小山評定跡
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歴史
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温泉への行き帰りに立ち寄った遺跡。
会津つながりで・・・旧会津藩士廣澤安任 道の駅にしあいづ・・・”よりっせ”の記事を書いていた時、
旧会津藩士の廣澤安任”がいた事を思い出した。
"ひろさわやすとう”
明治元年の時28歳で、明治24年2月没。会津藩士で
廣澤庄助の子で通称富次郎の名で知られると、Wikipediaに掲載
されている。
会津藩は戊辰戦争で破れ斗南(となみ)・・・青森県の一部に
減封移封されたあと廃藩置県。
”道の駅みさわ”の敷地内にある先人記念館。
斗南県の少参事(ナンバー2なのですかね)になったが、生活
環境が厳しいので現状打破のために弘前県への吸収合併を画策、
八戸・黒石・斗南・七戸の各県をひとつにまとめることを新政府に
申請し弘前県が誕生し現在の青森県になった・・・と。
”道の駅みさわ”
また貧困に苦しんでいた旧会津藩士の救済に谷地頭・・・
現在の三沢市に洋式牧場を開設し地域の発展に尽くした。
"なるほど”・・・ですね〜♪
明治27年3月30日印刷、同年4月10日発行と印刷されている青森県地図。
そう云えば・・・
会社が青森県に青森・八戸市の二ヶ所の出先があったのを青森市に
統合することになったとき、三沢市街地にあった得意先の社長は
"頑強に異議を唱えた!
"ひょっとして、あの社長は会津藩士の末裔だったかも!”
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斗南藩上陸の地 下北半島のつけ根、野辺地駅とむつ市の大湊駅を結ぶ
JR大湊線。
- JR大湊駅 -
゛食べるか、喋ってるか、寝てる”のだが・・・張り切って歩いている!
なにか食べ物の看板を発見したのかも知れない、・・・この時♪(笑)
もうすぐ大湊駅に到着する手前の信号を左折すると岸壁が
すぐに見えてくる。
ここに、゛斗南藩士上陸の地”の説明板がある。
゛明治二年斗南藩として再興を許された旧会津藩士の一団が
新潟から海路をたどり見も知らぬ新天地の未来の生活に夢を
抱きここに第一歩をしるしました。 ・・・・なるほど、ですね♪
ご先祖様たちが艱難辛苦を乗り越えて生き抜き、その結果
゛今”私たちが生きていることに感謝しないとダメだなと
なぜか感じた陸奥湾でした。
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長谷堂合戦古戦場 慶長5年9月、直江兼続は畑谷城を攻め落とした後、長谷堂城近くの
菅沢山に布陣。
最上義光の本拠地から南西に8㌔にある長谷堂城が上杉軍に
落とされれば危うしの山形城。
徳川家康の東軍と豊臣恩顧の家臣団が衝突した関ヶ原の合戦と
相前後して山形でも最上と上杉の合戦が各地で繰り広げられていたが
この長谷堂城周辺でも合戦があった。
4日・5日の土日、那須に行った帰りに長谷堂城近くの古戦場を
通った。
左、小高い山が直江兼続の上杉軍が布陣した菅沢山。
手前田んぼが古戦場。
photo by Rekizyo.
長谷堂城古戦場や十五里ヶ原の戦いの古戦場は有料道路になっている。
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慶長五年の真相をさぐる・・・福島県文化振興事業団発行 「天地人」・・・毎週欠かさず観ていたNHK大河ドラマ。
この時期、小説も読みながら上杉景勝、直江兼続の
動きを興味津々で観ていた。
家康が上杉征伐で゛動く”・・・革籠原決戦、畑谷城攻略戦
長谷堂周辺でのいくさ、etc・・・
実際に現地に行ってみて地形などを眺めながら
゛そうか、ここで決戦の準備を兼続が・・・!”
などと、興味津々で巡ってみたものだった。
わたしも歴女も歴史の専門家でもなく、小説、テレビドラマで
書かれていること、ドラマ化されていることはある程度
史実に基づい書かれていると思い込んでいたのだが、ある時
不思議なブログを見つけてしまった!
ドラマ化され、小説化された内容のある部分を
゛ズバリ否定したブログ”・・・
最初は゛このブログ書いている人、だれなの!”と思ったが
古文書を調べて解説している。
その方のブログを読ませてもらうようになってから
歴史ドラマや小説はフィクションを織り込んでいることを・・・!
きのう一般書店では販売されない貴重な出版物、
福島県文化センター開館四十周年記念出版 ふくしま発信
゛直江兼続と関ヶ原”
- 慶長五年の真相をさぐる -
予約していたので購入しに行ったついでに
道の駅でスタンプと土湯温泉で゛つけめんまさはる”に
立ち寄って仙台に戻ってきた。
福島駅西側を土湯温泉方面に向かう途中゛がんばっぺ福島”
きのう福島へ向かう途中、何台ものパトカーが宮城県方面に走っていた。
千葉・埼玉・茨城・神奈川・新潟・大分など全国各地の県警が応援活動ですね!
゛直江兼続と関ヶ原”を読み始めたばかりだが1冊840円の内容ではないことが
すぐに分かる。
歴史的な事実を、実地調査や残っている古文書で浮かび上がらせ抽出するのでしょうが、
上杉、伊達、秋田藩などに分散している古文書とつき合わせをしながら掘り下げていく。
専門家は曖昧さを残したまま文章化できないので゛大変で・す・ね〜!”
私は、゛直江兼続は当初から徳川方といくさをしようという発想はなかった”・・・と思っていたのだが
この安すぎる価格の本をジックリ読んで実際はどうだったのか♪・・・楽しみですね。
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