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村田町の蔵を撮ったので大河原に向かおうとしたら神社があり、 駐車場も道路に面してしたので立ち寄ってみた。 白鳥神社と云うから白鳥伝説がらみの神社かな?と思って神社の 由来を読んでみると「なるほど」と納得。古木も神社のまわりにあって 御神木になっていた。
日本武尊が陣を構えた地と云うことで、祭神が日本武尊なんですね。
http://www.town.murata.miyagi.jp/sangyoshinko/kankoannai/kankoshisetsu/shiratori.html 駐車場から神社に向かっていくと、小川にかかる橋があったが欄干が 危険な状態。
鳥居のところに大杉に絡みついている藤の木があって、「奥州の蛇藤」と
呼ばれているのだそうです。 ・・・奥州の蛇藤伝説・・・ 前九年の役、源義家(通称:八幡太郎義家)が、村田付近で敵軍に包囲され 危機一髪の時、白鳥神社境内の藤の木が二匹の大蛇となってあらわれ、真っ赤な 炎を吐き敵を追い散らした・・・いや〜、知らなかったですね。 神社の横にあるケヤキの木。 神社の裏にも大木のシラカシ。 |
宮城県の歴史
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先日、大河原の日帰り温泉に行く途中久しぶりに村田町を通った。 村田町には蔵が多く残っています。 昔は仙南地区の紅花などの集積地で、京都や大阪と取引をしていた 豪商もいたので蔵が多いのでしょうね。 この道の両側に蔵が散見されます。 どのルートで荷物を運んだのでしょうね? 村田からだったら川崎町 経由で笹谷峠を越えて山形県側に入り、最上川で船に乗せて酒田港から 北前船で上方方面・・・ですか。 毎年10月には蔵の陶器市も開催されるんですね。↓ |
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仙台の花見の名所、榴ヶ岡公園。 榴ヶ岡天満宮のすぐ傍というより並びに榴ヶ岡公園があり桜の名所に なっています。
天満宮(源頼朝が平泉に向かうときここで戦勝祈願した・・・と解説が
あったのに、探してもなかったです。見落としたかな〜?
榴ヶ岡公園。
ここは戦時中、歩兵第四連隊があり現在は当時の建物を少しだけ残し 確か資料館にしてありますね。 公園の近くに映画館が二つあり、私が小学校の1年生か2年生の時 「憲兵とバラバラ死美人」という映画を観た。 内容は、この四連隊の井戸でバラバラ死体が発見された・・・という。 この映画を観た後に、おふくろから「あれは本当にあった話しなんだよ!」 と云われてから眠れない夜が続いたのでかなり”強烈”な印象だったことを 覚えているmamazoでした。 この兵舎を東北学院が榴ヶ岡校舎として東北学院高等学校榴ヶ岡高校として 設立したが手狭になって泉区に移築したが、移築後も”学院つつじ”という ネーミングになっている。 |
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仙台駅東口からクリネックススタジアム方向に歩いていくと途中に 榴ヶ岡天満宮があります。 この天満宮がある周辺は源頼朝が平泉を攻める時に平泉の藤原軍が 陣を張ったところでその当時は鞭楯と呼ばれていました。 仙台市内から東に進むとこの周辺だけが小高い丘になっているのがわかる。 この天満宮で五歳のmamazo君は七五三のお参りをしたときの 写真がありますね〜!(笑)
受験シーズンだけあって学生の参拝者が目に付きました。
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台原から泉中央方面へ向かう途中の仙台藩処刑場跡地周辺は 何故か交通事故が多いのです。 ついこの前もこの周辺で死亡事故があったので、まさか・・・? とは思っているのですが偶然なのでしょうかね〜!
この肩掛山周辺は昔から交通事故は多いのです。
左手に処刑場跡があります。
肩掛山。
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