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古の宮廷的に、 献辞 第一巻 はしがき 1.都市の起源、特にローマの起源について 2.共和国の種類について、また、ローマはそのいずれにあたるかについて 3.ローマ共和国を完成した護民官制度設立のいきさつについて 4.平民と元老院の対立により、ローマ共和国は自由かつ強大なものとなった 5.人民と貴族のいずれがより確実に自由を保護するか、新たに権力を手に入れようとする人民か、既得の権力を保持しようとする貴族か、また、どちらがより内紛の原因となるか 6.ローマにおいて人民と元老院の対立に終止符を打つことのできる政府を樹立しえたか否かについて 7.国家において自由を保護するには弾劾権がいかに重要であるかについて 8.告発が国家に有益であるのに対して、中傷は有害なものである 9.新しい国家の設立、または旧制度の徹底的な改革は、一人の人間が単独でなすべきことである 10.王国や共和国の創設者はたたえられるべきであり、僣主政治の始祖はのろわれるべきである 最初の献辞のところで、マキアヴェッリの歴史を鏡として使い現実に対して提言するという姿勢が良く現れている。 また文章の端々から、平民を良き法によって、良質な国民へと導いていく(矯正していく)必要性を繰り返し述べている。だいたいにおいて、これから獲得していく必要のある国家と、今ある者を維持していく必要のある国家に分けて。 それは裏を返せば、当時のフィレンツェへの痛烈な批判と提言なのだろう。 6.で興味深い事をいっている ・・・ローマの国内がもっと平和であったとしたら、逆にローマがより弱体化するという結果をもたらし、あの偉大さにいたる道を遮断してしまうという事になっていたであろう。ローマが内紛のもととなるものを捨て去ろうとすれば、同時に大国になっていく伸長力をもなくしてしまうことになったのである。 これは、派閥や弁論闘争、裁判などに明け暮れているくらい国内は多様な意見が飛び交い騒々しくても、対外的には愛国的にまとまってめざましい拡張能力を示したローマに、国家としての軍配を上げる前提であろう。 他にも6.は興味深くて、 ''まず現代日本のように、国家がその領域内にとどまっていて、何の野心も持たない国だという事がわかると、他国も決して戦争を仕掛けてくるという事は怒らなくなるだろう。憲法で禁止している場合ならば尚更走であり、模範的な政治生活が送れると信じる。 しかしながら、世の中は流転的。 必要に迫られて、拡大しなければならない状況に追い込まれる事もあり、つまり自衛的に戦争をしなければならないような状況もあり、その場合は瞬く間に国家の基礎がぐらつき、変化に対応できずに崩壊してしまう。 また別に戦争の体験を経ない場合、怠惰の風潮が生まれ、国家を弱体化し分裂させる風潮を生む。 国家の範としては折衷案はなく、拡張を目指す国家か、維持する国家かと聞かれれば、ローマに範を求めるべき。他はならうに値しない。'' このような論旨が展開されている。 とりあえずここまで
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読書日記
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初めまして。記事をTBさせていただきました。「政略論」ではなくて「君主論」の方ですが。ウチでは一応「政略論」の書庫もありますが、まだ記事全然書いていないんですよ(^^;)。それでやむを得ず「君主論」の記事をTBさせて頂きました。
2008/6/26(木) 午後 4:33 [ - ]
トラバありがとうございます!
ぼくの方は君主論はいろいろマキアヴェッリ自身の保身があって書いている面が強いので、寧ろ政略論方により純粋な主張が描かれているとおもうから好きなんですよ。
・・・とはいっても分量が多くてまだ全然読み進めてないですが汗
2008/6/30(月) 午前 0:36 [ びやん ]