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まぁピアノマンはいいとして、 今日は私の英語教授法についていくつか他の先生よりご指摘を頂いた。 あまり詳しく書くと特定されちゃいそうなのでやめるが、 私のやり方が、文法などを元にして基本からたたき込むのに対して、 塾側の方針としては、もっと楽しく軽い英会話から英語に触れていって貰おうという感じのようだ。 勿論その方針は承知しているのだが、 自分としても、既に自分のやり方で他所で業績を上げており、楽しく英語の触れるような感じで徹底的に基礎から積み上げてく事も可能である、と思っているわけである。 というか、そんな普通のつまらない(?)やり方を、いかに生徒に面白く関心を持ってやってもらえるかが教える側の力量なんだろ、という気がしないでもない。 だから私としても、当初からその塾での方針と流れは熟知しているのだが、 基本的により学校の授業で使えたり、読めるようになったりする方が楽しいだろうし、塾での効用というのが実感しやすいだろうと思えるので、色々表向き妥協しつつ裏では工夫してやっているつもりである。 第一、生徒側からの苦情ならば話し合う余地があるんだろうけど、同僚(先輩)からの苦言じゃあねぇ。 何度か懇切丁寧に説明しているんだけれども、一向に上からの方針ばかりを強調されても話しててもらちが明かないので困ります。 余計な時間とらせんなよって感じの方が強いんですけどね。 どうせなら教えることで疲れたいのだが。 それ以前の環境で疲れるってのも・・。 基本的に方針というのは決まっていても、教えて上手くいくかは個々の講師の力量にかかっているのは当然なわけで、闇雲に「本来こういう授業だから」といわれても変に細分化しすぎているような気がする。 会話にしても基本的なことわかってなければ、オウム返しのように連呼して覚える程度しか身に付かないわけだし。一つ一つのフレーズでも、無理なく深く文法まで掘り下げて根本知識を増やしたり、英語圏の背景知識をおもしろおかしく教えたりすることも可能であろう。(実際やってるし) その結果、確かに覚えている会話のフレーズは少ないという問題が起きるだろうが、他で持っているコマとの関連性でグラマーとリーディングの成績はピカイチでいいんだから、いいだろうという気がする。 会話の時間を読解に当ててるからだ、という反論は反面当たっているが、正確ではなく、語学をあまり細分化しすぎて科目間の連結を損なうことがない方がいいと思われる。 敢えて極端にいえば、会話ぐらい後から力付けられるしね。 (自分の実力はまだまだだが笑) わかってるとおもうんだけどなぁ。 そのお方も。 以上、今日は上との対応で疲れた。
あと少しだから頑張ろう。 |
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2005年05月18日
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