国宝の中空土偶・・・
国内に5体ある国宝の土偶。
函館市縄文文化交流センター
その内のひとつが函館の南かやべにある
“函館市縄文交流センター”に
展示してある。
国宝の中空土偶
国内最大の中空土偶・・・縄文時代後期
後半(約3500年前)の墓から出土したという。
これで5体の内3体拝ませてもらったので
あとの2体を長野県まで見に行きたいものです。
縄文時代の大きな遺跡が青森の三内丸山遺跡。
わたしは専門家ではないので立証しなくても勝手に
イメージしながら適当に述べられるので気楽  ぶひ〜!
この縄文人・・・大陸から移動してきて
北海道から津軽海峡が地続きだった時に青森県の
海岸沿いの高台に居住し始まった。
地形的に三内丸山遺跡などは高台で林や森、海もそれなりに
近かったので生活するには不自由ではなかったかも。
八戸是川縄文館にある合掌土偶。
函館縄文文化交流センターにある中空土偶と八戸
是川縄文館にある国宝の合掌土偶・・・顔立ちが似ていて
私にはデザインのルーツが同じに感じる。
似ているから北から本州に縄文人が移住してきたとは
云えないかも知れないが、やっぱりバイカル湖あたりから
食料を求めて南下してきたのが日本人のルーツのひとつ
でしょうか。
結論は・・・“わたしより縄文人の方がアタマが良い   ”
ことである。
縄文文化交流センターに向かう途中強風と雨で海も荒れ気味 大舟漁港近くでパチリ
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ままぞうさん、ご無沙汰しててすみませんでした。
この2体の土偶の顔は、ご指摘の通りかなり似ていますよね。
麦チョコみたいな目と口は、縄文後期後半の宝ヶ峯式終末ないし𩸽間式から新地式土器期にかけての特徴です。八戸の方が若干古く、製作技術的には南茅部の方が優れています。
北から南に人が移住してきた来たという見方のほかに、「行き来していた」という見方もできるかなあ、と感じています。
去年行った時の記事をトラバさせてくださ〜い♪
2015/7/3(金) 午後 10:41
おばんです♪ここを訪問したらhiroさんが紹介していた温泉に・・・と、計画していたのですが(↑)の大舟漁港近くで撮った写真のように大荒れで、パスしてしまいました。
ギョ!八戸の方が少し古いのですか・・・ム〜増々興味津々の縄文時代ですね♪
“行き来していた!”・・・そうか〜♪それも有りですね〜・・・トラバありがとうございます。m(__)m
2015/7/3(金) 午後 10:56