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http://www.tokyovalley.com/yahoo_blog/article/article.php わたしはひどいことをしました。神さまはわたしたちをおゆるしになるでしょうか――。(文庫の帯の言葉)【内容情報】(「BOOK」データベースより) コウコは、寝たきりに近いおばあちゃんの深夜のトイレ当番を引き受けることで熱帯魚を飼うのを許された。夜、水槽のある部屋で、おばあちゃんは不思議な反応を見せ、少女のような表情でコウコと話をするようになる。ある日、熱帯魚の水槽を見守る二人が目にしたものは―なぜ、こんなむごいことに。コウコの嘆きが、おばあちゃんの胸奥に眠る少女時代の切ない記憶を呼び起こす…。 【あらすじ】 コウコは常にコーヒーに依存してしまうほど内省的かつ情緒不安定な所がある女の子。心の平安のため、少し痴呆気味のおばあちゃんの深夜トイレ当番を引き受けることで、熱帯魚のエンジェルフィッシュとネオンテトラを飼う許可をもらう。しかし水槽では、エンジェルフィッシュがネオンテトラを次々と血祭りにあげていた。水槽の外では、おばあちゃんがコウコと話す時だけ女学校時代の「サワコ」になる。おばあちゃんの若い頃の話と、天使どころか殺戮者となってしまったエンジェルフィッシュをめぐる現代の話が交差しながら、思い出が重なっていき、うまく解け合っていく。。。 裏庭に引き続き、梨木さんの本の二冊目。 いきなり裏庭の時の、細かい内容構成から較べると段違いの読みやすさで面食らう。 コウコとサワコ(おばあちゃん)のパートが交互に展開される展開は、非常に先への興味がそそられるやり方だと思う。 また、サワコの思い出パートが、旧字体で表記されるやり方も、とてもよい。 勉強の合間などでもさらさらと読めてしまうが、こちらの方も伏線がだんだん明快になっていく爽快感は相変わらずだ。 まず思った感想、 前向きに生きることの人間賛歌というべきものだろうか。 それが、水槽の中の世界での出来事が、神様と悪魔の話のメタファーとなり、 読む人の中に深くしみこんでいく。。 サーモスタットとフィルターを通電させる。
モーター音がブーンと響く。 水が吸い上げられ、濾過されてまたかえってくる。 生命の循環の始まりだ。 モーターのスイッチを入れた瞬間、世界の創世に立ち会ったような気分になった。 : この瞬間に、『水槽の中の世界』ができあがった。コウコはまさに創造主(神)になったのだ。 熱帯魚を飼ったことがある人ならわかる感覚だと思うし、別に絵を描いていても、園山俊二(※新漫画党のメンバー。下に詩も掲載しておく)のように世界の創造主になったような感覚というのはわかるのではないかと思う。 と、話が逸れそうになったが、 水槽の中の世界(楽園)では、エンジェルフィッシュが、他の熱帯魚を食べはじめる。 それをみて、(少女時代に感覚が戻っている)おばあちゃんは興奮し、エンジェルどころか悪魔と叫び殺してしまえということになるが、コウコ(造物主)は何とかこの殺戮が行われるのをとめようとする。 しかしエンジェルフィッシュ(悪魔)は、最終的に他の熱帯魚を食べ尽くしてしまう。 今度こそ本当の天使になるかと思われたが、結局コウコ(造物主)のふとした不注意により死なせてしまう。 「神さまは悪魔をどう思っていらっしゃるのだろう。神さまが作り出した楽園を乱す悪魔を。」
: 「エンゼルがああゆうことするような条件を整えてしまったのは私なんだ。エンゼルばかり責めちゃかわいそうだよ。」
: これは、自らの造物主であったコウコの真摯な悩みであると共に、全知全能の神様が何故悪魔という存在がのさばるのを赦しているかという疑問を真剣に捉えていく、契機ともなる。 神様は、楽園を作り出すと共に、悪魔がのさばっている現状も、赦されないとは思いつつも、ある意味許容しているともいえるのではないだろうか。 まるで、その気になればいつでもエンジェルフィッシュを殺せる(全能性はある)のに、悩みながら手立てを施そうとしていたコウコのように。 ・・・となると、(全能の)神様も悩んでいるのか?ということになりそうなので、その辺の微妙な問題には立ち入らないとして、 この辺は、それぞれの人間の中に「悪の部分」があって、それをどう捉えていくか、という悩みの問題ともリンクしていく。 つまり、コウコがした「悪な事」。おばあちゃんサワコがした「悪な事」。その悪な事をする人間を、生み出したはずの神様はどう考えているのか? ということであろう。 それが、トップにもあるような文庫の帯にあった言葉につながっていくのだと思う。 わたしはひどいことをしました。神さまはわたしたちをおゆるしになるでしょうか――。、と。 勿論、人にある悪な部分は、たいしたことのない悪がほとんどである。 ただ、コウコもサワコも、そういった小さな悪に自分自身が最も傷ついている。 しかしながら、サワコが昔からずっと引きずっていた悪への後悔を、一連の出来事の中でコウコは悪も自分のものとして捉え直していく。 というか、悪は悪と認識しつつもある意味許容できるものとして、共存していく。 そういう成長の物語のように思った。 伏線解明からの爽快感もあり、ずっしりとした重厚なテーマによる「重さ」もあり、サワコの思い出などによる感動系あり、で若干複雑な読了感になってしまった。 なんだろうね。この感覚は。 余談だが、タイトルから想像するに「エンジェル」が必ず3人(?)登場するはずだと思って、読んでいた。 タイトル意図が想像通りなのかは不明だが(というのも、作者がそうする意図がわからないため)、私見を披露したい。 おばあちゃん(お母さんのセリフにより) エンジェルフィッシュ(そのまんま。コウコの作った世界の悪魔でもある。) ツネの作った大鷲の天使人形(これもそのまんま。コーヒー中毒を緩和するw) ん〜、考えてみたら、あまり意味がないかもしれない(苦笑 園山俊二『一本の線』 真っ白な紙にひかれた一本の線が 地平線となり天と地にわける。 そこから世界が生まれ物語が始まる。 一本の線をひいた私は この世の造物主物語の創造主となる… 私は神になったのだ。 |
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2008年09月17日
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巡回で野川沿いを調布北高方面に歩いてたらこんな看板が!! |
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