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は〜るばる〜札幌 芸術の森美術館へと足を運んできましたぁ〜っ。
胸いっぱい緑を吸い込んで、ばっちり森林浴できちゃう大自然のなかにあります。
浮世絵の有名どころといえば、富嶽三十六景の北斎とか、
東海道中五十三次の広重とか、うりざね〜の美人画の歌麿とか…。
私の少ない知識をふりしぼって、やっとこのくらい。
歌川国芳__というのは、知らなかった。
でもでも、案内ちらしを見て心を奪われしまいまして、ぜひぜひにっと、
初の浮世絵鑑賞をしてまいりましたぁぁあ。
いや〜、すごい人・人・人。 なかなかの人気ぶりです。
今回は前編 “花の大江戸 洒落と粋” 来月からの後編は“男、国芳、誠の心”
と銘打って、それぞれ100点の作品が展示されるのだそう。
もっと大きなものを想像していたのだけれど、半紙を三枚並べたくらいの大きさ。
でもそこに、奇想天外な世界が描出されているのですっっっ。
武者画、美人画、役者絵、風景画、社会風刺画、滑稽画…
ひじょ〜に多岐にわたるのですが、ひとつひとつがかくも強烈っ。
巨大な骸骨のお化けがぬお〜っと襲いかかってるのなんか、
ホラー映画も真っ青の度迫力なのだっ。
荒れ狂う大海のなか、大蛇と格闘するヒーローの筋骨隆々の生々しい肉体、
波がはじけ飛びすさぶ、塩辛い海水がこちらに吹きかかってきそうなくらいだ。
一枚一枚が、ひじょうに緻密。 着物の紋様、魚のうろこ、遠景の人々。
どんな細かいとこでも、手を抜かない。 だから、食い入るように見つめてしまう。
現代のイラストレーションに通じる卓越したセンス、色使い、画面構成。
すごいすごいすごい。 江戸の浮世絵って、こんなにすごかったんだぁあ。
たまげるくらい楽しいのが、擬人化された動物たち。
きつねに、すずめに、金魚に…っと、たっくさんなのですが、
なかでも、猫。 こよなく愛していたのでしょう、可愛いのなんのって。
なんて、自由なんだろう。
江戸時代の不安定な世情、度重なる飢饉、すぐそこにある多くの死。
今よりもずっとずっと、闇は濃く、陽の光は強く、人間の力はちっぽけで、
生きとし生けるものも、物の怪も、怨霊も、ごっちゃまぜで共存していたのだろう。
この小さな浮世絵たちは、どれほど多くの人を笑顔にさせたことだろう。
売店で、あれこれっと迷って選んだ4枚の絵葉書でっす。
んもう、たまらん。 いつまで眺めてしまえる。好きでっす、国芳さんっ。
後編も、できたら行きたいんだけれど、無理かなぁ。
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美術館めぐり
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道立近代美術館 アルフォンス・ミュシャ展で行ってきました。
去年のシャガール展から、ちょうど一年ぶり。
そのうちに…とのんびりしてたら、なんと明日の日曜で終了。
…ということで、もう秋になっちゃうのぉ〜!?ってくらいの肌寒さのなか、
がんばって出かけてきました。
アール・ヌーボーの巨匠というわれる アルフォンス・ミュシャを
私はまったく知りませんでした。
でも、この美しい女性たち、どこかで目にしたことがあります。
幾何学模様の円環をバックに、たくさんの花飾りをつけた髪の豊かな女たちが、
うすいドレスをまとい、さまざまにポーズをとって描かれていて、
花々が舞いとび、髪の毛がドレスが、風になびくようにうねっている。
グラフィックデザイナーとして、広告やポスターを手がけたものも多く、
その装飾的な美しさ、華やかさ、柔らかさ、いま見ても新しさを感じてしまう。
おしゃれだな〜。 油絵や、リトグラフ、ステンドグラス…などなどありましたが、
生を謳歌しているような、豊満な女神たちに惹きつけられました。
花を抱えた腕が、ゆるく前に組んだ手の指がむっちりと肉厚なのも素敵。
“原始、女性は太陽であった” という感じ。
帰りに、ポストカードを4枚購入。
ね、素敵でしょ。 しばし、うっと〜り眺めております。 |
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道立旭川美術館で開催中の 『 奇才 ダリ版画展 』へ行ってきました。
ダリ…といえば、くんにゃ〜りと曲がった時計が散らばってる絵。
それくらいしか… 知らなかった。 なんたる無知。
心の奥まで覗きこまれそうなほど、ぎょろりんっと見開いた目の、
ご本人の顔写真が、街のそここで新聞広告で、こちらを見つめてくる。
目にした瞬間から、ダリダリダリ〜という奇妙な音色が頭をめぐった。
はやくはやく、彼の生み出す芸術世界を堪能したくてたまらない。
ぜったいこの人、魔術を使える。
これは、悪夢? 夢魔?
これは人間? 動物? アンドロイド?
身体がぎゅぎゅぎゅ〜んと伸びきって、あちこちでポキポキ折れて、
骨が飛び出て、血が噴き出して、ぐるぐる絡まって、渦巻いている。
ダンテの『神曲』だとか、いろいろなテーマで描かれているんだけれど、
よくわからない。 よくわからないが、なんだかすごい。
ギシギシギシ〜っと、神経に喰い込んでくるようだ。
小さな版画作品なので、近寄って細部を凝視すればするほど、
わからないながらも、彼の強烈なイメージが流れ込んできそうで怖い。
小さな子どもなら、泣きだしてしまうんじゃないだろうか。
帰り、売店で絵ハガキでも買おうかしらん…っと。
有名どころの絵画がいろいろ揃ってるのだろうけれど、
どれも、あまり好きになれない。 いつもいつも眺めたいとも思えない。
…っと、心をとらえたポスターを見つけました。
奇抜なイメージの他のものとは、ちょっと毛色が違う。
荒野のような地に、突如、出現したかのような不思議な物体。
古代巨大生物の骨? ふんわりと浮かんでいるようでいて華奢な杖が支えてる。
そして、父と息子?のシルエット。
父親は、息子になにを語っているのだろう。
青空に白い雲。
太古の昔から今へ魂をつなぐ、きっと希望の絵だ。
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『 シャガール展 』 を見に、北海道近代美術館へ行ってきました。
美術館で絵画を鑑賞するなど、ずいぶいずいぶん久しぶりのこと。
数少ないなかでも、いちばん記憶に強く残っているのは、
中学の課外授業で行った “ピカソ展”
たしか、絵ではなく晩年の陶芸や版画作品ばかりを集めたもので、
まるで幼な子が、粘土をむんずとつかんで、ひょいとひねっただけみたいなのや、
お皿に、目と鼻と口だけ無造作に描かれたのや…、
高尚な芸術作品というよりは、なんてなんて自由なんだろうっと、
しっかりとした基礎があってこそなのだれど、その奔放さに圧倒されました。
気に入ったポストカードを2、3枚買って、ときどき眺めてましたっけ。
シャガールといえば、
ほそ長〜い男女が抱き合いながら、ゆ〜らりと宙に浮かんでいるような、
ふわふわ〜っと優しく柔らかいパステルカラーの印象がありました。
今回の展覧会は、ふつうの絵画ではなく、
大聖堂や歌劇場、病院、公共施設などを飾るための、
天井画や壁画、ステンドグラス、モザイクのモニュメントなどで、
日本未公開作品を中心とした250点。
私のまったく知らなかった シャガールの世界が展開されていました。
とにかく、色がすごい。
鮮やかな色が、目にぐぐんっと飛び込んでくる。
シャガールの赤、シャガールの青、シャガールの緑、シャガールの黄色、
…としかいえない。 どこにもない、ここだけにしかない色。
個性的な光に満ちた色がぶつかることなく、美しく調和している。
近寄って、まじまじっと見つめると、
線があいまいに重なってたり、色がにじんでたり、形がいびつに崩れてたり、
面倒になって、ここだけ省略しちゃったの? なんてことはないのだろうけれど、
けっこう雑だったりして、びっくりする。
世界の不朽の芸術作品を、“ 雑 ” …だなんて、そんな大それたこと、
自分の芸術的素養のなさを痛感するけれどぉ、やっぱり、雑なのだ。
でも、ぐいっと離れてみると、俄然、生き生きと息づいてくるから不思議だ。
美術館の壁ぜんたいが、シャガールの奏でる交響曲で満ちてくるのだ。
やっぱり、本物は、すごい。
シャガールの魂からほとばしるイマジネーションと創造の息吹が、
時空を超えて、今ここに繰り広げられていることに感動しました。
お土産コーナーでは、たくさんの人がポストカードを購入してました。
私も、記念にっと思ったのだけれど。
今回の展覧会作品ではなく、いろいろ有名どころのもありましたが、
やっぱり、まじまじっと見ると、それも部分だけを拡大して印刷したものだと、
魅力もパワーも半減してしまっているような…。
そんななか、ピピピピッときたのがありました。、これっ。
ほかの、シャガール作品にはない、すっきりとした構図。
どこにもあいまいな線や、にじんだ色や、いびつに崩れた形がない。
シャガールの赤、青、緑、黄色、
すべての色が踊りだしたくなるほど喜びの光を放っています。
「私と村」と名づけられていて、1911年の作品とあります。
シャガールは、1887年〜1985年、97歳まで生きたので、
これは、24歳のときの作品。 なんと、若い。
恋愛に胸を焦がす前(…たぶん)、
人生の悲哀を知る前、ユダヤ人として歴史に翻弄される前。
羊、それとも牛(?)のまっすぐで大きな瞳、それを見つめる緑の男(シャガール?)
ここに描かれているのは、きっと信愛と感謝。生きる喜び。
若きシャガールのみずみずしい感性が、心をとらえて離しません。
ポストカードではなく、大きなA4サイズくらいの厚紙のポスターなので、
部屋に貼って、いつもいつも見つめよう。 |
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