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妻と結婚できたのは、彼女が私に多くを求めなかったからだと思います。 しかしそれでさえ自分がこの先 「彼女の夫」であり続けるのだと思った時に 耐えられなくなってしまったのです。 妻との別離は妻が自発的に家を出ることで起こりました。 決断したのでも、頼んだのでもなくただ、起こりました。 出てゆくとき彼女は私に離婚したいと思ったら、その時はいつでも応じる構えでいる、 といいました。いつもの穏やかな、やさしい口調でした。 私は怠惰ですが、人の気持ちを感じることに関してはとても優れています。 彼女は私を夫として選びそれを放棄しないという決断をすることで、私との結婚生活を スタートさせたのです。 かつて私達はとても自由な関係を築いていましたから、お互いに何の気兼ねもなく 色んな事を語り合いました。家族について、家庭について、結婚について、夫婦について そして、人生について。 私達二人の間で結婚、夫婦という言葉はその本質的な意味を欠いた状態で存在していました。 彼女はその意味を見出すべく、私と夫婦になったのです。 その一方で私は、怠惰さに身を委ねてそこから逃げ出すという道を選びました。 そして皮肉なことに、怠惰さゆえに彼女と離婚をしないでここまで来ました。 その間妻は私の中で、一人の女性でありつづけました。 私は何かあるごとに心の中で唯一の理解者だった彼女と対話をしていました。 彼女は友人であり、恋人であり、母親であり、そして何より、私の妻であり続けたんです。 矛盾して見えるかもしれませんが、彼女は私の中における「妻」というポジションを 形作ることに成功したのです。もっとも彼女が夫、また、夫婦という言葉の彼女なりの真意 を見出したかどうかは、私の知るところではありませんが。 最近になってようやく私は怠惰から解放されつつあります。 いえむしろ、怠惰である自分を受け入れつつあると言えるのかもしれません。 怠惰な自分から目をそむけずにいられるようになると、自分がそこに執着 していたことに気がつきました。 私はずっと心のそこで、自分は自由に執着しているのだと思っていました。 しかしそれは自分で決断する自由への恐れから生まれる、怠惰さへの執着だったのです。 私はやっと妻に離婚を申し込む決断を下すことができました。 この先誰かと結婚するかどうかは分かりません。それどころか、何年も前に 最後の年賀はがきが届いたのが、彼女の居場所を知る唯一の手がかりです。 今はもうそこに住んでないかもしれません。以前ならその時点で腰を上げる ことをやめたでしょう。 着陸のアナウンスが入り、スチュワーデスがシートベルトを締めるように促した。 二時間あまりの旅の途中、男が私に語った内容はともすれば小説の題材にもなり得た。 私がこの話を小説にするなら、この先どういう展開が待っているだろうか。 妻は見つかるだろうか。 私なら、妻には最後に知らせた居場所で別の男性と子供を作り、幸せな家庭を築いて いて欲しいと思う。そして男が会いに行く頃には、既に死んでいてもらうだろう。 もちろん、この男の本当の妻には生きていて欲しいと思うけれど。 (おわり) ほかの誰かにも読ませたい。そう思った人はクリック♪ どうでしたか? 私的にはちょっとしつこい部分と、走りすぎた部分があるように
感じますが、アドバイスがあったらコメント下さい。 |
妻との別離 (短編)
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私はこの天国のような二人の世界で、自分のなかの衝動を無視できなくなっていました。 それは自分の持てるはずだった可能性を、再び手にすることを主張し始めたのです。 私のそんな様子を見かねたのでしょう、話を切り出したのは妻のほうでした。 と言っても、ただいつも通りの穏やかさを失わない調子で、何か問題があるのなら 一人で抱え込まないで言って欲しい、と心配そうに私に伝えただけですが。 私は彼女に正直な気持ちを伝えました。 初めは自分の中でも曖昧だった感情が、彼女に話すことでどんどんはっきりとした 形を見せ始めたのには自分でも驚きました。 彼女は一言も、私を責めませんでした。 ただ、淡々と私の曖昧な表現に対して的確な質問をすることで、すんなりと 表に出てこれない感情のつかえになっているものを取り除き、もっと奥の 根っこのほうにある純粋な気持ちを見つめようとしているようでした。 それからはまるで、精神分析医とセラピーのセッションをしているような日々が、続きました。 さっきも言ったように、私は怠惰な人間なんです。 自分の奥深くを見つめるというのは、ある程度の段階へくると必ず自分の中の 何かを乗り越えなくてはならないような、そんな状態がやってきます。 そうなると今度は途端に全てが面倒になるんです。 もうある程度洗いざらいくすぶっていたものを吐き出した後なものですから、 気分は楽にになっているし、結婚を決意した時のようにすがすがしい気持ちに さえなったりするんです。するとちょっと前まで自分を苦しめていたモヤモヤの ことなんて、思い出せなくなるんです。 そんな私を見て妻は、まるで何事も無かったかのように穏やかな日々を 提供してくれました。しかししばらくするとやはりまた、自分の中から言いよう の無い衝動がこみ上げてくるんです。 穏やかな日々と妻を相手に精神分析セラピーをする日々が繰り返しました。 その間隔は徐々に短くなってゆき、ある日妻が私にはっきりと告げたのです。 「あなたの為に自分にできる唯一のことは多分、妻である私があなたの元を去ることだ」 と。 それから数日後、妻は私の元を去りました。 彼女は居場所を明らかにしていましたが、私から彼女に会いに行くことは ありませんでした。のちに数年間同棲していた恋人が妊娠して、私に結婚を 迫った時も、私は妻と離婚することも恋人と結婚することも考慮しませんでした。 面倒だったからです。 半狂乱になった恋人は、どうやって調べたのか知りませんが妻の下へ 直談判に行きました。妻は彼女に、自分は夫が離婚を申し出てくれば いつでも応じる構えだと言ったそうです。 ただ、夫本人以外の人間の為に離婚はできないと。 その後本当に頭がおかしくなりかけた恋人は、私の子供を流産しましたが 私は一度も彼女を見舞いにも行きませんでしたし、水子の供養もしたことが ありません。 どういうわけか、私には常に恋人が途切れたことがありませんでした。 そしてどの関係も、ある程度の期間続き、大抵は一緒に暮らすところまでいきました。 私の怠惰さは実際のところ、傍目には怠惰に見えませんでした。 言ってみれば、私は女性に対しての容量が大きかったんです。 私はほとんど父が家に居つかない家庭で、母親と姉に育てられました。 妹も一人います。父は子供を三人も作っておきながら家庭というものには ほとんど興味を持たず、生涯を旅芸人としてどの土地にも居つくことなく 終えました。 母をはじめとして姉や妹は私に、夫と父親、息子と兄弟という自分達に必要な 男の側面を無意識に求めていました。そんな中で私はとても小さな頃から、 自分にその全ての役割を課して出来る限りの範囲で応えられるように努力 して大人になりました。 そんな私ですから、大人になってから知り合った女性達の望むところを理解 することや彼女達のちょっとした我侭などを受け止めることは大した事では ありませんでした。 おかげでどの女性も私と暮らし始めると皆、当然の成り行きのように 結婚して家庭を築くことを夢に見始めるのです。 私は自分の家に勝手に恋人が押しかけてきたり、インテリアを勝手に 変えたり、私の服から下着にいたるまで名前をマジックで書かれても全く 平気でしたが、彼女達が結婚をほのめかしてくることだけは我慢がなりま せんでした。 それ以外は何の努力も無しに受け入れることができました。 でも、結婚だけはそれを超えていました。なぜなら母も姉も妹も、私に 一人のトータルな「男」としての役割を望んだことがなかったからです。 彼女達は自分に必要な、断片的な男の側面を私に見出そうとしただけでした。 知らず知らずのうちに身に付けた、いわば女三人に囲まれた小さな世界で 自分に必要な愛情と居心地のよさを手に入れるために必要だった処世術を、 大人になってからさらに磨きをかけるなんてこと、私には考えもつきませんでした。 そもそも恋人達が私に望む夫、或いは子供の父親という像は、私の知る それとは全く違っていました。私の父親は家におらず、子供の面倒どころか 妻である私の母親の相手すらしない男だったのですから。 私はただ自然に振舞っていただけでした。 自分にとって苦にならないことを、それを求めていた相手に提供することで、 楽しい恋人関係を手に入れていただけでした。それ以上の何かには、 応える気など毛頭ありませんでした。 恋人達にはそれが、今まで理想的な恋人だった私が突然頑固で自分勝手な 人間に豹変したように見えるみたいでした。例外なく、全ての女性が結婚を 意識し始めて数ヶ月で私の元を去ってゆきました。 唯一、最初から私の怠惰を承知でそれを受け入れていたのは 長く別離している妻だけでした。 私だって人間です。 数年間一緒に暮らしていた女性達が去ってゆくときは、毎回何かしら 考えるものがありました。自分はこのまま年老いて独りになってゆくの だろうか、父のように自由気ままに旅することもなく、同じことを異なる女達と 繰り返して行くだけなのだろうか。そんなことを思ったりもしました。 そんな私をある意味救ったのは、怠惰さでした。 怠惰は私に安らぎを与えてくれました。しかし同時に私は、恐れに執着 することでそこから自分の別の側面を試す力を得ることが出来ませんでした。 私は生まれてから成人になるまでの間に、家族から消費されつくしたのだ とさえ思いました。 女というのは求める生き物です。家族という狭い枠の中で、私は彼女達が 求める男の側面のようなものを自分の中から引きずり出して与えました。 彼女達の求める父親、夫という像はとても偏ったものでしたし、まだ大人に なっていない私が自分の中に見出した父親、夫という男の側面はもっと偏った ものでした。しかしそれは、家にいない父親の代わりとして機能していたのです。 私は家族を離れて独りで暮らしはじめた時、大きな開放感のようなものを感じました。 そんな私ですから、自由に選択できる恋人を相手に悩んだり努力をしたりするなんて 真っ平だと思っていました。そんなことは大人になるまでに散々やってきた、これから 自分は自由に生きるのだと信じて疑いませんでした。 xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx 二回で終わらせるつもりが、終わらず。もうちょっと続きます。 ほかの誰かにも読ませたい。そう思った人はクリック♪ |
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国内線の飛行機で、隣り合わせになった男は50代くらいだったろうか。 |
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