帰るための徳利は500円)
とても冷たいお茶でした。
中央にある薬師如来像にお茶をかけました。
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標高200mの山の上にあるお寺なので、景色はきれいでした。
山頂にはコテージもあります。
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なお、法堂の改修工事が計画されていました。
総工費一億円。
自衛隊の賢い魚雷一発分です。
何だか複雑・・・・・

帰り道ですが、お詣りしているうちに気温も上がり、バスが3本くらい下りて行ったので、問題はありませんでした。
よかった。

ところで、これ、トラツグミでしょうか?
     イソヒヨドリの♀だそうです。
 
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