添乗編

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 次のページ ]

ハワイ 最終日

イメージ 1

イメージ 1

朝(深夜?)3時50分にツアーデスクに集合。一番早い組は4時45分ホテルを出発する。

添乗員で手分けをして、バゲージダウンを確認して、早い出発のお客様に添乗員がモーニングコールをして、準備を急いだ。

滞りなく始めのグループを送り出し、次は7時台なのでちょっと一息だ。

誰かが「コナコーヒー」の差し入れをしてくれた。
ホッとした。
7時台の出発のグループは添乗員が2人付いて行くので、だいたい2人によって、準備は整っていた。
ツアーデスクに次々と集まってきた。集合したのでバスへの誘導。お客さんの一番後ろからついて行った。
バスに全員乗車したので、見送りのために手を振り出したら、バスの後方から男の方が1人バタバタと走ってきた。
「このバスに乗るお客様ですか?」と叫んでみた。「おう。」と返事が。
私は思いっきりバスの側面をたたき、バスを止めてもらった。
周りにいた見送りのお世話係の方々が、慌てた表情でいた。

私達添乗員や現地係員は「無事に乗れたからOK」と胸をなでおろした。

次は私の出発の時間。10時ホテル発。
一組別のホテルに宿泊しているがその方には15分早く、集合時間を伝えておいたので、まず心配ないと思う。
9時半頃にはお世話係りの方たちが集まり始めた。15分も早い集合時間を伝えたのに、その家族は遅れてきた。やっぱり早い集合時間を伝えておいて良かった。
遅れてきたのに、まだ全員集まっていないなら一服しに行きたいと。
本当にわがまま極まりない。
ツアーデスクに集合の際も、迷って私達は探しに走ったのだ。
私「もうバスへご案内できると思いますので、この場でお待ちいただけませんか?」
お客「バスへの通り道で一服してるんだから、そこから合流するよ」

って、バスはどこに止まるのよ?私も知らないのに、あなたは知っているの?

そんなやり取りをしていると、現地係員が「バスが着ました、ご案内します」
となり、一服は中止となりました。

空港へは40分位。
パスポートとI94Wの確認をしてもらって、後の案内は空港近くになってからした。
バスが動き出して、お世話係りの方のご挨拶があって、しばらくお客さんはお休みになっていた。
空港近くになって、チェックインでの注意事項や成田に着いてからの解散方法などを説明していると空港に到着。
空港アシストの方に出迎えられて、空いているチェックインカウンターで手続きを済ませた。
その時に、私の座席も前の方に替えてもらった。
セキュリティーチェックを終えて、出国してお客様といったん解散して、私は切手を買おうとビジネスセンターへ向かおうとした。
そしたら、あの3人家族のご主人がタバコはどこに行けば吸えるんかなと大きな声の独り言を言っていた。私の方を向いているわけでもなかったし、尋ねられたわけでもなかったから、意地悪とは思ったが、無視して、自分の用事を済ませにその場を離れた。

そうこうしていると、最後にホテルを出た組が、空港に到着していた。
添乗員とも会えた。最後にお茶でもしようかなんて話していたら、お客さんのお世話係のおじさんが、ジュースでも一緒に飲もうと、オレンジジュースをご馳走してくれました。
お世話係りに方達もかなりお疲れのご様子で、「やっと帰れるよ〜」と愚痴をこぼしてらっしゃいました。

程なく搭乗の時間が来て、時間通りの出発。
乗り込んで、お客さんの所に行き、CAに問題のお客さんのことを伝え、様子を見て欲しいとお願いしてきた。この時のCAの態度の悪いこと
「私達にどうしろと?お酒のサービスをするなってことですか?」って
私は行きのいきさつを話して、様子を見て欲しいと伝えただけなのに、そんな言い方しなくても。
と思うほどの感情をむき出しに、対応されて、あ〜あやっぱりJAL系列はいかんな、とまた実感してしまった。
着席して私は、毛布をかぶり、エアー枕をして、アイマスクをして、離陸も分からないほど爆睡してました。おしぼりを配っている時に気がついたので、40分くらいしか寝てないと思うけど、それから飲み物を飲んで、食事をして、再び眠りました。

成田到着2時間くらい前に軽食のサービスがあり、それからは目を覚ましていました。
お客様の所にも様子を見に出向いてみました。
例のお客さんはおとなしくしてらしたようで、お世話係の方もOKサインを私に出してくれたので、ホッとして戻りました。

成田には定刻より早く到着。
ターンテーブルの所で荷物を取って、帰る方面ごとに集まって、解散。
私は一番最後に税関チャックを通過して、表で再度お客様にお別れをして、その場を離れました。

3人家族の姿は既に無く、まあ無事だったんだろうなと、なんとなく思っていた。

その日、会社が用意した帰りのチケットは、成田→羽田→関空→自宅となっていたが、このチケットで帰ると自宅に着くのが深夜になるので、全てのチケットが変更可能だったので、その日は1泊実家に泊まることにした。21時頃に実家に着いたが、色々あったゆっくりすることは出来なかった。残念。

翌朝9時、関西へ戻るために実家を出発。
夕方には無事帰り着き、疲れを取るために早々にお風呂に入って、休んだ。
もっと疲れているかと思ったが、思いのほか元気で翌日から元気に添乗中の洗濯をしたり、精算をすることが出来た。

次の添乗まで、一週間のお休みを取った。
体力気力共に充実させて、次に望もうと思う。

ハワイ 最後の夕食

イメージ 1

イメージ 1

最終日は焼肉にしようとハワイ入りした日から決まっていた。

添乗仲間が以前に食べに行ったことのあるお店で、美味しいスープが忘れられないという理由で決定したらしい。

焼肉屋に到着して、お肉を頼むよりさきに、スープを注文して彼女は満足していた。
あとはお任せで、お肉やらご飯やキムチ(これは食べ放題のはず)が次々出てきた。

まずビールで乾杯してお互いの労をねぎらった。

現地ガイドさんも合流するはずだが遅れていた。
そんな時、彼の噂話になった。「ゲイ」ではないかという。
ガイドさんが外で聞いてショックを受けたら大変だよ、とか何とか言っているとやっぱり現れた。
現地ガイドの彼が。
親分は再度、全員集まったからと言って、乾杯をして、食事を促した。
促しながら、現地ガイドの彼に、親分はお酒の力に手を借りてか(その辺は分からないけど)ストレートに聞いていた。
親分「きみさぁ〜間違えられたりしないかい?ゲイに」
ガイドの彼「よく言われますが僕は女性に興味がありますよ」
親分「そうかぁ〜 話し方とかに特徴が出てるから}
ガイドの彼「僕彼女と一緒に住んでます、多分僕の英語が女性から教えられたものだから、そう見えるの   かと思いますよ。」
それ以上は話も続かず、他の話題へと移っていった。

明日は親分が朝4:45 次が朝6:30  次10:00 最後が10:30 の順でホテルを出る。

にもかかわらずゆっくり食事をしていたなぁ〜
焼肉屋が23時で閉店させてくれと申し出があって、23時には親分が精算をしたが、何を話していたか忘れたが盛り上がって23時30分頃焼肉屋を出た。
ホテルまでは現地ガイドの彼の車で送ってもらった。

シャワーを浴びたり、荷作りをしたりしていたら深夜1時を回ってしまっていた。
翌朝3時50分にはツアーデスクを開けないといけないので、睡眠時間は2時間と無かった。
最終日は機内で眠れるから、みんな結構強気で起きているんです。添乗員さんは(苦笑)

ハワイ 4日目

朝6時半ツアーデスク集合。 なんだかとってもゆっくりな感じ6時半なのに。今までが6時以前の集合だったから。

朝からゴルフのお客さんを皮切りに、オプションのお客さんを送り出した。お昼前にひと段落した。
今日はお昼も親分と一緒にラーメンを食べに出た。

その後3時まで休憩時間をくれた。
免税店に行って、お土産を見た。特に何をというわけではなかったので、ぶらぶらとして戻ってきた。
同じ部屋の添乗さんの顔色が悪いので、早々に2人で部屋に戻りお昼寝をした。
寝たのか寝てないのか良く分からないまま3時になり、再びツアーデスクへ。

3時だ。
酔っ払い家族の部屋移動だ。
親分は酔っ払いの部屋へ電話をしていた、でもつながらないみたいだ。
しびれを切らして親分は部屋まで出向いていった、がすぐ戻ってきた。
不在なのだ。

ふざけてる!!

まったく何を考えているのか。
と添乗員同士で文句を言っている間に、現れました。酔っ払い本人が。
今日はまだ呑んでいないみたいだけど。

「家内がまだ戻らないので戻りましたらこちらに連絡いたします。」
添乗員 「なぁんだ 移る気は変わってないんだ」と皮肉ります。

それから3・40分経った頃でしょうか?酔っ払いの奥さんから連絡が入って、親分と現地ガイドが部屋移動を手伝いに向かいました。

私達は届いた帰りの便のチケットの整理を急ぎました。
シートがブロックされてチケットだけが発見されているところに、お客様の名前を記入していくのは添乗員のお仕事。
明日酔っ払いと日本まで同行するのは、なんと私。
あ〜 座席をどうしよう。添乗仲間に相談すると、動けないように真ん中に、CAから程遠いところに押しやっちゃいなよ、って。

翌日のバッゲジダウンの確認、モーニングコールの確認と着々と仕事を片付けてツアーデスクを閉じる準備をした。

ツアーデスクを閉めようとしたその時に、お客さんが駆け込んできた。
エレベーターホールに自分のショルダーバックを置き忘れたと。
添乗員たちで各所に忘れ物が出てきたらお客様に届けてもらえるように手配をして、デスクを閉じた。

21時を10分ほど回っていた。

ハワイ 3日目の夕食

なんだかバタバタと色々あった一日だった。

今日はホテルの近くの居酒屋に行った。今日は現地ガイドの彼は自宅に戻っていった。

座敷に席を取り、一息ついた。

途端!隣の日本人のグループがカラオケを始めた。
あ〜あ 海外に来てまでもカラオケかよぉ〜
私達は、席を替えた。

そしてビールを頼んだ。
営業さんを私達は親分と呼んでいる。
親分はずいぶん疲れていた。

今日起こったことを親分は何も話そうとしなかった。

親分は本当にいい人だ。
お客さんから、添乗員の苦情が何度かあったらしい。現地ガイドさんから教えてもらった。
親分は私達を叱らなかった。
その苦情を親分は、こんなことがあって、こんな対応の仕方がいいと、私達に聞かせてくれた。
今思うと私たちの事だったようだ。

その日は親分の独演会になった。

今回の添乗員たちは一番若手が33歳上が39歳の。親分は「来年は結婚したのでいけません、って断ってくれよな」って。
この年の添乗員たちは、なかなか出会いのチャンスが無い。
この仕事を理解してくださる方は、なかなか現れない。
そうしているうちに年がどんどん過ぎていく。
親分にしてみたら、一緒に働くのも楽しく思ってくださっているようだが、私達の将来も心配してくれているようだ。

食事も済んで居酒屋の閉店時間まで、粘った私達は深夜それぞれの部屋に帰って眠りについた。

ハワイ 3日目

イメージ 1 イメージ 2 イメージ 3 イメージ 4 イメージ 5

イメージ 5

朝6時ツアーデスクに集合
この日は午前中観光、お昼を食べて、ホノルルへ移動。
搭乗便の都合で観光組みは二つに別れ、朝の出発も時間差となる。

観光組みの他にゴルフ組みも一組、ゴルフ組みはコナ空港発。
観光組みはヒロ空港発。

朝8時集合、私は2号車。人数が足りません...
どこを探しても見当たりません。2人、ご夫婦。出発の時間を20分過ぎました。
営業さんと探し回りました。お客さんのお世話係りの方も探し回りましたが、8時半を回ったので、後続に任せて、出発。

出発して50分位した頃に、携帯に連絡が入りました。行方不明者発見と。寿号(4号)車で追っかけますとの事。ホッとしました。
お昼の「ボルケーノハウス」後続とすれ違い、ヒロ空港手前の「ビックアイランドキャンディー」で1号車に移ってもらえ無事、合流。

ヒロ空港でチェックインを済ませて、行方不明のお客様のところに行って、
私「合流いただけて良かったです」とご挨拶をした。
お客「聞いてくれる〜お世話役の人に嘘の時間教えられたのよ、でボートなんかに乗ってたら、○○様〜
   なんて呼んでるじゃない?よくよく聞いてみたら、出発時間違ってるじゃない!!って言うより
   私達が理解していた時間が合っていたのよ。ほんとごめんなさいね」
と、お客さんは申し訳なさそうに、いきさつを聞かせてくださった。

私達が乗り込むアロハエアラインは、座席の指定は無い。並んだ者から座席を選べるのだ。
私は一番初めに並んだ。子供連れ、年配者がいたので、その方たちを私の後ろに並んでもらって、座席を取ってもらった。

ホノルルまでの間、営業さんと並んで、ホテルのチャックインの心配やら、オプションの心配やらしていた。一組ホテルの部屋をグレードアップするお客様がいる。
でもお部屋は取れていない。心配の種は尽きないなぁ〜
ホノルルでも現地ガイドさんと先乗りすることにした。コナでの事があったので添乗員同士で話し合って、私が一番早く到着するから先乗りしたほうがいいだろうということになった。

先乗りしてホテルに着いた。
鍵を確認し始めたら、後続が到着し始めた。何にも準備の整わないままに。
鍵も「フライト別になっています」という言葉とは裏腹に「帰りのフライト別に仕分け」されていた。
ブリーフィングルームは大混乱。
「先乗りした意味無し」と後続の添乗員に言われ、ちょっとブルーになった私。
続々と到着してくるお客さんに鍵を渡して、お部屋の方向へ案内をして、の繰り返しでその場をしのぎ、
ひと段落。

と思いきや、先に一泊されていた3人家族のお客さんが、お部屋に文句を言っていると。
添乗員 「昨日喜んでいたんですよね?感謝まで言ってたって」
営業さん 「よく分からないんだよ、どうなっているのか」
添乗員 「お世話係りの方はどう?おっしゃってるんですか」
などとやり取りをした後、営業さんは3人家族の部屋に向かった。
そして2時間帰ってこなかった。

その間もツアーデスクはバタバタと「何が」という事無くしていた。

営業さんと一緒に行った現地ガイドさんが戻ってきて、疲れきってデスクに座った。
添乗員「どうしたんですか?営業さんはまだ戻らないんですか?」
ガイド「それがさぁ〜 あいつ最低だよ」
と話が始まった。
どうやら、お酒を飲むと人が変わるらしい。ここに到着した日はアルコールを飲んでいなかったから、良い部屋に通してもらってと感謝の言葉も言えたみたいだ。
その晩にまた呑んだらしい、その時に溺愛する一人娘が「海の見える部屋が良かったのに」ともらしたらしい。23歳にもなる娘のその一言で、酔っ払いが爆発。
が、その夜は言葉の障害もあり、静かにしていたようだ。
そして、私達が到着、到着を待って、また暴れだしたのだ。酒の力を借りて。

スウィートとは言わないから海の見える部屋を用意しろと。

大体の流れを聞き終わった時に、営業さんが消沈しきった姿で戻ってきた。

添乗員の部屋と僕の部屋を明け渡す。三部屋を3人で使ってもらう。
添乗員の部屋を別のホテルで用意してくれ。と現地ガイドに指示をしていた。
そっかぁ〜そんなことになっていたんだ。
と思うのもつかの間、お世話役の人が慌ててツアーデスクにやってきた。
「そこまでして部屋を替わりたくないと言っているんですが・・・」
営業さん「確かにさっきもそう言ってたが、もう移ってもらいますよ、決めたし、この子達にもそう話し     たところですから」
そこでまた中途半端に部屋移動の話が断ち切れた。

もう一組の3人家族も部屋を移動させる話が出ていた。
ツアーデスクでのこのやり取りを見ていた、お世話役の1人が
「もう一つの家族のほうは僕が納得させるから、酔っ払いの方をよろしく」と。

現地のガイドたちが集まってきた。手配の人たちだ。
「ホノルルのホテルはどこも一杯です。一ヶ所コンドミニアムありますが、料金がかかりすぎます。」
営業さん 「いくらだ?」
ガイド 「650〜700ドルです」
営業さん 「一部屋押さえてくれ」
急転直下、3人家族の酔っ払い家族を近くのホテルに移動させることになった。
その話を持って、営業さんが酔っ払いの部屋に行ったら、もう寝てるって。それも爆睡。揺さぶっても軽くたたいても起きないらしい。挙句酔っ払いの奥さんは
「起こしたら機嫌悪くなるから、止めてください」だって。

結局その日の移動は取りやめで、明日の15時に移動の旨を奥さんに伝えて、営業さんはツアーデスクに戻ってきた。

そんなこんなしているうちに、21時を回っていた。

訳の分からないまま、ツアーデスクを閉めて、晩ご飯を食べに出た。

ホノルルでは荷物も順調に部屋に配られて、大きな問題もなく終わった。

写真はボルケーノハウスでご飯の後に立ち寄った、火山口です。

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 次のページ ]


.
mam*sak**a4022
mam*sak**a4022
女性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

標準グループ

添乗関連

ワンちゃん関連

ダイエット

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事