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さて、今朝の北日本新聞朝刊コラムであるが、「最近内容がイマイチぴんとこない」と家の者が言っている声がもっともな内容であった。 中略してあるものの、以下に最初と最後のパラグラフが引用してある。 国民主権、基本的人権の尊重、平和主義が日本国憲法の特徴だが、ほかにも世界に誇れる条文がある。二四条でうたう「男女平等」もその一つだろう。日本が手本としたアメリカの憲法には、いまだに男女平等を定めた条項がない。(中略) 二四条は女性の権利と地位向上の後ろ盾となったが、条文に込められたベアテさんの願いが、今の日本ですべて実現されているわけではない。五年前、参院憲法調査会に参考人として招かれたベアテさんは「いい憲法なら守るべき」と訴えている。(北日本新聞平成17年4月16日、天地人) 要約すると、日本の憲法はまだまだ誇れる条文があって、それは制作者の理想からいってもまだまだ実現されて無く、最近改憲の声が騒がしいが、いい憲法だと思うなら守ることも考えてみては?ということだろうか。微妙なニュアンスは解釈の違いが出るだろうが、趣旨はこんな所だと思われる。(違ってたらコメント・プリーズ!) それはいいとして、不思議だと思ったのが、まず最初の段落の男女平等規定の話、 日本の憲法は規定有り→しかし実現されていない アメリカ憲法は規定無し→しかし実現されている →よって(日本国憲法のような規定のある)いい憲法は守るべき という論理展開である。 えぇっと・・・、じゃ特にわざわざ憲法条文に規定がなくても男女平等は実質的に護られるんじゃねぇかよ。あんた方が自分で例証したアメリカみてーによぉぉ。 つまり、憲法規定がどうだろうと実際の法律なり日常的な法慣習が男女平等を尊重するようになっていれば、生活の中で実現されていく問題で、それは憲法に書いてある/書いてないが問題なのではないということであろう。 それなのに何故に結論的には、憲法理念が「いいか/悪いか」、「いいものだったら守るべき」というレベルで話をしようとするかまったくもって不思議。自分の出してきたデーターで自分の論拠を突き崩しているんだから始末に負えない。 そもそも、『アメリカ憲法は民主的か』というテーマがある位、理念崇高な日本国憲法がモデルとしている憲法はいろいろと疑問符が突くようなところが多い。書き足りないと言われることもしばしばである。しかし日本よりもデモクラシーが発展した国であると考えられているし、それは日々の立法活動であったり市民運動であったりが支えているわけで、決して崇高な理念がある条文があるから民主的なわけではない。 また逆に、--今手元にないので正確な出所は不明だが--比較憲法では社会保障や人権などが明記されている憲法史上素晴らしい憲法として、旧ソ連の憲法(スターリン憲法)を挙げている。しかしこれもご承知の通り、スターリンがやったことといえば立派な憲法内容とはおよそかけ離れた人権蹂躙も甚だしい事なわけである。 であるからして、重要なのは憲法が「いいか/悪いか」、「改正べきか/守るべきか」とかではなく、実際の現実に対応した法整備を着実にしたり、憲法慣習とでもいうべきものを醸成していくことであろう。 素晴らしい条文を持った憲法を持っていても、実際に行われている政治とは関係がない。 アメリカ憲法は人民主権と平等を謳っていながら、黒人は奴隷だったし、その後も差別を受け続けてきているのは日本の中学生でも知っている事実であろう。長年の努力と具体的な法整備によってそれは克服してきたのだ。逆をいえば何かを実現して行くにはそうしていくしかないのだとも言える。決して憲法の条文をいじったからといって変るものでもないし、逆にいじらなかったからといってそれだけで手放しに守られるものでもない。現在の改憲/護憲論は、概して宗教におけるテキスト信仰ともいえる。 話が逸れたが、今回の天地人はなかなかメルヘンな感じがして個人的に嫌いではないのだが、社会の声を反映し、導く公器としてのメディアには似つかわしくない内容だったのではないかと考える。 つーか「最近そういうコラム多いよ」と家族。
ん〜、ちとわたしめは擁護できないな。これでも富山県内で圧倒的シェアを誇る新聞なんで、極端にいえば県民の知を担っているといっても過言ではない。もっとよりよく県民を教化していって欲しいと思います。 メルヘンコラムに興味がある方はこちら http://www.kitanippon.co.jp/news/column/tenchi/tenchi.html |

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