新発田城へ
おふくろの実家は仙台から見ると北東部の
佐沼と云うところ。
実家の住所は迫町佐沼的場、その隣が
鉄砲町の地名なので江戸時代はそれなりの
施設があったのかもしれない。
この佐沼に鹿ケ城という城跡があるのだが
正式名称は佐沼城でしょうか。
この鹿ヶ城の前を通ってじい様、ばあ様の
墓参りに大念寺へたまに行くのだが、
すぐ近くに"首壇”がある。
天正19年、鹿ケ城を拠点に一揆が発生し
これを鎮圧に来たのが伊達政宗、結局一揆は
鎮圧され撫で斬りにされたという。
一揆・・・色々な思惑で発生したと思うのだが
新潟県の新発田城に愛知県溝口村出身の武将、
溝口秀勝が石川県大聖寺から転勤してきた頃も
一揆が起きたという。
新発田城のパンフレットを眺めていると
"溝口家は越後で起きた上杉遺民一揆"を平定し
慶長五年の関が原の戦いで徳川方に付いた
外様大名です。"・・・と書かれている。
新発田城へ日本100名城のスタンプを押しに
表門に向かう途中、白漆喰塗りのきれいな海鼠壁を
見ながら鹿ケ城近くにあるような”首壇”が城外の
どこかの大木の下にあるのかもしれない・・・と
勝手な想像をしながらスタンプを一つ増やした。
こんな感じで"それ行けパシャリ  ”
”ダメだ、・・・またデリートだ!”ム〜、カメラはそこそこだが・・・ 
関ヶ原にある東首塚も西首塚も大木の下にある。
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