|
3月23日〜25日 東京方面に行きました。
ちょうど東京地方、ソメイヨシノが満開。
上野公園はお花見の人で大賑わいでした。
土曜日だったので特に多いのだと思いますが、イナカモノの私にはびっくり仰天の人の多さでした。
せっかく上野に行ったんだから、パンダに会ってきました。
ぬいぐるみみたいでかわいい〜〜
共に7歳の、リーリー(♂)とシンシン(♀)
どちらがどちらか分かりません。
ちょうどお食事タイムでした。
とぼけたた表情のハシビロコウ。
ほとんど動かず、時折ゆっくりと動きます。
不忍池
動物園の後は、国立科学博物館に「グレートジャーニー展」を見に行きました。
20万年前にアフリカに生まれた現生人類(ホモ・サピエンス)が、6万年前から世界中に拡散していった旅路を、イギリスの考古学者ブライアン・M・フェイガンは「グレートジャーニー」と名付けました。
1993年、日本人探検家の関野吉晴さんは、この人類最大の旅の過程を自らの腕力と脚力を頼りに動力を一切使わず、逆ルートで体験する旅に出ました。
その様子は度々テレビで放映されていたので、皆さんご覧になったことと思います。 館内に入るとまず出迎えてくれるのが、この化石(レプリカ)です。
これは、アフリカ、タンザニア・ラエトリ遺跡にある、人類最古の足跡。
親子三人が歩いた跡とみられています。
ここは人類が地球上に拡散していくスタート地点、私たち人類のすべてはここから始まったのです。
広い世界の各地で、長い時を経て様々な文化が受け継がれて私たちの今があるのですが、かつて行われていた風習を現在に伝えるものが展示してありました。
写真撮影禁止なので、こんな画像しかありませんが、ケースの中に三つ並んでいるのは、干し首です。
かつて世界には首狩りをしていた多数の部族がいました。
彼らは、宗教的な意味合いや部族間の争いの戦果として首を狩ったと言われています。
しかし首狩りの意味は時代とともに変わり、19世紀中ごろからは、アマゾンの先住人たちは観光客を目当てにお土産として(!)、干し首を売買していたことも分かっています。
ここに展示してあるのは、ある日本人がお土産に購入して日本に持ち帰ったものだそうです。
後頭部から頭蓋骨を取りだし、高度な技術を使って内側からくちびるなどを縮め、握りこぶしほどの大きさの干し首を作ったもの。 髪の毛はその人の自毛、睫毛、眉毛、産毛もそのままも残っていました。
撮影禁止なので写真はありませんが、世界最古のミイラも展示してありました。
ミイラと言えばエジプトを思い浮かべると思いますが、世界で最初にミイラを作ったのは、チリ北部のアタカマ砂漠に住んだチンチョロ族の人たちだったそうです。
日本に初上陸したその約5000年前のチンチョロ文化のミイラは、子供のミイラ。
CTスキャンで調べ、いろいろな謎が解き明かされたそうです。
人類最古の足跡の化石(ラエトリの足跡)など様々な科学データから復元させた、私たち人類の最初の姿。
あの足跡を付けた親子三人が360万年の時を経て蘇りました。
猿人復元の学術モデルをナインティナインの岡村隆史さんが担当したそうですよ^^
但し書きがありました。
これは、決して彼の容姿によるものではない。
彼の表情を作り出す能力が優れているからだ・・・と。
最後に、科学博物館の屋上から、上野駅とスカイツリー
|
東京都
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
|
3月25日、陣馬街道・和田峠のこんな山道から東京に入りました。
東京にだって、こんな所はありますよね。
しかし・・・こんな所から東京入りをしたのは初めてです。
はるかかなた、下界に見えるのは、八王子の市街です。
こういう風景を見ると、わくわくします。
山道を下ってくると、美しい村が・・・
八王子市上恩方の集落です。
ここは、口留番所跡
甲州街道の裏街道である陣馬街道の分岐点の高留にあった番所跡です。
明治2年(1869)に廃止されるまで村で管理していました。
現在でもこの付近を「関場」と言うそうです。
口留番所とは、物資の移動の監視と、警備のために交通の要所に設置されていたもの。 レトロな「上恩方郵便局」
もちろん現役です。
何かの施設ですが、閉まっていて未確認。
ここは、童謡の「夕焼け小焼け」を作詞した中村雨紅の故郷。
ついでに、わが愛する北海道をこよなく愛した写真家前田真三氏もここの出身です。
中村雨紅の資料や前田真三の作品の展示、レストラン、宿泊施設やキャンプ場のある、「夕やけ小やけふれあいの里」というのがあるのですが、もう閉まっていました。残念。
せめて、宮尾神社にある「夕焼け小焼けの歌碑」でも見て行きましょう。
薄暗かったので、画像を明るく調整しました。
その夜は道の駅「八王子滝山」でお泊り。
ここは、東京都で唯一の道の駅です。
さすがに都会の道の駅、夜でも車がいっぱい。
駐車スペースを確保するのが大変でした。
東京とはいえ、八王子は畑がたくさんあります。
写真の中央の建物は物産館。
野菜や花がたくさん売られていました。
|
|
先週、東京に行きました。
あまり嬉しくはないけど大切な用があり、それを済ませてから心機一転、初冬の大都会で遊んできました。
今回は父と一緒でした。 父は、戦後復員するとすぐに東京の大学に入り、6年間を過ごしました。 60年以上も前の古い古い話ですが、学生時代を過ごした懐かしい街なのです。 久しぶりに東京に行って、いろんなことを思い出したのか、父はあれこれ古い話を聞かせてくれました。 戦後の食糧難の時代で、実家に帰る度に山ほど食料を持ってきて、あまりに重かったので焼け跡からトタン板を拾って、それに乗せてずるずると引きずった話とか・・・ 学生時代に飲み過ぎて、気付いたら交番の奥の畳の間で寝てたこととか・・・
友人と華厳の滝の上まで登ったとか・・・
私が子供の頃は厳しい父で、怖かったけど、こんな一面もあったんだな。 考えてみれば当たり前ですよね。 バカなことやらないで学生時代を過ごした人なんて、多分いないんじゃないでしょうか? え?いらっしゃる? それは失礼しました。 私もバカなことをやった方なので、皆さんもそうかと思っていました。 靖国神社の鳥居と、父の後ろ姿
父と二人きりで旅をするのは、初めてです。 父と二人枕を並べて寝たのも初めてです。 いい思い出になりました。 これからも、もっと思い出を増やせたらいいなと思っています。 浅草雷門に行って仲見世を歩き、スカイツリーを見てきました。
大提灯の底には、こんな彫刻がありました。
知らなかった〜〜
すっかりお正月の雰囲気の仲見世
羽子板市が始まっていました。
和凧屋
スカイツリー
|
全1ページ
[1]


