石狩当別というところ   
伊達政宗が秀吉に睨まれて米沢から転勤
させられたところが岩出山という町。
ここから家康の時代に仙台へ引っ越して
岩出山は正宗の4番目の息子に任せて岩出山藩と
なり廃藩置県まで存続。
翌朝当別町に近いゴルフ場でプレーするのでここに宿泊。温泉併設、部屋も広い。
一人部屋はないので割増料金は発生するがのんびりできる施設でした。
ここの殿様が奮起して北海道開拓に挑み、当別町と
して立派な町になっている。
青空文庫でも読めるようになった“石狩川”・・・当別の
開拓の歴史が綴られているが読むとチョット暗くなる。
部屋からはこんな景色が望めます。
札幌から旭川へ向かう国道沿いにある小学校の
フェンスに開校128年(ム〜?。?)そんな数字が
ワルイアタマに残っているのだが・・・ここは宮城県の
白石藩の人たちが入植した。
久しぶりの石狩当別駅、チョット早めにチェックアウトしたのでまだこんな時間!
札幌にいた当時・・・
当別に社員と同行したことがある。
当別の歴史は知っていたので故意に仙台弁で得意先の
社長と話しをしたら・・・たぶん、ご先祖様の話し方と
似ていたのかもしれないが、何故か懇意になり
社長の長男の結婚式に出席するハメになった。
社長の奥さんは会社でも別嬪さんと当時評判だった。 
スタート直後はどんよりした天気だったが次第に薄曇りに変わってきた。
“乾杯やスピーチなどなにもしなくていいから
息子の披露宴に是非顔だけ出して欲しい・・・  ゴロニャン〜♪”
“役回りがなにも無ければ枯れ木も山のにぎわいで
顔だけ出させていただきます”と了承したのだが・・・ 
フタを開けてみると 
“それではこの目出度い席でのスピーチを
〇〇メーカーさまのナンチャラままぞうさまに
お願い致します♪”
式次第には掲載されていない指名がアナウンスされた。
“なに!、おぬしらハッ、はかったな〜   ”
当別町の議員やらけっこうな名士の人たちも出席。
マイクの前に行く数歩のあいだに・・・
“キーワード、着地点、仙台弁!”
結果は大受けの仙台弁スピーチだった。
なまりは国の宝ですね〜 
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