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帰り道には、総統府があります。
太平天国の天王府跡を利用していたとは、初めて知りました。
台湾人観光客で一杯です。
一時は、清国の3分の1近くを占めた太平天国の天王。
洪秀全。
そして、腐敗の限りを尽くして、台湾とアメリカに逃れた真ん中の、この二人。
宋美齢が死んだとき、アメリカの自宅に残された膨大な遺産にみんな驚いたとか?
日本と、また、毛沢東と戦うためと称して、莫大な寄進を集めた財産は、結局、蒋介石には届いていなかったというわけです。まったく。
結局、最後にここに踏み込んだのは?
トウ小平の若い頃は、さすがに精悍な顔をしていますね。
晩年でさえ、顔に凄みがありました。
今日はここまで。 |
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1937年 毛沢東は、は日本軍の戦略を「包囲は多いが殲滅が少ない」と批判している。
毛沢東は延安で、日本軍が南京を陥落させたニュースを聞いて大喜びし、祝杯をあげ大酒を飲んだ。
2017/12/29(金) 午後 10:15 [ 闇に光を ]