せかいの色

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せかいの色 129

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あたしはケトルにペットボトルの水を入れて、火にかけた。コンロの熱が部屋の熱い空気と混ざり合う中、あたしはフィルターをセットして、コーヒーの粉を量った。

コーヒーを蒸らしている間、顔を水で洗ってびしょ濡れのまま鏡を覗き込んでいると、携帯が鳴った。あたしはコーヒーの上からもう一度お湯を回しかけると、携帯をつかんだ。

「 もしもし 」

「 おはよう。今日はちゃんと起きてるわね 」

 友人からだった。

「 えっと、今起きたとこだけど、そっちは?」

「 こっちも今起きたとこよ。いいご身分ね、七時間も時差があるのに、起きた時間が一緒だなんて。それより見つかった?泊まるところ 」

「見つかったよ。今日予約入れるけど、一週間分でいい?後は着いてから向うで探したほうがいいと思う。」

「 上出来、上出来。あんたにしては気が利いてるじゃない 」

「 あたしも行くけど、支払い一緒にしてくれるの?」

「 勿論よ。じゃあ、一緒に来ることにしたのね。お金、都合ついたんだ 」

「 まあね。ぎりぎりで何とかした 」

「 よしよし。こっちの人数は前に言った通り、私と彼氏とカップルがもう一組と、男の子が一人 」

「 若い子?」

「 若いよ。私達の一歳下 」

「 あはは、あたしら若いんだ 」

「 若くないとは言わせないわよ。それより何日くらい来るの?一ヶ月間丸々バカンスなんて、日本の社会でそういうこと許されるわけ?」

「 まさか。あたしはバイトを辞めて行くのよ 」

「 随分気合が入ってるけど、大丈夫なの?」

「 大丈夫じゃないから、沖縄でバイト探そうかな 」

「 それ本気?一緒に行くイタリア人に言ったら、ショック受けそう。バカンスに来て仕事探すなんて 」

 友人はそれ以上詳細を聞かず、あたし達は笑って電話をきった。

あたしはコーヒーが落ちきったフィルターを捨て、マグカップを片手に窓辺に近づいた。ラジカセのボリュームを上げると、太い張りのある声が響き渡る。

最後にファン・ホセがこの部屋に来たときに、置き忘れていったCDだった。ゆったりとした、往年の歌手の歌声は、太陽とケトルの熱で熱くなった部屋になじんでいた。

マグカップを床の上に置き、タバコに火をつけて上半身をリズムに身を任せていると、今度は足が動いてゆっくりとステップを踏んだ。

気がつくとあたしは、大きな声で歌いながら、タバコを指にはさんだまま踊っていた。窓からは太陽の光が、キラキラと流れ込んでくる。

踊りながら窓の外に目をやると、さっきの学生達がまだ公園の前にいて、その中の一人があたしの方を見ていた。

あたしは踊りながらタバコを吸うと、ぽかんと立ち尽くしたままあたしを見ている男の子に、煙をふっと吹きかけ、ゆっくりとターンした。


  − 完 −

せかいの色は、これでおしまい。

このお話は実話を基にして書いた、まましたの私小説でした。

多分この小説をぜんぶ読んでくれたのは、一人だけだと思うけど :)

よんでくれて、ありがとう。

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せかいの色 128

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地下鉄を降りて携帯の時刻を見ると、八時きっかりだった。ファン・ホセは改札のまん前にいた。

「 よう、リリ。調子はどうだ 」

「 悪くないわ。はい、これ 」

あたしは銀行の封筒に入った金を渡した。ファン・ホセはそれを二つに折り曲げると、ジーンズの後ろのポケットに突っ込んだ。

「 中身、見ないの?」

「 リリのやることを確認する必要はないよ 」

「 そう。じゃあ、もう行くわ 」

あたしがそう言うと、ファン・ホセは一歩前に進み出て肩に手を置いた。

「 なあ、これから一緒に夕飯を食べないか?」

あたしは目だけ動かしてファン・ホセを見た。

「 せっかく手に入ったお金、もう使っちゃうわけ?そのお金で子供に何か買って、送ったら?」

ファン・ホセは自由なほうの手の爪を、いや、正確に言うと噛む爪が無くなった指の皮を噛み千切りながら、この世に存在しない一点を見つめて言葉を探している。

「 分かった?それが面倒なら、せめてママ・ルイサを夕食に誘ってあげなさいよ。あたしじゃなくて。」

あたしはそう言いながら、ファン・ホセの脇を通り過ぎて出口に向かった。肩に置かれていたファン・ホセの片手が置き場を失くして握り締められたのが肩越しに見えた。

あたしは振り返らなかったし、ファン・ホセはもう、何も言わなかった。


翌日目が覚めると、もう昼過ぎだった。携帯の電源を入れて、窓の外を見下ろすと、近くの公園に中学生か高校生の男の子達が数人いるのが見えた。

見通しが良いので彼らの姿ははっきり見えるが、実際の距離はかなりある。制服を着ているところを見ると、学校帰りだろうか。

多分彼らからもあたしの姿は見えるはずだが、こちらの位置が高いので見ようと言う気が無い限り、彼らの目には入らない。

あたしはラジカセの電源を入れてCDをかけると、椅子に座って携帯の画面に目をやった。知らない番号から夜中に四回も電話がかかっている。

あたしはとっさにママ・ルイサのことを思い浮かべ、すぐにその番号へ電話をかけた。数回呼び出し音が鳴った後、女の声で返事があった。

「 アロ?」

「 オラ、ママ・ルイサ。あたし、リリよ。一体何があったの?大丈夫?今どこにいるの?まさかまたぎっくり腰で動けなくなったんじゃないわよね?」

電話向うでは良く分からないくぐもった声で、何か言いあぐねているのが聞こえるだけだ。

「 ねえ、どうしたの?ママ・ルイサ、お願いだから返事をして頂戴。どこか具合が悪いの?何か困ったことがあったんなら、今からそっちへ行くわ 」

「 私、ママ・ルイサじゃないわ 」

あたしは一瞬驚いて、返す言葉が出てこなかった。しばらく黙っていると、女がもう一度言った。

「 私、ママ・ルイサじゃないのよ。」

 ああ、そういうことか。

 あたしは軽く、溜息をついた。

「あなた、ファン・ホセの新しい女?どうしてあたしの番号知ってるの?今更あたしに、あなたが、何か用があるとは思えないけど 」

 女はちょっと考え込むように黙ってから、こう言った。

「 可愛そうだったのよ 」

「 は?」

「 彼、一晩中あなたの名前を呼んで泣きわめくんだもの。酔っ払って泣きながら、自分が
かけても出ないから私からあなたに電話をかけてくれって頼まれたの。あんまり可愛そうで、見てられなかったわ。それでしょうがなく電話したのよ 」

 あたしと女はしばらくの間、押し黙っていた。気がつくと、あたしは笑っていた。

「 どうして笑うの?」

「 ねえ、あなた、大丈夫よ 」

「 どういうこと 」

「 そういうの、癖なのよ彼。あたしと一緒に暮らし始めた頃もそうだったわよ。ペルーにいる奥さんの名前を呼びながらひどく泣いて、あたしも夜中に何度もコンビニまで、国際電話のカードを買いに走ったわ 」

「 だから?」

「 だから、そういう事なの。彼、あなたと一緒にいることで安心して甘えてるのよ。あたしは彼の中で、もう過去の人間てことよ 」

「 そうは思えないわ 」

「 じゃあ、どうして直接あたしのところに来ないで、あなたの側で泣いてるのかしら。一緒に居たいのがあなただからじゃないの?あたしは彼があなたに甘える為の材料なのよ 」

「 私、もう行くわ 」

「 OK、もうかけてこないで 」

そう言い終わる前に、電話は一方的に切れた。  


せかいの色 127

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しばらく頬杖をついてぼんやりとしたあと、ようやくフォークを手にするとパンの間に
挟まっていたローストビーフのようなものを一枚、一緒に挟まれていたトマトの薄切りと
一緒に口に入れた。

上にかぶさっていたパンを手でつまんで一口だけ食べると、熱いダージリンをカップ一杯
飲んで立ち上がり、レジに向かった。

財布から札を抜き取って支払いをしながら席を振り返ると、そこには一握り分のサラダと、
中身を抜かれたパンが、並んでボサノバを聞いているように見えた。

カフェを後にしてからあたしは、一旦家に帰る気もせず、そのまま人気の少ない通りを
選ぶようにしてあてもなく歩いた。

不意に涼しい風が吹いてきたので、そちらの方向を向くとそこは神社だった。

雑踏の中に四角く区切られたその空間は、凛とした空気と静けさをたたえ、にも関わらず、
寺とはまた違った親しみやすい雰囲気を漂わせていた。

あたしは中へ足を踏み入れた。脇には竹で出来た樋から水がこぼれていた。

あたしは近づいてひしゃくで水をすくい、両手を洗うと、もう一度水を汲みなおして口をゆすいだ。
ぬれた両手で顔を軽くぬぐい、髪に手ぐしを入れると、少し気持ちがすっきりした。

再びひしゃくで水を汲み、もう一度両手を洗うと、どこからとも無く歌声が聞こえてきた。

顔を上げて辺りを見渡すと、少し離れた所に大学生くらいの若い、五、六人の男女が並んでいるのが
見える。

息を合わせて彼らが再び歌いだしたのは、なんと、ゴスペルだった。

神社でゴスペル。
あたしは一瞬面食らったが、東洋人特有の鼻から抜けるような柔らかい声で歌われるゴスペルは、
それ自体の有り様はともかくとして、神社の雰囲気をさほど壊してはいなかった。

神様が降りてくる場所で、曲がりなりにも神の息子に当たる人の教えを歌うのだから、
まあ、いいんだろう。

それに歌ってる彼らが全員キリスト教徒だとは思えないし。

彼らを後にして、賽銭箱の前まで行くと、近くにあった大きな木に住んでるらしい蝉の声が
わんわんと響き、さっきまで聞こえていたゴスペルは一瞬のうちにかき消されてしまった。

蝉たちの、力の限り命をこめた本物の生命の叫びは、付け焼刃のゴスペルなどお呼びじゃないと
ばかりに途切れることなく響き渡り、まるで自分が、打ち鳴らされる鐘の中にうっかり頭を
突っ込んでしまったような気分にさせられた。

頭の中は蝉の声で一杯になり、言語を伴った思考など入る隙間など無いくらいだ。

一体、何百匹の蝉がこの大木に張り付いているのだろう。
一匹一匹の蝉の声は一体化して、一塊の大きな「蝉の音」として鳴り響いていた。

気を抜くと頭が蝉の音に支配されて、ぼうっとしてしまいそうになる。 

あたしは顔を上げて息を深く吸い込むと、暗い、建物の内側を見つめた。

参拝の仕方などうろ覚えだが、境内でゴスペルが歌われている神社なら、多少やり方が間違っていても
許してくれる太っ腹な神様がいるんだろう。

あたしは両手でずしりと重い縄をつかんで、鈴を鳴らした。
財布を取り出して、中にあった小銭を全部手に取ると、それを賽銭箱にぱらぱらと入れた。

ちょっとの間カラカラ、ちゃりんちゃりんという景気の良い音が辺りに散らばり、
あたしは何だか嬉しくなった。

こんなに沢山お賽銭を入れたのは、多分、生まれて初めてだ。

もう一度向き直って背筋を伸ばし、大きく拍手を打った。両手を合わせて目を閉じると、
少し蝉の音が静かになったような気がした。

せかいの色 126

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銀行を出て少し離れたところまで歩くと、通りに面してオープンテラスになった大きなカフェがあり、
店からはゆったりとしたボサノバが流れていた。

あたしは中に入り、紅茶と、サラダがついたサンドウィッチを注文することにした。
メニューにはアルファベットにカタカナのルビがついたフランス語でサンドウィッチと紅茶の名前が
書かれていた。

あたしはそのどちらも口に出して読む気になれず、これとこれ。と言って指さしてウェイターを
見上げると、彼はその両方をカタカナのフランス語で復唱したが、あたしにはその両方が果たして
本当にメニューに書いてあった文字なのかどうかさえ分からなかった。

どうせフランス人が聞いたって、分からないに違いないのだ。

あたしは一人心の中でつぶやくと、「以上でよろしいでしょうか?」というウェイターに向かって
「 はい 」と答えて大きなソファーに深々と体を預けた。

ビルの谷間をゆっくりと流れてゆく雲に向かってタバコの煙を吹きかけているうちに、ポットに入った
紅茶が華奢な砂時計と共に運ばれてきた。

添えられたレモンの薄切りを眺めているうちに、あたしはそこへ吸いかけのタバコを押し付けて
台無しにしてやりたい衝動に駆られた。

心の中でこの、おかしなアイディアと一人で戦っていると、今度は大きな皿にサンドウィッチが
のせられて運ばれてきた。

斜めに薄く切られたバゲットは、レモンの薄切り同様しなしなとしており、砂時計の砂が下に
落ちきった頃にはあたしの紅茶とサンドウィッチに対する興味はすっかり消えうせてしまっていた。

あたしは二本目のタバコを指にはさむと、バッグの中から携帯を取り出してファン・ホセに
電話をかけた。

しばらくの間呼び出し音が鳴り、ファン・ホセが電話に出た。雑音がひどい。
遠くのほうで男達が怒鳴るように声を掛け合っているのが聞こえた。現場で作業中なのだろう。

「 リリ、売れたのか?」

「 ええ。でも全部で三万円にしかならなかったわ 」

あたしはファン・ホセが大きく息を吸う音を聞き、言葉を待った。

「 グラシアス、リリ 」

勢いのついた声はポジティブなもので、あたしは少しほっとした。

「 今夜あんたの所に持っていくわ 」

そう言うと、ファン・ホセは返事をためらった。女が通いつめてきているのだろう。
駅前で八時に落ち合うことにしましょう。と言うと、ほっとしたような声でそれでいいという
返事が返ってきた。

「 ああそれから 」

あたしは続けた

「 電車代が足りないの。このお金から使ってもいい?」

「 勿論だママシータ。お前には五千円やるよ。頼みを聞いてくれた礼だ 」

ファン・ホセの力強い声は、どこか嬉しそうにさえ聞こえた。

「 ありがとう 」

あたしはそう一言いって電話をきった。

せかいの色 125

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土曜日の昼過ぎの繁華街はものすごい人でごった返していた。

あたしは人ごみと店の隙間をすり抜けるようにして大通りを抜け出し、裸石屋と地金屋の立ち並ぶ、
オフィス街とも問屋街とも、なんともつかない通りに出た。

ほとんどの店が人を拒否しているようなたたずまいで立ち並んでいる。

あたしは数少ない営業中の店の中から、一見の、しかも業者ではない一般の若い女客でも
相手をしてくれそうな店を探した。

しばらく歩き回って、ようやく一軒だけ試してみる気になれる店を見つけた。

店の自動ドアをくぐって約十五分後、あたしは二十万程の現金を手にして外へ出た。

思った通り、ブレスレットは十八金で、ネックレスのほうは二十二金だった。
指輪はプラチナで、グラムあたり金より更に良い値で買い取られた。

ネックレスに下がっていたごついトップにところどころにはめ込まれていた黒いオニキスの欠片が
ペンチで砕かれて、地金だけが慣れた手つきではかりにかけられてゆく様子を見ていると、
なんだか変な気分がしてきた。

ァン・ホセと大して変わらない現場仕事をしているあのブラジル人が、こんなに高価な物を
身に着けているということに少し驚きながら、以前ブラジル人と日本人の夫婦が住んでいると言う、
買ったばかりのマンションを、ファン・ホセに教えられて外から眺めた時の事が思い浮かんだ。

下町とはいえ、駅前の大きなマンションは、出稼ぎのラティーノに手が出るような物件ではない。
ローンどころか頭金の時点で、いや、彼の国籍が日本人ではないという時点で、まず無理だ。

多分あの日本人の妻が金の出所になっているのだろう。

夜中に新聞受けに放り込まれた時計は、ベルトが十八金のホワイトゴールドで、一番重かった。
時計本体も引き取って下さいと言うと、店の人は少しの間考えて、こう言った。

「 引き取っても構いませんけど、壊すことになっちゃいますよ。まだ動いてるし、ちょっと
  勿体無いですね 」

そしてわずかに顔をあたしのほうに近づけて、ロレックスって書いてありますけど、
本当にいいんですか?と、乾いた口調でつぶやくように言った。

その表情は、さっき指輪を調べながら「イニシャルが入ってますね、結婚指輪か何かですか?」と
あたしに聞いた時と同じく、何の感情もこもっていない、かといって冷たいわけではない、
実に穏やかなものだった。

あたしは一瞬考えてから、時計の本体を売らないことにした。

こっちは試しに質屋で売ってみよう。

十八金のダイヤ入りロレックスを質に入れたら一体いくらになるのか、ちょっとした好奇心が
わいたと言うのが理由だった。

あたしは時計をジーンズの前ポケットに押し込むと、店を出たその足でそこから一番近い銀行に
向かった。

キャッシングマシーンの前に立つと、三万円を手元に残して残りの金を小銭も含めて全て
自分の口座に入れた。

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