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前回好評のマキャベリコラムからまだ4日程度しか経っていないのですが、昨日の天地人コラムにも驚くべき記事内容が載っていました。 以下、全文掲載 (発行/2005年 4月23日/北日本新聞) 五十年前のアジアアフリカ会議(バンドン会議)で、日本代表を務めた高碕達之助さんは、中国の周恩来首相と会談。日中交流の糸口をつかむが、岸内閣の対中国敵視政策もあって、この動きは中断する。縁の結び直しに尽力したのが、旧福光町出身の政治家、松村謙三さんである。 訪中した際の列車会談で周首相と掛け合い、高碕さんの訪中を実現させた。これが後にLT貿易を生み、国交回復につながる。「アジアとともに」という理想を掲げ、相手の立場を思い誠心誠意交渉した松村さんは、不幸な時代の両国をつなぐ太いパイプだった。 昭和四十年に「米・中の調停者たれ」と題した論を雑誌に寄稿した。松村さんは中国の潜在的な力を認め、交流を図りながら日本は両国和解の仲介役を担うべきと主張した。台湾をめぐる米中の緊張関係は今も続く。この提言は現代にも通じるものだ。 小泉首相がバンドン会議首脳会議で演説した。村山元首相の言葉を踏襲して「反省とおわび」を表明したが、思いは中国側に届いていないようだ。首脳会談日程は不透明である。 松村さんが政治家人生をささげ、心を砕きまとめようとした日中の友好関係は、危機に直面している。相手の思いをくみ自分の言葉で語りかけた松村さんの姿勢が、首相に今必要なのではないか。 主張部分を比較しやすいように意訳すると、 反日デモなどで日中関係は険悪になっているが、まだ思いは相手に届いてないから、日本の首相は相手の思いを汲んで自分の言葉で語りかける姿勢が必要である。 という感じであろうか。 つまり日本側の努力の必要性を説いているわけである。 ここで、なぜに私が最後の段落での相手の思いをくみ自分の言葉で語りかけた松村さんの姿勢が、首相に今必要なのではないか。という部分をことさら強調して見せたのかを説明しなくてはならない。 それは端的に言って4日ほど前のマキャベリコラムと較べてみてもらいたいからである。 (前回のコラム参照http://blogs.yahoo.co.jp/mana_bien/1687341.html) 必要部分を引用。 (発行/2005年 4月19日/北日本新聞・天地人) (前略)マキャベリは「歴史はわれわれの行為の導き手である。とくに指導者にとって師匠である」と語った。誠実に歴史を反省する姿勢が日本には大切だが、中国も歴史に学ぶ必要がある。ここでは、意訳すると 反日デモなどで日中関係は険悪になっているが、ここは関係改善のため、日本・中国、双方とも歴史に学ぶ必要がある。 という感じであろうか。 つまり、日本、中国、双方ともの努力の必要性を主張しているわけである。 ここまで来れば、私のいいたいことが読めてくるにちがいない。 4月19日のコラムでは日中双方の努力の必要性を主張しておきながら、 4月23日ではものの見事に日本側が一層努力せよという主張にすり替わっているのである。 コラムってのはベテラン記者の持ち回りなんだろうか!? 詳しくは知らないが、主張に一貫性が無いというのはいかがなものかと考える。 ・・・元々権力批判精神旺盛--なんでも文句付ければよい!?--なマスコミなんていうのに一貫性を求めるのは野暮だという意見も根強いわけだが、私はそれには断固反対したい。 確かにマスコミは政治家のように主張の一貫性・体系性を求められてないようにも思えるが、単なる批判だけでは建設的な意見構築はできない。 あくまで新聞が社会の公器として我々の意見を反映し、時には教化してくれるものであるならば、一貫性が求められるのは当然であろう。 と、まぁもっともこの北日本新聞社は目立ったところでいえば以前にも 北陸新幹線誘致に消極的→積極的に早変わりした、身の代わりが早いという前科があるわけだが。 しかしコロッと逆の主張をやってしまうことが多いのが気になる、この新聞。 田舎に帰って来てこんなに新聞を不可思議に見れるとは思わなかった。 細かく挙げれば、ちょっと前に天地人で 「合併したのに(候補の出てない地区では)選挙が盛り上がってないから、大切な市の将来を決める選挙に参加しよう」という感じのことをいってたのに、 数日後の「記者ノート」という若手記者コラムみたいなものによれば 「選挙が加熱しすぎて、結果が出た後の市の分裂が心配だ。終わったことは水に流して、新市の運営に協力して参加していこう」と書いていたりする。 つまり要約すると ・合併により選挙が盛り上がってない→責任を持って参加しよう ・合併による乱立で選挙が過熱気味→終わったら水に流してしこりが残らないようにしよう ということになる。 いったい、選挙は加熱した方がいいのか、落ち着いて冷ややかな方がいいのか、同じ新聞内でバラバラのことを言っているわけである。 勿論、過剰な加熱を避けて終了後のしこりが残らない程度に、幅広い市民に参加して欲しい、という両方を満たした主張もあり得る。 しかしそれに対しては「煽りっぱなし」って言葉知ってるか?と疑問を呈したい。 つまりちゃんとそのような選挙が理想だから、現状はそれには及ばないから、こうした方がいいのでは?と提案するのが筋であろう。 今回のように一方的に「○▲がたりない」「▲○が多すぎる」と言い放つだけってのは、「中学生でもわかる内容で、県民の良識を涵養する新聞」とはいえませんな〜。 フォローは重要でしょう。フォローは。 別の地方紙の話になるが、一度OBという記者の人と会ったことがある。 「少ない時間でやるから内容にミスも出てくるよ。君だってやってみたらそんなに満足なようには出来ないってわかるよ。もし君に出来るんだったら今すぐに(デスクを)代ってあげるよ(笑)」 といってたっけ。 まぁそんなもんだと理解するのも良いが、今後のことも考えると、あえて苦言も呈さなくてはならんでしょう。 北日本新聞さん。面倒くさがらずに、記事のフォローお願いします。
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