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高校サッカー直前でわくわくの村上です(挨拶) さてヴェネツィア共和国への情熱が少し思い出されてきたので、近所の小さな図書館で「ヴェネツィア」と名の付く唯一の本を借りてきてしまった。 本書は、ヴェネツィア『帝国』期の解説を、その支配領域の紀行と共に、現代と中世期を行き来しながら、解説していくというスタイルだ。 時期としては、 1202年11月8日の第四次十字軍が始まった時より、ヴェネツィアは『海の帝国』としての道を歩み始めた。 それからナポレオンの進行により、国として息の根を止められるまで、現代の話を持ち出しつつ、帝国期を語るという感じだ。 と、 読了感としては、このような紀行歴史解説物?はあまり読んだことなかったこともあるせいか、話が古代・現代・中世を行き来しているので、その辺の基礎知識がないと辛いかもしれない。 幸いなことに、ヴェネツィア関連の知識を多少は持っていることもあって、そんなに苦労はしなかったが、話が良く「飛ぶ」のでなんの話をしているのか、時間がかかったこともある。 パッチワークみたいな印象を抱いた。 ただそうすると、基本的に知っていることを、並べ直したような作品のようにも見えてくるため、そんなに新しい知見は得られなかった。 思い出す程度には、参考になる。 これは以前『共和政ローマ』について書かれた作品とも共通する感想かもしれない。 なんだろうか。 欧州人が書いた「わかりやすい歴史物」と絶賛されている作品って、少なからずそんな内容なのかもしれない。 個人的には、変に現代っぽい表現の解説を入れたりするんで、その時代の世界に入り込もうとしている身としては、肩すかしを食らったような感じもした。 そんな所かな。う〜図書館めぇ(苦笑)。。。 【内容情報】(「BOOK」データベースより) 中世から6世紀間にわたって栄華を誇った海洋帝国ヴェネツィア。西欧一の贅を尽くし、洗練された政治機構を備えた交易帝国の栄枯盛衰、十字軍やオスマン帝国との抗争など歴史の表舞台で活躍した人間模様を、奇跡の都コンスタンティノープル、キプロス島・クレタ島などエーゲ海の島々、ギリシャ本土のペロポネソス半島、アドリア海北岸の海岸都市などを巡りつつ、「海の旅人」「歴史の旅人」として情緒豊かに綴る紀行文学の傑作。 【目次】(「BOOK」データベースより) 第1章 帝国以前/第2章 ああ、都よ、都/第3章 エーゲ海考/第4章 大きい島/第5章 せつない島/第6章 ギリシャの海辺/第7章 イオニアの白と金/第8章 アドリア海/第9章 帝国以降 【著者情報】(「BOOK」データベースより)
モリス,ジャン(Morris,Jan) ジャン・モリスは、かつてジェームズ・モリスの名前での著作も残す。著書に、一世を風靡した『The World of Venice』(ヴェネツィアの世界)、『Fifty Years of Europe』(ヨーロッパの50年)、自伝的な『Connundrum』(コナンドラム)、大英帝国の歴史を研究した三部作『Heaven’s Command』(天の指令)、『Pax Britannica』(英国の平和)、『Farewell the Trumpets』(喇叭に別れを)などがある。英国、王立文学会会員 椋田直子(ムクダナオコ) 1941年東京生まれ。1971年東京大学文学部大学院修了。1985年よりフリーの翻訳家(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)http://www.tokyovalley.com/yahoo_blog/article/article.php |
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2009年01月12日
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Soccer critique kick off! 本書の目的は、巻頭言にすべて集約されている 以下引用? Jリーグがスタートして15年が過ぎた。 開幕当初のJリーグバブル、ドーハの悲劇、マイアミの奇跡、ジョホールバルの歓喜、フリューゲルスの合併、初のW杯出場と自国開催、ドイツでの蹉跌・・・・・・。 非常に濃厚で、サッカー先進国が何十年もかけて歩む道を まるで駆け足で走り抜いたかのような15年だった。 では、これからはどうだろう? 急激な上昇気流はスデに止まっている。 そして、どことなく閉塞感が漂っている。 プロ化してからの年月を「もう15年」と捉えるか、 「まだ15年」と考えるかで評価は変わると思うが、 少なくとも15年を免罪符にしてはいけない時代に差し掛かっているのは間違いない。 この15年の経験は、血となり、肉となっているのか。 サッカーは、スポーツはなくてはならないものになっているのか。 この国は本当に強く、豊かになっているのか。 それらはきっと、現状を直視することでしか見えてこない。 今回はあくまでJリーグ開幕からの15年をキーワードに、 前半は主に強化の観点から、 後半は主に普及の観点から日本サッカー界の「成熟度」を徹底検証した。 表紙のうなだれる中村俊輔(ドイツでの蹉跌?)と、 ページをめくって1ページ目に飛び込んでくるラモス(ドーハの悲劇?)の写真が、いい感じにオーバーラップする。 これは既視感だったのか、 いや、この15年での違いはなんだったのか。 オシムのインタビューはいいとして、 加部究の日本は本当に強くなっているか?は原博美、信藤勝仁、都並敏史への取材により構成されていて、興味深い。 まず日韓W杯での大健闘が、日本は世界レベルまで到達したとの誤解を世間に与えることになったのではないかとの仮説。 そして、Jリーグでも高い意識や技術を持った選手から学び下の世代へと伝えていく人材が途絶えてしまった。 勿論、全体的な的ニック、フィジカルなどはバランスよく向上し、相対的にレベルは引き上がってはいるものの、結果としてもう1ランク上と戦う際には、当たり前にかなわないような選手ばかりになってしまった(型破り選手の不在)。 また、3バックシステムの気楽さに陥り、極端な再度アタッカー不足の国になってしまっている(戦術的な低迷) そして勝敗ばかりにこだわり、オプションも作れないチームとなってしまった。 どの年代ではどんな強化をしていくのか、細部まで整理して全体的な育成を図っていく必要があったのでは、との意見も。 まとめとしては、 個性豊かな自立した選手を輩出していく。それには今見えない開花を、先を見越して忍耐できる指導が必要になる。同じように今日本サッカーに求められているのは「世界を驚かせる」と急ぐより、一度立ち止まってでもしっかりと足下を見つめ直すことなのかもしれない。としている。 他にも、日本代表の先述理解度を試合毎に解説・診断したり、 犬飼会長の将来構想、 また、Jリーグ100年構想の15年と残り85年構想を考える特集は非常に濃厚だった。 特に、行政側の視点としてのJチームを抱える意味っていうのは、あまり語られてこなかった視点なだけに、面白い。基本的に、ホームタウンとしての重要性をよく認識して、あくまで行政サービスの一環として支える立場となっているところが、「日本にもそういう文化が根付いてきたんだな」という感じで、少し嬉しかった。http://www.tokyovalley.com/yahoo_blog/article/article.php
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