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読書メモ
実際に読みながら、本の隅っこに書いていったメモをまとめたものです。
第2巻 第4部 政治社会における民主的な観念と感覚の影響について
平等により刺激された観念や感覚が、社会の統治の上で行使する影響を示していく
第1章 平等は人に自由な制度への趣向を自然に与える
平等の最も目立った特徴として、独立への愛がある(667②)
一般に民主主義国では無政府状態は恐ろしい様相を持つ
・平等に由来する二つの流れ(667④)
a)人々を独立に導き無政府状態へと追いやる動き→まだまし
b)密かに人を隷従へと導く動き→やっかい
→一方は個人を手に負えなくするが、他方はその問題点を抑圧する(667⑥)
→この二面性より平等に執着する
第2章 民主的な人々の政府への考え方は、何故に政治権力への集中を本来的に好むのか
○貴族政時代との対比による民主的な時代(668二章①−669③)
貴族政時代 民主的な時代
中間権力 ←→ 中央権力
非画一的な適用 ←→ 画一的立法
→平等化=大衆化、このイメージより「人民」全体のイメージ(669②)
→個人より社会の方が上(669③)
○各国比較による現状分析
アメリカ:至高の権力が人民に由来するのは認めるが、一旦成立すれば制限せず、個人の権利は忘れられている(669⑤⑥)
ヨーロッパ:アメリカと同様。人民主権のドグマを拒絶する国にさえ、全能で単一の権力概念が位置を占めている。(669⑦)
フランス:もっと進んでいる。政府を攻撃する党派ですら、更なる介入を望んでいる。(670②)
→このような中央権力はヨーロッパの歴代王も持ったことのないほど巨大なものである(670④)
→政治についての考えは多様であり揺らいでいるが、この考え自体は普遍で固定的である。デモクラシーの時代になって登場した考えが、生来からの考えのようになっている(670⑥)
第3章 民主的な国民の感情や考えは、政治権力の集中にどのように調和しているか
○前段階(671三章①−⑤)
民主国家では個人は孤立的であり、公的な問題へと関心を払うのに努力を要する(671②③)
w私的生活で忙しく、各人に暇がないからである(671④)
→しかし!このような傾向を抗しがたいものとしてみる必要はない。
この本の目的は、その傾向と戦うためである(671⑤)
○公的平和への愛(671⑥−672③)
良き生への愛と財の増加への趣向が存在する(671⑥)
→中央政府のみがアナーキーな状態から人々を護り得るが故に、人々が望むようになる(672①)
・そもそも個人は独立しているが弱い存在である→助けの必要性(672②)
→巨大な存在への傾向
→優越者には耐えられない、しかし支配者には服従する(672③)
○横並びによる集権化(672④−673⑥)
平等な時代になるとちょっとした特権すら嫌う。僅かな差異が耐えられなくなる(672④673①)
→平等はますます平等を発展させていく
→この不平等への嫌悪は、中央集権の強化に繋がる(673②③)
w全ての市民の上に存在しているので、その決定はねたまれない
→平等は人々に中央権力への傾向を与える
→現在の国民の向かう先はこの類の政府に違いない。
第4章 民主主義国の人々を政府の中央集権化を終えるよう導くか、或いはそれから逸らすような、特有で偶然的な原因について
○中央集権化を促進する状況の違い(674四章②)
1.自由がもとから存在するか否か
自由が元々ある所←平等が入り込む
→個人の独立を持ちつつ集権化 e.g.イギリス、アメリカ
←→
自由なもともと無い所←平等が入り込む
→権力の集権化が起こる e.g.ヨーロッパ
2.中間権力の違い(675③−)
地方貴族が革命により消滅→混乱してすべてを統括する権力が必要になる
←→
アメリカは自治を行っていた→強力に集権化する必要がなかった
●これと全く反対の光景とは何か?(676①最後の行)
3.教養の違い(676④)
教養は独立を護る。デモクラシーの時代には特に、公的秩序を破壊することなく、自由の結社をつくるには、教養がいる。
主権者だけ教養があると、国家の行政権は絶えず拡大していく(677①)
4.戦争状態への対処(677④)
軍事物資を迅速に運んだりするためには集権化は重要
5.無秩序への恐怖と良き生への愛(677⑤)
中央権力のみが無政府状態から人々を護ることが出来る
→人は自分たちの生活を守るために自分たちの権利をますます犠牲にする
○中央集権化の条件(678①―最後)
主要で唯一の条件は、平等を愛することか或いはあなたがしている事を信じることである
●専制の技術the art ofdespotismが単純化されて、単一の原理で言われるとはどういうことか
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2010年04月11日
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古の宮廷に参上する
雑メモ
なんというか、政権交代をしてもこの既視感は何だろうかという「いらだち」に対して、自分なりに何か整理を付けたい気分になっている。。。
前提として、この国の国民の政治的成熟度が未熟なのは重々知っている。
だってそんなだから民主的な国家では例のない自民党長期政権を今まで許してきてたんだもの。
それが自然と急に練熟されるとは思っていない。
政治家の方も問題があるのだろうしね。
問題は、マキアヴェッリが喝破したように、
常に他人を出し抜こうと考え、口は噂を広め嘘をつくために付いていて、人間関係を享楽的なショーに仕立て上げて楽しむしか脳のない、いかにその「家畜以下の最低の人間たち」をしっかりとまっとうな「臣民」と成長させつつ、迫り来る政治的な問題も片付けて権力をどう獲得するか、そしてどうしたら失わないか、だろう。
マキアヴェッリにすればキリスト教の元でもこの人間描写だからね。
フィレンツェの内部はめちゃくちゃ、イタリア国内は小国乱立の群雄割拠、
国外からもフランスや神聖ローマ帝国の軍靴の音が響いてくるし
こんな状況下でうまくやっていくには、どんな方法にでもすがるべきだという事なんだろう。
非常に生々しい…。
やっぱりマキアヴェッリ(あるいは佐々木毅)かな、とも思う。
でもここはトックヴィルも悪くない選択だと直感している。
多少の斜め読み、誤訳、誤解は、仕事で忙しい普通のサラリーマンであるが故に、許してもらえると思う。
Author’s Introduction
アメリカの特徴は平等である。
これは政治的な道徳観mores、法律、既存の支配権など市民社会を越えて広範な影響を与えている。
それに対して、われわれの所では全く同じでないけれども、徐々にアメリカのような状態に近づいている。→アメリカにヨーロッパの未来を観た!?のがこの本の動機。
民主主義革命に対する反応は決して一様ではない。抑制しようとする人もいれば、抗しがたいものと見る人もいる。
フランスの例をみてみても、大凡の流れは、それに組みするにせよ反対するにせよ、民主主義の進展に寄与するものであった。
まず平等が生きていたのは聖職者の世界であった。人間関係は複雑化すると、民法の必要性が高まり、法律家が成立する。啓蒙も広がり、知識も出世の手段となる。また貴族の地位の売買により、貴族自身の手によって平等性は政府の中に入ってきた。
貴族と王の争いも、どちらも庶民を政治に参加させた。更に、王は積極的且つ一貫した平等主義者であった。
一旦、知性の働きが権力と富との源泉になった時、それらの新しい発見は民衆の範囲内での力の芽生えであった。
→結果、歴史的な大事件は平等化を推進した。
(e.g.印刷術、火器の発明、郵便制度)
規則の地位は下がり、庶民の地位は向上して、やがて触れるほどになった。
この現象はフランスのみではなく、キリスト教国全体の革命である。起きる事件はデモクラシーに寄与している。
→これは抗しがたい現象ではないか。
しかし!この先のことは誰もわからない。比べるスケールがないからである。
デモクラシーを停止しようとすることは、神自身への戦いとなった。
←→しかしデモクラシーを制御不可能なものとみる必要もない。まだわれわれの手中にある。
○できることなら、デモクラシーを教育し、信仰を新しい生活に押しだし、道徳観を浄化し、行動を制御し、徐々に現在の未経験を治国策の理解へと変え、盲目の本能を真の利害へと変え、政府と時と所の必要性に適合させる。といったことが必要で、新しい世界には新しい政治学(政治科学?)が必要とされる。
しかし現状ではそうでないので、デモクラシーは、放りっぱなしの子供のような状態であった。
その心は、デモクラシーを引き離すことばかりで、実際の政治には関わらせようとしない。
→デモクラシーは社会の固まりにはあるが、法律、思考、慣習、道徳感に置いて、変化はなかった。
それに対して貴族に指示されていた王権は、悲惨さにもかかわらず、平和に統治していた。
しかしそこに変化が起きて、人とのバリアは徐々に無くなる。
○政府権威はあるが、神聖視はされない、相互の歴に満ちた信頼感がうち立てられた社会。自由な市民の結社が出来、貴族の権威に取って代わり、暴政や放縦を防御する。
このような理想的な状態を実現している国が一つだけある。革命なしで、革命の結果を得ているアメリカである。
われわれもアメリカに近づくからといって、同様の社会状態になるかといえばそうではない。
→アメリカを教訓とする。そもそも、政治形態を一般的に賞賛しているわけではない。
いろいろ不満があるであろうが、わたしの全体に繋がる思考を理解してもらえればと思う。
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