板Pのつぶやき

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ブログ炎上

みなさん、さようなら。また会う日まで。
 
おもいおこせば、K島時代の「板Pのつぶやき」から、もう10年以上。あること、ないこと、ほとんど誇張をまじえて、自分のまわりの現実の世界を、自分に向けて味付けをしてきたつもりである。
 
それを他人に覘かれる快感とスリルを、生きる糧とは行かないまでも、元気の要素として、享受してきた。
 
そもそもフィクションとノンフィクションの違いはあるのだろうか。正しいとか正しくないとか存在しているのだろうか。言ったとか言ってないとか、生きているとか死んでいるとかの区別は必要なのだろうか。
 
すべてがあるのかないのか、そもそもわからない。わからないのも、わからない。
 
書くことで、自分の存在を確かめ、新たな発想をとらえてきた。
 
なにしろ、私の小学生からの夢は、「作家になること」である。そして、「大きな土地をもつこと」であった。小学生の卒業文集の趣味欄に、夢を書く欄と間違えて、「大きな土地をもつこと」と書いてしまって、しばらく後で、宇佐美先生に訂正をおねがいしたのだが、あっさり断られて、そのまま載せられてしまった大失敗がある。子供だったから、すごく気にしたが、いまだその夢をかなえる力はない。到底趣味にできるわけがない。あこがれでしかない。
 
都会にではなく、田舎でよい、山奥でよい、地球の僻地でよい。別に自分の土地でなくともよい。誰しも思うことだろうが、何にも縛られずに、静かに生きる時間と空間が欲しいという我侭な現われだったに違いない。
 
作家になるという夢も、生まれてこの方、体を動かすほうの魅力にはまり、後回しである。動物の端くれなのだから、不自然な事象とは言えないだろう。そして今は、体を動かす人々と同じ空間にいることを選択しているようだ。私自身の嫉妬と憧れと可能性が渦巻く空間に身を寄せさせてもらっている居心地は、何か物足りなさを感じるにせよ、決してわるくはないようだ。
 
そもそも、なぜ作家になりたかったのか、忘れてしまった。忘れることは得意である。しかしながら、現実逃避をふくめ、定住せずに、世界を廻りながら、且つ、自分の事を知ってもらうことが可能である部分が多い仕事は何かと考えたら、それは作家だから・・・大人になっても、そうかもしれないとつくづくそう思う。
 
そして、世の中にインターネットとかブログとかいうものができて、つぶやくことで、夢がずいぶん実現できた。ストレスも発散できた。幾分の不安も解消できた。愚痴もいえた。
 
種となってから、芽が出て、風雪にさらされながら、誰にも一度もみられることなく、その場を守り続け、愚痴もこぼさず、朽ち果てていく樹木や、岩石のなんと偉大なことか・・・。
 
私が自然を愛していると思い込んでいるのは、そういう憧憬があったからに違いない。しかし、それだけでは、退屈きわまりないと、下賎な私だけの本能が、感じ取って、今の自分を創り上げていることにも間違いはない。
 
悟ることのできない、ちんけで弱い私は、自然や動物への憧れを抱きながら、やはり、いつか、どこかで、つぶやいているに違いない。
 
またどこかで、出会う日まで、さようなら。さようなら。
 
そして、万が一にも、また、出会ったときには、そっと、覗いて、知らなかったふりをしてください。
 
なにしろ、つぶやきなのだから。

 
 
いつか、すべては、運がよければ受け継がれ、すべてのものから解放されて、消えていくのだから。
 
さようなら。ごめんなさい。そして、ありがとう。

ねれない

寝すぎである。
 
ノーを寝かしつけたまま自分もねてしまう。自分だけ寝ているときもある。これでは、どちらが、寝かしつけられているのかわからない。面倒をみているようで、子供たちに癒されてるのは、自分であったりする。
 
ノーのわがまま、ぼうじゃくぶりには、ヒーもほとほと困り果てているが、やはりかわいいようで・・・。
 
ノーがヒーに、「けんかー、すうの?」といって、飛び掛っていく。「せーへん」と断っているのは、まったく耳にはいっていないようだ。まさに、猛然と飛び掛っていく。相手が受け止めてくれなかったらどうするのかというぐらい突っ込んでいく。
 
ヒーも疲れてくると、寝転んで相手をしているが、ノーの体力は無尽蔵である。
 
トイレにいかせるのも、歯をみがかせるのも、着替えさせるのも、いちいち一苦労である。「いやー」「いやっていわんて約束したやろ!」「あとでー」の繰り返しである。
 
年末に、あまりにも言うことを聞かないので、ビンタした。しかし、ビンタごときでは、なんとも思わなくなっている。これ以上強く殴っても、首がおかしくなるだろうし、だいたい、ほっぺたが小さすぎる。指が3本くらしか当たらない。お尻をたたいても、腰骨がおかしくなりそうで、将来に影響したらと、おさわり程度しか、衝撃はあたえられない。
 
しかし、気の強いことのこうえない。
 
それで、いちおうは、お化けをこわがっているので、昼間だったが、おふろ場に閉じ込める作戦をとろうとしたが、アジリティーがありすぎて、扉をしめるまでに、もどってきてしまう。
 
ほんとうに、文章だけみると虐待だが、ひっぱたいても、なにをしても、どうにもならないときがある。
 
仕方がないので、効果はうすいが、風呂場のある洗面所の引き戸をしめてみた。すると、スペースは比較的あるのだが、ノーは泣き叫ぶ。そして、20秒くらいばたばたして、ぱにくって・・・ばしゃーん、と音がした。
 
前後不覚に陥って、走り回り、バスタブの冷水に自分から飛び込んだのだ。
 
いそいで救出したが、ようやく頭が冷めたようだったが、さすがにかわいそう。躾も大変である。しつけられるほうも大変である。これから閉じ込めるのも危険である。
 
なんせ、身のまわりは甘やかしてくれる人だらけである。ひーは気が弱かったので、おこったら比較的すぐ悪いことはやめていたのに。
 
眠いときと反抗スイッチが入ったときは特に手がつけられない。それ以外は、かわいくてしかたない。結局、ヒーも私も、みんなそれで甘やかしてしまうのだ。
 
しかし、3歳ながら、いつも元気でテンションが高いのには、頭がさがる。本当に大きな怪我とかが心配。
 
明日からヒーも学校である。私も送りがてら車ででかける。そして、なぜか後ろにはノーが乗っている。ヒーを学校の近くに降ろして、また家に帰って、ノーをおろす。
 
練習がある日は夜はほとんど寝ているから、まあ、よいコミュニケーションが取れる。
 
新チームになるたびに、意識的には、少しずつ、高いところから出発できるようにはなっているが、それでも、おおむね、毎年毎年、1からやり直し、繰り返しである。
 
今期は少なからず戦力が入れ替わるので、建て直し、強化が根本から必要である。やることも、課題も山積み、現時点ではプレーメーカーも居ないので、発掘育成していかなければならない。
 

膨張中

ダイエットのために、車通勤を一日やめて、ねんのためマスクをつけて、電車にのって、徒歩合計30分あまり、ウエイトをして、グランドを10周走って、クラブは休みでかえってきたら、風邪を引いた。
 
抵抗力なさすぎ。結局、私が現役のころ風邪を引きやすかったのは、もちろん調子がわるくなっても、無理していたこともあるが、その火種を電車の中でひろってきていたのが、よくわかる。
 
車通勤になって、身長が12mm縮み、ぶら下がって5mmもどして、今は185cmジャスト。もっと背を伸ばそうと、車通勤を一日やめたら、喉に菌がはいった。
 
3日ほどしんどかった。せっかくのオフ、Kしえんボウルの日。悔しいので、見に行かなかった。家族で、33ゲンドウにいった。24時間ぶっつづけで、弓矢を射続ける競技があったことをしった。壮絶である。記録保持者は、9秒に一回弓を射続けたことになるそうで、一万本くらい的?を通すそうだ。
 
結局、私の弛んだ体を修復するのは、明日以降になりそうだ。今日は、私の分の夜の弁当を頼み忘れたと学生に言われたので、練習後に寒さのせいにして、せんべい一枚とクッキー3枚を食べてしまった。
その後、やっぱりありました!と弁当をもってこられ、ご飯以外は全部食べてしまった。ドローフェイクパスにひっかかったLBのようだ。
 
本日の解説、イーグルス対ジャイアンツもなかなか学ぶべきところがおおかった。結局、完璧にはいかないからこそ、システム面も、ゲームメイク面も、スキルも、フィジカルも、あらゆる面で高めておかなければいけないということだろう。
 
そして、アンディーHCも相変わらずふくよかなボディーとお手手で、レッドフラッグをもみもみしていたが、結局ポケットにしまってしまった。
 
我が家の玄関先で買っている赤い金魚は毎朝のように、猫に必死にふたを開けられようとしているが、木ブタはあけられても、中のガラスのふたまではあけれないようだ。
 
そこには、信じられないほど、ふとった、青緑金魚と姉金がいる。ひーは、その金魚をみるたびに、あれば、小赤ではなく、姉金やね。ぼくのは、違うけど。と10回は言っている。ひーの部屋の金魚はもう買い始めて2年を過ぎると思われるが、まだ5cmほどでスレンダーないでたちをしている。餌も3粒ほどしか食べないらしい。
 
私が外で買っている和金魚2匹は買ったときは、2cmなかったが、今は、8cmほどになり、ランチュウか!とおもえるほど太っている。たった4ヶ月でその巨大化ぶりは、K大のどの選手よりも優秀である。ランチュウ系の青緑金魚と上からみると大してかわらない。
 
そして、夏につりに行って、確保したコアユの残党1匹。本来であれば、もう既に、川底で土に返っているか、海にかえっているか、淀川をのぼって琵琶湖に陸封されているかのいづれかだろうが、彼は、まだ私の水槽ですくすくと成長して、真冬なのに、元気に餌を食べている。
 
まだ、サイズは10cm程度で太っても折らず、私の食欲はそそらない。
 
そして、太刀魚釣り用にかった、生き餌のドゼウたちも、4匹ほどか、どんどん、ふくよかになって、こころなしか、伸びている。スーパーマルナカに幾たびに、ドジョウ鍋用の生きたドジョウの入った鉄カゴをアミノが、ボンボンたたいて、ドジョウをしびれさせているが、あんまりやりすぎると店員に怒られるのをわかっているので、私に途中からやらせようとするがのだが、彼らをみても、あまりドジョウはたべたいとは思わない。
 
うなぎは食べたいとおもうのだが、鬼平でも、ドジョウ鍋は庶民の取っておき料理なのだが、やはり食べたいとは思わない。
 
しかし、いづれ、近いうちに、心に余裕がでたら、ドジョウも食べてみたいと思う。私が買っているものは、さすがに、むりだろうが。

撃沈

船好きの、のーがおもちゃやで買った小さい漁船(全長8cm)のプラモデル。我が家の90cm水槽に入れたとたん、船底が赤いので、巨鯉(25cm)の襲撃に遭い、あえなく撃沈。といっても、沈みきらず、水面に逆さを向いて、浮かんでいる。寝ころんで水中から見てみると、きれいで、水面に浮かんでいるようだ。
 
今の私のようである。最後まで行けるだけのポテンシャルを持ち合わせながら、引き出しきれず、ゲームも作れず、残念無念。大魚を逃がした釣り師の心境か。
 
長いやりとりの末、腕力が持たず、勝負をかけて、糸がプチンと切れてしまった
 
しかし、楽しみな多くの戦力が残っている。どういう風に選手を育て、どういう選手構成でシーズンに望めば、勝つ可能性が上がってくるのか、K大にとって、見えてきたシーズンであったともいえる。
 
私の撃沈ぶりとは対照的に、急激に成長している昇り龍が我が家にいる。ひーである。水泳では不可能に思えた個人メドレーで基準タイムを上回り黒帽子チーム入り。いよいよ最終段階である。
 
そして剣道では、公式の大会では、初勝利をおさめ、昨日の道場の学年対抗では準優勝をかっさらった。
 
自分の部屋は片付けて、私の部屋を散らかしている。私の愛書、ゴルゴ、おにへい、くもとり・・・が私の寝床の周囲に散乱している。そして、ノーのおもちゃや、私の机の中のガラクタも、産卵している。
 
シーズンが終わったら、水面にさかさまに浮かぶ船のように、家庭で浮かぶ時間ができる。掃除せなあかん時間もできる。床屋にもいかなあかん。山ほどたまって散乱している戦術も整理しなければならない。
 
シーズン終盤のストレスと不安で過食症に陥り、2KG、2%増えた体重と体脂肪を落とさなければならない。今日から、トレーニング再開である。2011シーズン開幕である。
 
 
 

もういいんちゃう

この前の日曜日、KG大との奇跡の勝利の後である、ようやくアミノの753にいった。どうも11月とかにやる行事らしい。S吉大社に山ほど人がそういえば、いはった。
 
家を出て、H川沿いに10mもいかないうちに、「のーちゃん。753やね。きれいきれいするんやで。」と話しかけると、「もーいいんちゃう?とーとー。」
 
私はアミノが乗り気なのは重々しっていたが、「え?いかへんの?」と聞いてみた。すると「じぇーんじぇん。もーいーんちゃう。とーとー。」
 
子供は、単語の意味を覚えずに、人の、とくに親の口癖を、そのまま覚え、つかったシチュエーションにだいたい当てはめながら、適当に、恐れなく使いながら、言葉というよりフレーズを覚えていくようだ。
 
そういえば、ヒョウが「とーとー。もーええって。」とよく言っているのを思い出す。
 
753でヘアメイクをほどこされ、嫁さんが選んだ着物を着て、高い草履をはいて・・・。ヘアメイクの時には、暴れまわって無理だろうと思っていたが、20分近く、しっかりと座って、鏡を見入っている。
 
ご飯粒などが絡み合って、櫛が通らない。しかし、カールされ、ねじ上げられ、口紅を塗られ・・・。だんだん女になっていく。口紅を塗られたら、口をパクパクやっている。ミーのやつをいつも見ているのだ。
 
そして、写真をとる間も、いろいろなポーズをとる。あやしてくれるおにーさんも、ヒョウが7歳のときから、4歳も年をとっているのだ。同じおにーさんに同じように笑顔を作ってもらっている。
 
アミノは、家とは違って、照れているのか、笑うとベロが飛び出てくる。すると、ちょっとホモっ毛のあるおにーさんが、「あーベロでたあ!」「あーあん、またでたあ〜」と人形で顔をチョンと触る。悪いといわない。駄目だといわない。そんなんで出すなっていうことが伝わるのかとおもっていると意外にも、何度かやっているうちにあみのはベロをださなくなっていった。衣装代、写真代、等々で3万くらい行ってしまったようだ。いい商売をしている。
 
そして、S吉大社におまいりをして、祈祷料1万円だったか。しかし、なんと、その時間帯に祈祷するのは、我が家だけ。司会の人、雅楽の人、踊り子2人、えらいお祈りの人と総勢5人が、我が家のためだけに、儀式をしている。
これなら1万円でもええかと。
 
しかし、雅楽の笛と、歌がどうもあっていない。歌はオンチで、笛もかすれ、音程が合う前に、フスー、プスーと空気がもれる音が聞こえる。そして、楽器自体の音程もずれている。私は、笑いをこらえきれない。しかし、歌い手も笛の人も、踊り子も、タイコ係りも、真剣な表情である。
 
建物をでて、ミーとヒョウに、あの音ずれてなかった?というと、二人とも口をそろえて「あんなもんやで。」といわれた。
 
どうも納得がいかなかったが、しかめっ面が多くなるシーズン中に、久しぶりに笑いがこらえられないくらいの状況になれてよかった。
 
草履の間に砂利が入るのがいやで、私の体に登ってきた着物姿の、あみのも心のなかで、「あんなもんちゃう?」といっていたかもしれない。
 
 
 

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