この内容は1990年代中頃に法政大学法学部政治学科で開講されていた杉田敦ゼミの記録です。ゼミの先輩がHPとして作成していただいたものを私が編集して「記録」としてここにアップしています。従って内容についての責任などは私、村上にあります。ご意見・ご要望などありましたらコメント欄やメールにていただければ幸いです。 『公共性の構造転換〜市民社会の―カテゴリー―についての探求』 文責:S野(2年) ○「公共性」について a:「公的」とか「公共性」という言葉を聞いて何を連想する? b:「公共事業」,「公共の福祉」,「公的介護」・・・・ c:「公」=「国」というイメージがあるね。 a:「公」というのは「公開」という言葉があるように,「皆の」というイメージはないの? b:「首相公邸」や,ペルーで占拠された「大使公邸」など,「皆の」とか「公開」というイメージからはちょっと距離があるなぁ。 c:歴史を遡ると,「私的」社会は経済,「公的」社会は政治を意味していたんだ。 a:そして,その政治に参加していたのが「市民」だね。 c:その「市民」はブルジョワ階級だ。 a:そう,「強要と財産のある人々」だね。 c:そんな背景が今でも「公」=「皆」というイメージを遠ざける要因なのかもね。 b:しかし「ブルジョワ」という限定はあっても,絶対君主制から見ると「公開」されたことになるんじゃないかなぁ。 a:そうだね。王の恣意的な政治から「法」という理性の基づく政治が始まったんだからね。 b:そして,「法」をつくるにあたって,政治に「議論」が始まったんだね。 a:王の専制国家から法治国家に移っていったことにより,「法」の知識を持つ人の地位が高まっていった。 b:「法服貴族」だね。 a:そう。ブルジョワ階層から「法服貴族」が誕生していった。 c:それが貴族とブルジョワの塀を低くして,「公共」の場が広がっていったんだね。 a:ところで現在に目を向けてみると,「公共性」とか「公的」を何処が担っているのだろう? c:さっきも話したようにやっぱり「国」だね。 b:いや,「官僚制」と言った方が正しい。僕は「国会」は「私的」だと思う。 a:どういうこと? b:「族議員」という言葉があるように,議員は一部の私的要求を代弁している。それは選挙区に「公共事業」を持っていくことについても同じだ。 c:それに比べて官僚制は,普遍中立を要求されていることは事実だね。 b:そう。 a:これから「公共性」を担うべきなのは本来何処なのか,そういう議論を我々は提案しようではないか。 b、c:がんばろう。 a、b、c:オー |
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