寺子屋
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わたしは絵は下手だがたまに見る。 数年前、京都から琵琶湖西岸を通って北陸道で仙台に帰る途中、 京都市美術館に立ち寄った。 中に入いると日本画が展示してあった。 その作品の中でふと立ち止まって見入ってしまった日本画。 竹内栖鳳(たけうち せいほう)1864-1942の作品で 「絵になる最初」という作品。 いま、仙台の宮城県美術館にその作品がきている。 また見に行きたいですね。 京都市美術館で購入したプリント作品。 「絵になる最初」・・・いいですね〜! 上村松園作 「人生の花」 明治36(1901)年 |
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あちこち転勤してみると、エリアごとの共通点と相違点が見えてくる。 当然ながら言葉とアクセントが違う。 鹿児島は学生時代と数年前開聞岳に登る時に行っただけだが、居酒屋さんに 入って周りの人たちの会話を聞いていると(耳をダンボにしているわけではないが) わたしには分からない部分が多い。 北海道は海岸周辺部は東北弁のアクセント、内陸部は共通語できれいな発音! 青森に転勤した直後は電話をとるのを躊躇した。社員が外出、女子社員ふたりとも 電話中のときの着信音は「恐怖の瞬間」だった。 「わ」・「な」・「まいね」語尾に使う「きゃ」・・・etc!
次に、顔立ちが違う。わたしの顔は写真の通り「面長」かな、それから「おむすび型」、
「まる型」などなど。 宇都宮周辺、国道50号線を水戸から群馬県前橋、高崎経由で碓氷峠を越えて 長野県までは「まる型」の共通点を感じた。 それから太平洋側と日本海側で違うなと感じるのは「え〜、この会社が!」と 有名企業が日本海側に多い。 寒さと雪が影響しているせいか「生活の知恵」を考え出す人が多いのかもしれない。 新潟県にも多いが、燕三条市は金属製品が世界で高シェアーキープ、YONEXも そうだし、福井県の鯖江はめがねのフレーム・・・etc. 現在、商形態として郊外に「モール」がいたるところにある。広い敷地に スーパー、ドラッグストアー、レストランなどクルマでそこに行けば用事が 足せる。これも最初にできたのは新潟県でなかったかな〜!(上越市?) ここで本題だが、あるエリア毎に言葉・顔立ちの共通点と相違点が見えてくるが、 東北地方と遠く離れた島根県に東北との共通点が有ることを思い出した。 学生時代友人と三人で仙台から四国を経由して九州まで行って日本海側から 戻ってくる来る途中、島根県の米子市のある学校の校庭でテントを張らせてもらった。 そのとき、夏祭りをやっている最中で「君達も参加していいよ」と云われ、 楽しんだ思い出がある。 そのお祭りが終了して地元の方々と会話をさせてもらったとき、「え〜、ここは 東北か!!」と強烈に感じた。そう、言葉が東北と似たなまりがある。(ズーズー弁) わたしは歴史に最近興味を持つようになった初心者だが、 その昔、朝鮮半島とか中国から船で渡ってきて「知識と知恵」を持った人たちと、 その人たちを独占的に活用した富と権力を持った人たちが日本海側に分布していたのでしょうか。 東北は安倍氏のルーツがその流れなのですかね〜! (鉱物を見分ける知識、それを活用して道具をつくる技術、船を操る技術・・・etc) 「知識と知恵」、技術は身を助く・・・ですね。 mamazo語録。 ということは、東北弁の中に古代から使われていた言葉が残っているのかな? |
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もうすぐお彼岸。 彼岸中チョットでかけるので早めに実家で線香をあげてきた。 実家に行く途中JR東北本線の踏切を渡るが、忙しい時に限って右から 左から電車が来て「開かずの踏み切り」になる時がある。 自宅に戻る途中、母校の東仙台小学校周辺を走ってみるとガス局向かい側、 もとタバコ産業(JT)跡地にK'sの看板! ・・・余談ですが・・・ この先の信号を右折すると作家の井上ひさし氏が住んでいた孤児院 (現在の児童養護施設)「光が丘天使園」があります。 写真正面に女子の孤児院があり、小学生の頃意味がわからないまま そこから通学してくる人たちを「少女のまち」・「少年のまち」のひと と云っていたことを記憶している。 ・・・・余談でした・・・ なんと、いたるところに進出してくる。 デンコードーは本社を青森県から宮城県に変更したから他県企業、 電撃倉庫は仙台市発だが今はない。 よくよく考えると、宮城県発という企業が殆ど見当たらない。 <家電業界>で云えば K's ・・・茨城県 コジマ・・・栃木県 ヤマダ・・・群馬県 ヨドバシカメラ・・・東京 <ホームセンター> ホーマック・・・北海道(石黒ホーマーが北東北のホームセンターを 吸収してできた企業) カインズホーム・・・群馬県 ケーヨーD2 ・・・千葉県 ムサシ ・・・新潟県 コメリ ・・・新潟県
ジョイ ・・・山形県
<スーパー> ヨークベニマル・・・福島県 ヤマザワ ・・・山形県 ドラッグストアー、郊外レストラン・・・etc 宮城県人は商売が下手なのでしょうかね〜? このことについてチョット考えたことがある。 伊達政宗が仙台に移ってきたとき、当然いろんな人たちがいたはずだが、 その中に商人も一緒に移り住んで商売上の特権を与えられた人たちが いましたね。 仙台で七夕祭りが行われるアーケード街、そこで商売をした人達など 特権を与えられていたと聞いている。 特権と言うことは商売上の競争をしなくても成り立っていたということ なので、その意識がDNAで継承され、全国展開をしようという発想が なかったのでしょうか。 楽をすると周りが見えなくなる、ム〜!・・・mamazo語録。 |
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昨日、夜九時からTVで「アナタの名字ショー」という番組をしていた。 わたしの興味のある範疇なのでつい見入ってしまった。 全国名字ランキングベスト4は、 1.佐藤 2.鈴木 3.高橋 4.田中 そういえば、わたしの周りにはすべている。 鈴木姓の由来は熊野神社に纏わるものとは知っていたし、田中姓は関西方面に 多いと言うことは知っていたがその由来までは知らなかった。 ということで、もう一度自分の名字のルーツを探ってみようネットで調べて いたら疲れてしまった。 疲れた理由はわが家の名字は全国ランキング600番以下、ご先祖様は鎌倉から きたという言い伝えはあるが人名では殆ど出てこない。 地名はそれなりにある。 強いて探そうとすると、栃木県でかろうじてベスト150位から200位の中に 入っていた。 人名で探すと三人ヒットした。 ひとりは、平姓のひとが三重県で領地をもらった時その地名を自分の名字にした。 ふたり目は頼朝が伊豆で挙兵した時に、頼朝の監視役伊豆目代の山木兼隆を襲ったときに、 頼朝方と戦った武将にひとり!?(これだったら頼朝と来ないよな〜?) 三人目は栃木県のとある宿場町の山あいに○○城があり、その城主が同じ名字。 いままで探してもこの三人しかいない。 どこでどうなったのか、歴史を遡って調べるってあたまが痛くなるが それなりに楽しいですね。 仕事でも歴史でもたまねぎの皮を一枚づつ剥いでいくと中から何がでてくるか、 剥いで行く過程で、「ひょっとしたら!」という閃きがイメージできた瞬間が たまらないですね。 身近に今年の春東大の大学院卒業して社会人になったのと、来年この大学院に入る ことになったのがいるが、ふたりとも東大に入るのは1日15時間勉強したらだれでも 入れるよ、と云っている。 15時間勉強するんだったら、ご先祖様のルーツを探っていたほうが楽しいと 思うのだが・・・?! mamazo語録。 |



