|
http://www.tokyovalley.com/yahoo_blog/article/article.php やれやれ・・・・朝6時に起きてからこんな時間まで、なにも飲まず食わずで仕事をやりぬいて、ぐったりな村上です(挨拶)。 あ〜オレはやり抜いたよ。。。 疲れてギリギリまで就寝。五時半起床が限界かな?と思ってたらサッカーのせいで6時に起きて、慌てて用意。おかげで水一滴すらも飲む時間無し。 実はまだまだ終わらない、という説もあるがww(いい加減にしてくれ〜〜) まぁそういうわけで、今から古の宮廷に没頭する。 いろいろクタクタだけど、この時間がオレを支えているぅぅぅ!! さて、 ちょっとした偶然で、古い日経新聞の特集を読んでしまったが、面白い! しかも富山だってぇ!? (2)総働き家族:富山になぜか富がある 「日本一豊かな家計」はどこにある? 北陸の、とある県に飛んだ――。 北緯三六度、東経一三七度。「日本の真ん中」に位置する富山市。平均から突出した統計が満載だ。 ▼「平均月収」七十一万円=日本一▼「消費支出」四十万円=全国二位▼「こづかい月額」四万五千円=日本一▼「平均預金残高」五百六十九万円(富山県)=全国七位 【一家で「多財布」】 東京でも大阪でもない北陸の地。女性の常用雇用率は全国一位の66%。全世帯の六割近くが共働きだ。日本では家計に占める世帯主収入の割合が82%だが、富山では62%。配偶者は他の世帯員の収入が大きい「多財布」家計だ。 富山の女性はなぜ働くのか? 早速であった女性タクシー運転手に聞いてみた。「働くのが当たり前。家にいると『体が弱いのか』と思われそう」(堀田和子、37)。「子供はしゅうとめが見てくれるし、働けば旅行など楽しみも増える」(高橋小百合、44) 「うちは三世代同居の典型的な富山家庭」と話す六十七歳の針山節子。「起床は朝五時半。家族六人分の朝食を作り、夕食の下ごしらえをする。二人の孫の保育所への送迎は“じじばば”の役目。顔見知りのじじばば仲間も大勢いる」 針山は社会福祉法人の施設長。夫も自治会長などに忙しい。大人四人の総働きの針山家の世帯月収は百二十万円。息子夫妻から生活費は取らない。「若い人の給料は多くないし子供にお金がかかる。余ったら貯めればいい」。時間とお金をおおらかに融通する。 富山でも針山家のような三世代同居が世帯の二割。富山出身の社会学者、上野千鶴子(58)は「皮肉にも日本型家族制度という昔ながらの伝統が、結果として女性の社会進出を支えている」とみる。古くから化学や金属加工などの産業が盛んだったことも情勢が働く風土を育てた。 総働きは一朝一夕には出来ないが、それに道筋を付けるのが工夫。富山市は昨年「運転免許証を返納すれば二万円給付」という制度を始めた。対象は六十五歳以上。市が高齢者と若者の住まいの交換を仲介する。高齢者は車が必要な郊外の一軒家を出て中心市街地に引っ越し、空いた家は子育て世帯に貸す。所得に応じ月一万円の補助も出す。 時間とお金、住まいを地域でくくり直す。一年で五百七人が免許を返上し、市街地の人口は四十年ぶりに増えた。自身も三世代家族に育った市長の森雅志は(54)は「子供以外はみな働くというのが富山の価値観。それを時代に合わせ、守るために行政が後押しする」。 企業も歩調を合わせる。富山市のITコンサルティング、インテック。育児休業を法制化前から導入し「国が一年なら一年半、一年半になれば三年と、先んじてきた」(人事部の早川和夫)。託児所も置き、休業中の通信教育費も負担する。 【さよなら大黒柱】 「家計力」は好循環を生む。農業の古井シズエ(57)は貯めた四十万円の小遣いを元手にアップルパイ製造販売を始めた。自ら育てた富山産リンゴのパイは評判を呼び、行列のできる店に。「夫にいちいちお伺いを立ててこづかいを貰うほど嫌なことはない」 看護師の惣万佳代子(55)は退職金一千万円をつぎ込み、仲間と十四年前にデイケアハウスを立ち上げた。下はゼロ歳、上は九十八歳。障害者も共に過ごす。「一つ屋根の下に多世代、色々な個性の人が暮らすのが日本の文化」。この疑似大家蕨は富山型の特区として各地に広がっている。 政府はこの四月、二十五―四十四歳の既婚女性の就業率を57%から71%に上げる構想を打ち出した。高齢者の就業率も十数ポイント引き上げるという。大家族に戻るのは難しい。その代わりに家や会社や地域でチーム力を引き出す仕組みを整える。それを促す政策にもっと知恵と工夫が要る。 日本は人口減を越え成長するため、働き、稼ぎ、消費する家計力を高めなければならない。小を束ねて大となす、総働き型のイエコノミーは強靱(きょうじん)だ。 日経新聞 2007年5月4日 ―イエコノミー取材班― 要は富山の女性は働き者であり、その(近代的な)女性の社会進出を支えているのが、皮肉にも昔ながら(前近代的な)の大家族制度である、と。 大家族で、それぞれが上手く役割を分担しているから、それぞれ働きに出ることが「可」能。 そして、それぞれが収入を得るため、それぞれが旅行など愉しみに使える。また、家事などの負担も分散化される。 結果、突出した大黒柱は不要、家族内での発言力も平坦化、経済的にも活性化し、なによりこうした「家庭」は社会の変化に強く、しぶとく生き残ることができる。 って、少し素敵かもしれない(ウットリ) 自分自身の経験からいっても、身の回りで、勤めに出てない所謂「専業主婦」は、まず見かけなかった。 いたとしても、失職・転職・出産・育児などの一時的なものであったりして、すぐに勤めに出ていた。 ・・・確かに、働いてない奥さんがいたら、「あの人は怠け者だ」的な風潮はあった(苦笑 家の祖父は、たまに土方の仕事をやっていたし、祖母だって、農業関係の栽培の手伝いや、箱詰めの手伝いなどで小銭を稼いでいた。 今考えてみても、年金だけでなく、そういった収入を孫(俺たち兄妹)の小遣いにしたり趣味に使ったり、幸せそうな感じだったかも知れない。 大黒柱不在でも問題なし、というのも頷ける。 両親とも中卒だった関係でか(?)、自分の実家の世帯収入は周辺から見ても凄く低く、今の自分の年収と同程度だったようにも思う。 両親と祖父母の収入を合計して、「同じ」という意味である。 しかしながら、それくらい家族収入低くても、ある程度幸せな生活は普通に送れていたように思う(周りから較べて、ゲーム類や小遣いは少なかったけどね汗) というのも、家族間で家事負担は軽減されているし、農業収入は低くても米自体は大量にあるため、実質的に食費を大幅に抑えることが出来たからでもある。 東京では考えられないような生活。 富山になぜ富があるように見えるのかは、制度(システム)の強さともいえるかも知れない。 面白いのが、最初らへんで述べたように、 通常の学術的な世界では「前近代的」とも「私的領域」とも喝破される、大家族制度が、むしろ近代的な、つまり男女同権的な「女性の社会進出」を支えているという所だろうか。 どうでもいいが、こういった実効性を伴った慣習化というか、日常化の方が、女性の社会進出や男女同権を推進していくんだと思われる。 国政レベルなどでは、憲法の条文にどんな文言を盛るかで、男女同権が達成されるような錯覚に陥ることもあるが。 当然そんな条文フェティシズムに陥っていたのでは、なにも達成できなくなるし、目的が条文の文言死守になってしまう。 と、それはいいとして 三世代家族などで上手く家事を分担すれば、負担はある程度平均化される。 考えてみれば当たり前のことだが、とても核家族や、独り暮らしでは無理な相談だ。時間もかかるしお金もかかる。(・・・その代わり気楽さはあるだろうけど) こういった議論は、親密圏→公共性の議論とも似ている。 通常は、私的領域と考えられていた親密圏だが、寧ろそういった所で、人と話す作法であるとかある種の社会性を身につけることで、公的な議論や公共圏を支える下地になっている、という議論である。 こういった話は、それまでの議論の発想の転換を図る試みで非常に面白い。 とりあえず、やはり故郷はいい。ツイてる。。。ってことでw
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
|
http://www.tokyovalley.com/yahoo_blog/article/article.php 【あらすじ】 出会いは、人を豊かに成長させる。とりわけ、自分自身との出会いは。 昔、英国人一家の別荘だった、今では荒れ放題の洋館。高い塀で囲まれた洋館の庭は、近所の子供たちにとって絶好の遊び場だ。その庭に、苦すぎる想い出があり、塀の穴をくぐらなくなって久しい少女、照美は、ある出来事がきっかけとなって、洋館の秘密の「裏庭」へと入りこみ、声を聞いた──教えよう、君に、と。少女の孤独な魂は、こうして冒険の旅に出た。少女自身に出会う旅に。 【内容情報】(「BOOK」データベースより) 昔、英国人一家の別荘だった、今では荒れ放題の洋館。高い塀で囲まれた洋館の庭は、近所の子供たちにとって絶好の遊び場だ。その庭に、苦すぎる想い出があり、塀の穴をくぐらなくなって久しい少女、照美は、ある出来事がきっかけとなって、洋館の秘密の「裏庭」へと入りこみ、声を聞いた―教えよう、君に、と。少女の孤独な魂は、こうして冒険の旅に出た。少女自身に出会う旅に。 Who are you?
テル・ミィ ...I'll tell you. : 勧められたので、初めて梨木さんの本を読んだ。 友人が最初に読んだ本がこれだという事で、同じ感じで『裏庭』を読む。 えぇっとまず思った感想、 『捨てたもの』、決して抗えぬ『過去』が人の人生に暗い影を落とす(ちょっとSBRっぽいな。。)。 そしてそれを昇華することで、人はまた成長していく。(大人、子供の区別無く) 最初は気楽な気持ちで読もうとしてたけれども、いろいろな複線があって、最後あまりにも回収しきれなかった感じがしたため、結局2回読んでしまった。 一度読了してから間髪入れずに再読。 その際は、特に『裏庭』での話に注力してみた。断然裏庭での話が面白くなる。 誰でも、他の人に言えなかったり、無意識に封印しているような、或は捨ててしまった(と思い込もうとしている)『過去』がある。 それが大きく出てくるのが裏庭であったりする。 ちょうど、感情の変化によって形を変えるテルミィの貸衣装のように。 自分自身で昇華していくには困難が伴うが、それはフタをせずに向き合っていく(折り合いを付けていく)しかない。 裏庭の中でのテルミィのように、スナッフにとどめを刺すことも時にはいとわない(若干グロい) そうすると、 最後の照美のように、自分は他の何者でもない自分自身として、両親とも向き合っていけるようになる。 『過去』がBackyardとするならば、自分自身が確立された場合はGardenということになろうか。 本書のタイトルに書かれているのが、本来の『裏庭』の訳語であBackyardではなく、Gardenであるというのは、示唆的だと思う。 ちなみにちょっぴり泣けた所もあった。 テナシが銀の手になるところ。 カラダ、ソレデと別れる時に不思議に「ありがとう、おじいちゃん」というところ。 照美がさっちゃんに、ちょうど妙さんがしてくれたように、ハグするところ。 ちょうど、その時のさっちゃんの鼓動の音が礼砲そっくりだったこと。 少しホロッて来てしまった(^^ゞ 気になったのが、主人公照美の名付けについて。 母親の幸江は、生き方を嫌っているはずの更にその母(照美からすると祖母)から「娘が生まれたら照美という名前にするように」と言われていて、そのまま素直に付けている。 その名前のおかげで、照美は裏庭に入るためのキーワードをクリアできた。 そして裏庭の中では、(後に祖母であると判明する)妙ちゃんの影を追って、旅をしていたりする。 この因果律の流れは、とても考えて作ってあって面白い。
|
全1ページ
[1]



