日帰り湯めぐり旅日記

いままで立ち寄った温泉・旅先の紹介をします。

宮城県の歴史

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よみがえる北の都〜多賀城に生きた人びと〜

  昨日、9月23日の祝日に宮城県多賀城調査研究所、東北歴史博物館などが
 
  主催する記念フォーラムに行ってきた。
 
            多賀城市文化センター ・・・生憎の雨にもかかわらず沢山のひとでした。
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                     満席でした!
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         多賀城市文化センターの緞帳はやっぱり多賀城跡のデザインですね。
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         この記念フォーラム、パンフレットを見た当初整理券予約の手続きなど記載がなく
 
         会場となる多賀城文化センター大ホール(千人収容)なのでのんびり構えていたが、
 
         東北歴史博物館のホームページを再確認すると「整理券」の申請をしてください・・・
 
         のコメント!慌ててメールで申請し当日を迎えたが、会場に到着すると、
 
         「整理券が無い方は入場できません」の告知・・・申請していてヨカッタ♪
 
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         1時開会で宮城県教育長・多賀城市長の挨拶の後、作家の高橋克彦氏
 
          基調講演が約1時間に渡って行われた。
 
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                    作家の高橋克彦氏.
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                   原稿なしでどんどん話す高橋克彦氏。やはり「風の陣」完結編まで17年間の
          知識がインプットされているのでしょうね。
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   私が歴史に、それも東北の歴史に興味を持ち始めてのは「炎立つ」もそうだが
 
  書き始めてから17年の歳月を費やして5巻目が完結作品となった「風の陣」が
 
  きっかけだったかも知れない。
 
   基調講演終了後、休憩をはさんでパネルディスカッションが行われ,コーディネーター
 
  に前東北歴史博物館館長の進藤秋輝氏、パネリストに多賀城跡発掘に詳しい方々や
 
  高橋克彦氏、多賀城市長が参加して興味のある話しを聞かせてもらい充実した1日でした♪
 
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司会進行役の前東北歴史博物館長の進藤氏。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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パネリストの方々。
 
 左から、
 
 作家: 高橋克彦氏.
 
 多賀城市長:菊池健次郎氏.
 
 国立歴史民俗博物館長:
 平川 南氏.
 
 東北学院大学文学部
 歴史学科教授
 熊谷公男氏.
 
 
 
   私の興味は奈良・平安時代は「多賀城は大都会だったのではないか」と云う
 
  予想をしていたが一体どれくらいの人たちが住んでいたのか?疑問だったが
 
  パネルディスカッションの中で、
 
   ”当時の日本全国の人口が約5百万人程度と推測すると、多賀城には1万人程度の
 
  人たちがいたのではないか”
 
   ・・・と云う数字が出てきて疑問解決でした♪
 
  その他多数興味のある話しの中で進行役の進藤氏から、
 
  多賀城跡の発掘調査が始まってから50周年だが、発掘進捗率は・・・(これは私の表現)
 
  全体の12%という。
 
   え〜、じゃあ全部発掘し終わるのは・・・とアタマの中で計算した♪(笑)
 
   え〜と・・・(全体の発掘完了期間)×12%=50年、
 
   という事は・・・50年÷12%=ギョ、全部を発掘し終わるにはあと400年以上かかる計算!
 
   発掘調査って大変な作業だな、と実感して消化しきれないアタマで帰路についた。(笑)
 
                           
                 多賀城跡発掘50年間の資料が掲載された素人の私たちにも分かりやすい
          素晴らしいA4版30ページの冊子が来場記念品で配布されました。
                入場無料でよかったのでしょうか♪    ・・・感謝ですね♪
 
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    次は福島県文化センターで9月25日(土)に開催予定の歴史講演会、その中で
 
   慶長5年から6年にかけて福島を舞台に繰り広げられた伊達氏と上杉氏の戦いが
 
   楽しみですね♪
 


 
   
 
  

史跡西の浜貝塚

松島町にある西の浜貝塚

       分からないものですね、身近にありいつも何気なく通る道沿いに史跡があることを。
 
    昨日ははおふくろを連れていつも通りのかんぽ松島の日帰り温泉
 
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     おふくろは温泉に行ってもひっくり返って怪我でもしたらみんなに迷惑をかける事を
 
    気にして、妹が休みの日だと「日帰り温泉に久しぶりに行ってみるか♪」と電話がかかって
 
    くる。
 
    久しぶりと云っても週に1回行かないと”久しぶり”の言葉が出るので「普通の家は半年に
 
    1回程度なんだよ」と云ったら「そうなんだ♪」と云いながらひとの話しは右からひだり。
 
     「ま〜、いいか」と思うのは入浴料、昼食代はおふくろ持ち・・・長男は土日、おふくろの
    
    買い物・病院担当と暗黙の了解で役割が決まっている。
 
     一人暮らしはちょっと気になるが「お〜ぃ」と呼ばれればさほど時間がかからないので
 
    手先、口先が達者なうちは「元気な証拠」と割り切っている。(笑)
 
     いつも通り松島五大堂の前を通り過ぎ奥松島方面へ向かうために途中から右折すると
 
    どでかいホテルの壮観、一の坊。
 
                   国道45号線を右折して奥松島方面へ。
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     ほどなくすると、右手にコンビニが見えてきてその隣にいつもの気になる説明板
 
     あるので、路駐して見に行くと「史跡西の浜貝塚」の説明書き・・・分かりませんでしたね〜!
 
イメージ 3このコンビニのとなりに西の浜貝塚がありました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
    西の浜貝塚説明書きです。
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この辺は海沿いと云ってもちょっとした丘陵地帯になっているので縄文時代からひとが住んでいたのですね。   
    
 
 
 
 
 
 
 
 
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多賀城跡を調査して50年経過ですか

  前回、大和朝廷が蝦夷を阻止するために防衛線を大崎平野まで北上させて、それまで
 
  3か所だった城柵を6か所に倍増という新聞記事を読んで「6か所ってどこ?」という疑問が
 
  湧いてきたので多賀城にある東北歴史博物館に聞きに行ってきた。
 
   まさかタダで教えてもらうのもちょっと気がひけたので入館料400円を払い受付の
 
  女性の方に新聞記事を見てもらい、「6か所の城柵はどこなのか教えていただけないで
 
  しょうか」とお願いしたら快く引き受けてもらい上席主任研究員の方から説明をしてもらった。
 
  感謝ですね。・・・帰るときに女性の方にお礼を云いに行ったら「研究熱心ですね、どこかの
 
  大学教授ですか♪」と質問されたので・・・照れちゃいました。(笑)
 
イメージ 1多賀城跡周辺でジャンクションの建設中です。
現在、東北自動車道盛岡方面から松島・石巻(三陸方面)に行けないので完成したら便利になりますね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 2       多賀城跡。この周辺に横穴古墳があるんですね、
知りませんでした!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 3東北歴史博物館入口。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


   新聞記事と城柵跡配置図。
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   城柵跡の一番左側(西端)は東山官衙遺跡、一番右(東端)は涌谷にある城山裏土塁跡でした。
 
   因みに西端、東山官衙遺跡(賀美石小学校北側・宮崎町)
           城生柵(中新田)
           名生館(東大崎)
           小寺・杉ノ下遺跡
           権現山・三輪田遺跡
           新田遺跡(田尻)
           城山裏土塁跡(涌谷)
 


 東北歴史博物館イベント
 
                          興味津々ですね、作家の高橋克彦氏も講演するんですね!
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古代東北の防衛ライン

蝦夷を阻止 東北に防衛線

   仙台を楽天球団が本拠地としてくれたことで、読売ジャイアンツに対しての
 
  熱も少々トーンダウン気味だが新聞は相変わらず読売新聞。
 
   7月14日付けの記事に「蝦夷を阻止 東北に防衛線」のタイトルで非常に
 
  興味のある記事だった。
 
   奈良時代に朝廷が城柵6拠点・・・城柵は東西約20㌔ラインに3〜4㌔
 
  間隔で設置。
 
   宮城県の旧71市町村を記事にしてから宮城県北部に足を運ぶように
 
  なったらなぜかこの新聞記事がスムースにあたまに入るようになってきた。
 
 
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    独り言:この6か所がどこなのか、また現地に足を運びそうです。(笑)   
 


 
   

伊豆沼周辺

縄文海進でしょうか

  県北の石越町に行った時、貝塚跡が数か所あり、ここは海だったのか

 と思って先週東北歴史博物館に行って調べてみると、川で取れる貝も

  あったことを知り、その貝塚だったのだな〜と判断したがもう一歩踏み込んで

 調べてみたらやっぱりがこの周辺まで入り込んでいたんですね。

  縄文海進でこんなに内陸まで影響しているとは・・・!

 そう云えば、青葉城の周辺でも貝の化石が今でもとれますね。

      坂上田村麻呂が陣をしいたところから伊豆沼をパチリ

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海岸線から何キロ入りこんでいたのでしょうね!

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