読書日記

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なんでこの時期に丸山真男なのかは内緒(…っていってもわかる人にはわかるだろうけど笑)

よく考えたらこの人自身も1996年の「8月15日」に亡くなっているんだよな。


丸山真男については、不明な方はwikiもご参照

実は私、この集会にまいる前に多磨墓地に行ってまいりました。はなはだ個人的なことを申し上げて恐縮でございますが、八月十五日というのは、私の母の命日でありまして、しかも私の母は昭和二十年の八月十五日、敗戦の日に亡くなったのであります。私は当時兵隊で広島市の宇品におりまして母の死に目に会えませんでした。ですから私にとって毎年八月十五日という日ははなはだ複雑な気持ちを覚えます。正直のところこの日はなにかひっそりと過ごしたいという気持ちです。大体個人的な体験とか実感とかということを公の場で話しますのは、実は私の個人的な趣味に合わないのでありますが、八月十五日についてなにかしゃべれといわれますと、そういう個人的な体験を抜きにしては私としては語れない感じがいたすのであります。
 
私は戦後、なにかの折に「ああ、俺は生きているんだなあ」とふっと思うことがあります。というのは、なにか私は間一髪の偶然によって、戦後まで生きのびているという感じがするのです。それはあの苛烈な戦争をくぐった国民の方々でおそらく同じような感じ方をなされる人も少なくないと思います。私もその一人であります。私の場合とくにその実感を支えておりますのでは、なんといっても敗戦の直前の原爆であります。私がおりました広島市宇品町は原爆投下の真下から約四キロのところにありました。その時の状況をおはなしすればきりがありませんし、またその直後に私がこの目で見た光景をここでお話しする気にもなれません。ただ私は非常に多くの「もしも」――もしもこうであったら私の命はなかった、したがって私の戦後はなかったであろうという感じ、いわば無数の「もしも」のあいだをぬって今日生きのびているという感じを禁じ得ないのであります。
 
宇品町は広島市の南端にあります。そこで、たとえば海上から侵入してきたB29の原爆搭載機に乗っていたアメリカの兵士が、もう一分、早くボタンを押していたら、その瞬間に私の体は蒸発していたかも知れません。また、あれはちょうど毎朝の点呼の時間で、私たちの部隊は戸外で参謀のはなはだ退屈な講話を聞いていた時です。私どもの集合していたすぐ前に、船舶司令部の非常に高い塔があって、キノコ雲はまるでその塔のすぐ背後からたちのぼっているように見えました。私たちはあの高塔が熱の直射や猛烈な爆風をかなりさえぎってくれたように思います。さらにもし室内にいたらどうだったか。私どもの部屋はすぐに後に入ってみましたところ惨憺たる光景でした。窓ガラスはすべて破片となって飛び散り、入り口のドアは蝶番が外れて室内に倒れておりました。テーブルはひっくりかえり、書類は床に散乱している。当番でただひとり室内にのこっていた将校は重傷を負いました。翌々日、私は外出してみて、宇品町でも死傷者が多いのに驚きました。しかも私は放射能などということに無知なものですから、その日一日爆心地近辺をさまよい歩いたりしました。その他、その他の「もしも」を考えますと、私は今日まで生きているというのは、まったく偶然の結果としか思えない。ですから虚妄という言葉をこのごろよくききますが、実は私の自然的生命自身が、なにか虚妄のような気がしてならないのです。けれども私は現に生きています。ああ俺は生きているんだなとフト思うにつけて、紙一重の差で、生き残った私は、紙一重の差で死んでいった戦友に対して、一体何をしたらいいのかということを考えないではいられません。
 
戦前と戦後のちがいとかいうことがあちこちでいわれますが、ここでも私は自分の身辺的な話しをすることをお許し願いたいと思います。私は先ほど申しましたように、結局母の死に目に会えなかったわけですが、死ぬ直前に私の母が病床でいくつか歌を作りました。娘の時にやったきり何十年、歌など作らなかったのですけれども、死の直前にどういうものかそういう気になったようです。その歌のなかに、出生していった私を呼んだ歌が一、二あります。非常に恐縮ですけれども、その一つをちょっとここで読ませていただきます。
 
それは“召されゆきし吾子(あこ)をしのびて病床に泣くはうとまし不忠の母ぞ”というのです。私はこの歌が巧みであるとは思いません。しかし最後の病床にあって、天皇陛下のお召しを受けて戦争に行くのは名誉なことと思わねばならぬという、そういう明治に育った母の規範意識というものと、にもかかわらず出征の日の朝の別れと思い出しては泣く自分――自分は不忠の母だ、これではいけない、という気持ちと、やはり自分は不忠でもこの切ない気持ちを押さえようがないという、その二つの感情の間に引き裂かれたまま死んでいった母を思い出しますと……ほんとうに痛ましくなります。これは明治の時代に育って、わが子を戦地に送った数多くの母に共通した感情であったと思います。
 
昭和の初期に小青年時代をおくった私の天皇制というものへの気持ちはもはやそういうものではありませんでした。私は学生時代から、かつて思想的にマルクス主義者になったこともなく、いわんや、当時の実践運動に関係するというようなことは大体性にも合わないし、臆病な私にはとてもできませんので、やったことはありません。にもかかわらず1933年の春ごろに「唯物論研究会」という団体のある集会に出たということで、つかまりました。そのときちょうど高等学校の学生が二人しか主席しておらず、あとはだいたい大学生や社会人だったので、私はよほど運動の大物と見られたらしいのであります。これが実は後々まで特高や憲兵隊とのあいだにご縁が続く、そもそもの最初になったわけであります。
 
そのときに特高が私から押収した日記を前にして取り調べを受けました。日記には至るところ赤い紙切れがはさまれていて、そこをあけては突っ込まれるのですが、その中の一ページにはこういうことが書いてあった。「ドストエフスキーは自分の信仰は懐疑のるつぼの中で鍛えられたと言っている。日本の国体は――国体というのは若い皆さんのために一言申し上げておきますが、体育の方の国体ではなくて、今日の言葉で言えば天皇制はということでありますが――日本の国体は懐疑のるつぼの中で鍛えられているのであろうか」。私はただ疑問形で書いているのです。私は事実を申し上げて敗戦まで、あるいは敗戦の少しあとまで、天皇制を完全に否認する気持ちにはなっていませんでした。ところが私を峻烈に取り調べた特高は、その箇所を指して、お前は天皇制を――いや天皇制とは言いません、君主制と言いました――君主制を否定しているのではないかというわけです。私はあわてて、私は否定してはおりませんと言おうとしたのですが、それより早く猛烈な罵声と鉄拳が私を見舞いました。これは非常にささいなエピソードにすぎません。たとえば先ほど話された古在(由重)先生などがあわれたようなすさまじい体験に比べれば、私のその時の体験などは実にとるに足らぬ事です。しかし私はこの小さなエピソードのなかに、戦前の日本の体制を特徴づける一つの思想的意味を汲みとることができるように思います。特高が、懐疑と否認との区別が付かなかったことは必ずしも彼の無智といいきれないものがある。よく、なんのかんのいっても国民の圧倒的多数は明治憲法の天皇制を支持していたんだ、というようなことがいわれます。しかしその「支持」とは一体何でしょうか。およそ疑うこと自体を許さない前提の下での「支持」であり、否定と肯定との選択の機会がそもそも存在しないし、存在することを許されないような、そういう性質の「支持」であります。およそ否定をくぐらない肯定でありますそれは決して戦争中の軍国主義時代だけのことではありません。明治憲法の天皇制が本来そういう性質のものだったわけです。ですから、今日、国民の多数が戦後の天皇制の存続を支持したとしても、その「支持」の思想的意味はまったく違います。それは国民の自由な選択によっていつでも否定する権利が保証された上での、一定の政治形態の「支持」です。これが、ポツダム宣言から日本国憲法にいたる国民主権原則の採用にいたる巨大な歴史的転回の思想的意味であります。その二つの「支持」の間に横たわる論理的な断絶とその内包する意味を理解しない人は、およそ戦前も戦後も語ることはできないと思います。
 
戦後の民主主義は虚妄だとかそうでないとかいう議論がさきごろから盛んなようです。私はぬくぬくとした今日の環境の中で、戦後の民主主義などは空虚なイデオロギーだとか、平和憲法なんてたわごとだとかいう、いかにもわけしりの口調をマスコミでいう人を見ると、正直のところ、いい気なもんだなあと思いますが、それにしても、戦後民主主義や日本国憲法への疑問や懐疑が出されることそれ自体は大変結構なことだと思います。もしかりに、皆さんが、戦前に、大日本国憲法なんて虚妄だというようなことを公然と口にしたらどういうことになるでしょうか。皆さんはただちにつかまるだけではありません。恐らく一生涯、どこでなにをしていようと、国家権力によって、見えないところから皆さんの一挙手一投足をじっと監視される身になることを覚悟しなければならないでしょう。戦後民主主義が虚妄だとか、平和憲法なんてつまらんということを公然と主張できること、そのこと自体が、戦後民主主義がかつての大日本帝国に対して持っている道徳的優位性を示すものではないでしょうか。

 
歴史においてはよく逆説というか、パラドックスというものが起こります。これは恐らく歴史というものには、しばしば極限状況があらわれるからだと思います。極限状況においては、逆説的真理がしばしば出現します。ご承知のように論語とか、聖書とかいった古典のなかには、至るところパラドックスの形で、人生の教えが語られております。というのは、やはり人間が直面する極限状況における真理を表現しているからだと思います。「わが命を得んとする者は、これを失い、失う者はこれを得るべし」とか、「最後なるもの、最初になるべし」というような命題です。極限状況というものは、必ずしも戦争とか革命とか、そういう「異常」な状況をいうのではなく、われわれの日常生活のなかに、いくらでも転がっているものです。しがって聖書をまたずとも、たとえばイロハガルタのなかにも「急がばまわれ」とか、「うそから出たまこと」とか、「まけるが勝ち」というような、パラドキシカルな命題がいろいろあります。「急がばまわれ」というのは、二点間の最短距離は、二点間を結ぶ直線であるという幾何学の命題から見ると、明白に矛盾しています。しかし皆さんの日常生活を通じて、「急がばまわれ」という逆接の真理を承認する機会を経験されていると思います。「負けるが勝ち」というのもそうであります。これは普通の形式論理をもってすれば、勝ちはどこまでも勝ちであり、負けは負けであります。しかし歴史においては「負けるが勝ち」という結果になることが必ずしもめずらしくありません。
 
私は8・15というものの意味は、後世の歴史家をして、帝国主義の最後進国であった日本、つまりいちばんおくれて帝国主義に追随したという意味で、帝国主義の最後進国であった日本が、敗戦を契機として、平和主義の最先進国になった。これこそ二十世紀の最大のパラドックスである――そういわせることにあると思います。そういわせるように私たちは努力したいものであります。
(世界、1965年10月号、岩波書店)

671
第3章 民主的な国民の感情や考えは、政治権力の集中にどのように調和しているのか。
 
平等の時代に人々は強力の中央権力の概念について容易に考えていた一方、習慣や感情は自分たち自身に、その概念を受け入れ助けるような素地を作ったのは疑いようもない。私は非常に簡単にポイントを明らかにしよう、そのit(素地を作ってきた)理由の大半は既に与えられてきたからである。
 
 民主国家の住民は、優越者や劣等者だけでなく習慣的で必要な相棒も持っていないが、自分たち自身にたやすく頼り、自身を孤立して考えている。私は個人主義を論じる際に、この事に十分に立ち入る。
 
 それ故そのような人たちにとって、自身を私的な問題から引き離し、共同体の問題へと関心を払わせることは常に努力である;自然的な傾向は、集合的な利益―即ち国家であり、人々を世話するようなもの―の可視的で永続的な代表者をそのままにしておく。
 
 彼らは公的な仕事へのあらゆる趣向を生まれつき欠いているだけでなく、それit(公務)へ時間をかけることもたびたび欠く。民主主義の時代に、私的生活はあまりに活動的で揺れ動いているので、あまりに願望や労働でいっぱいすぎるので、各人の生活は、政治生活へと余興やエネルギーをほとんど残せない。
 
 私は、「このような傾向は抗しがたいと」いうような人間の一人では確かにない、というのもわたしのこの本を書く事による主な目的は、その傾向と戦うものであるからである。われわれの時代、秘密の力が絶えずその傾向を人々の心の中で促進してきた、と私は断言する、もしその傾向theyが単純に抑制されてないままであるならば、人の心itを全て満たすだろう。
 
 私は、「良き生への愛の増加と財の特徴の移動が、どのように民主的な人々を物質的な障害に恐れさすのか」という事を示す必要がある。公的な平和への愛は、民主的な人々が保持している政治的な情熱のみである、他の全てのものが色あせ消滅していけばいくほど、その愛はますます活発で力強くなる。
 
672
このことは、市民が中央政府に新しい権力を常に与えるようにさせたり、或いは中央政府に新しい権力を取るように自然にさせる、というのも中央政府のみが自身を護りながら無政府状態から人々を護り得るし、それを望んでいるように思われるからである。
 
 平等な時代には、自身の権力を自由に他人に渡すことを余儀なくされる人はいないし、仲間からの本質的な支援に対する権利を主張する者もいないので、各々は独立しているし、弱い。これら二つの状態は、別々に見られたり混同されたりすべきではないが、民主的な市民に、極度に矛盾した本能を与える。市民は、その平等者達の間での独立して信頼と自尊心でいっぱいである、しかし時々市民の弱さは、自身を外部的助けの必要性を感じさせるようにする。その助けは、市民の仲間からの予期出来ないものであり、なぜなら仲間達は無能で冷淡であるからである。この様な窮地の中で、市民は巨大な存在へと自然に目を向ける。その巨大な存在は、卑下したものの普遍的な状態の上にひとり突出している。市民のニーズや熱望ですら、市民にその存在物を継続的に思い出させようとする、市民はその存在物を個人の弱さへの唯一で必要な支援と見なす事で、終わりにした。
 
 そのようなもの全てが人に民主政下での頻繁な現象を理解させるのに役立つ、あらゆる優越者の元で手に負えないような人々が根気よく支配者に服従する、自身を尊大で卑屈なものと証明するので。
 
 特権への人の憎しみは、それがまれになりあまり重要でなくなればなるほど、増加する、民主的な情熱の炎は、補の鵜を養う燃料が少なくなればなるほど、明らかに輝きを増す。私は既にこの現象に理由を与えてきた。
p673
状況が不平等なとき、不平等は、どんなにそれが大きくても、目を攻撃するものはない。しかし一般的な画一化の中で、わずかな差違はショックに見え、画一化が完全になればなるほど、わずかな差違はますます耐えられないものとなる。それ故、平等への愛が平等それ自体とともに常に成長するのは自然である;平等への愛を満たすために行われる全てが、平等を成長させるのである。
 
 かすかな特権に対して民主政により感じられた終わりのない憎しみの、このかつてないどう猛な炎は、国家をひとり代表するこれらの手の内で全ての政治的権利の漸次的な集中を好む。主権は、必要であり疑いようもなく全ての市民の上に存在しているが、市民のねたみを刺激しない。各人は「自分がheが、国家に対して容認した大権を自分の平等者から奪う事が出来る」と考えている。
 
 デモクラシーの時代には、人は自分と対等な隣人になかなか従わない;人は、「後者は自身よりもものを知っている」と認めるのを拒否する;人は隣人の公正さを信用しないし、ねたみを持って隣人の権力に注目する;人は隣人を恐れ、軽蔑する;人は、同じ主人への全時間の同じ依存を隣人に感じさせようとする。
 
 全ての中央権力は、その本能に従い、平等を愛し、平等に味方する。というのも、平等が奇妙にもその影響力を促進し、拡張し、保障するからである。
 
 ひとはまた「あらゆる中央政府は画一性を崇拝する」と断言する;画一性は、中央政府が、無限の細部を訪ねる労を省く。その細部は、もし全ての人が見境泣く同じ規則に従うようにさせる代わりに、人に適するように規則が作られたならば、必要であろう。それ故、政府は、市民が愛するものを愛する、そして市民が嫌うもの自然に嫌う。民主制かにおいてそれぞれの個人と主権者を一般的な思考で継続的に結合している、この感情の共同体は、秘密で永続的な彼らthem(個人と主権者)の間の共感の絆を作り上げる。政府の失敗は、その趣向のために忘れられる;公的な信頼は、不本意さを伴いつつも、引き出される、それがどんなにやり過ぎであったり失敗であったとしても。そして信頼は、最初の呼び声で元に戻る。民主的な人々は、ときおり中央権力をその手に任せられた人々を嫌う、しかし彼ら(民主的な人々)は常に、権力それ自体は愛している。
 
 このようにして、二つの違った道は私を同じ結論へと導く。私は、「平等が人々に単一の画一化と強力な政府について考えるように、どのように促進したのか」という事を示してきた。どのように平等は人々に中央権力itへの趣向を与えるのかについて、ちょうど示してきたのである;それ故、現在の国民の向かう先はこの類の政府に違いない。心やハートの国民の自然な傾向は、国民をこの方向へと導く。もし国民は自信を抑制することが出来ないならば、そこは国民が到着するはずのところである。
 
674
 私は、「民主主義の夜明けの世紀で、個人の独立と地方の自由は常に技法artの産物であろう」と考える。集権化された政府は自然のものであろう。
 
第4章は省略


5章 主権は安定していないにもかかわらず、どのように我々の時代のヨーロッパ諸国で主権は増大していったのか
 
①今まで述べた事を省察すると、人はいかの事に驚き、動揺もする。「ヨーロッパにおける全ての事は、どのように中央権力の大権の不明確な伸張へ向かっているようなのか、どのように個々人の弱さや、従属的な地位、不安定な地位を作り出しているようなのか」と言う事を見て。
 
②ヨーロッパの民主的な諸国民は、アメリカを権力の集中へと向かわせる全ての一般的で永続的な流れを分有している、そしてまた彼らは、アメリカにおいては適用出来ない非常に多くの二次的で偶然的な要因の影響を受けている。諸国民が平等へと向かって取る段階の各々が、諸国民自身を専制に近いものへと導いているように思える。
 
③われわれは、このことを確信するために、周囲の環境を見て自分たちを見る事のみが必要である。
 
④われわれの時代の前の貴族政の世紀では、ヨーロッパの支配者は、自身の権力に固有の権利の多くを剥奪されていたか、或いは自発的に諦めていたかであった。100も経たないうちに、ヨーロッパ諸国の多くには、正義を行使し、兵士を徴用・維持し、税を徴収し、そしてたびたび法律を作り解釈さえするような私的個人や、或いはほとんど独立した団体が存在する。国家stateは、国家のみのために主権権力の自然な属性を至る所で再生した。政府に関するあらゆる事柄において、国家は、国家自身と市民との間に介在物を許さず、一般的な関心事全てにおいて市民を導く。この権力の集中を批判する事からほどとおく、私は単にこれを指摘するのみだ。
 
⑤その時代のヨーロッパにおいて、地方利益を代表したり地方の問題を管理したりする多くの二次的な権力が存在した。
680
これら地方権力の多くは既に消滅した、残りは急速に消滅するか、或いは完全従属の国家に陥りがちである。ヨーロッパの一つの終わりから別の領主特権まで、都市の自由や、地方政府の権力は、破壊されているか、或いはすぐに破壊されるだろう。①
 
②半世紀、ヨーロッパは、自身を反対の方向へと導く多くの革命や反革命によって振り回されてきた。しかし一つの点において、これらの動き全ては似ている:それらの動きはすべて、二次的な権力の根本を削り取るか廃止する、という点において。特権が征服してしまった土地においてはフランスが廃止出来ないある地方特権は、フランスをうち破った支配者の手によって滅びた。それらの君主達は、中央集権化を除いて、革命により伝えられた改革を拒絶した;それ(中央集権化)は、君主達が革命から受け入れる用意のあった唯一のものであった。
 
③私がポイントとしたかったのは「われわれの時代に、階級・会社・個人により継続してねじ曲げられてきた様々な権利全ては、より民主的な基礎のもと新しい二次的な権力を生み出してきたのではなく、政府の手の内に常に集中されてきたのである」と言う事だ。どこにおいても、ますます控えめな市民の支配を取り、市民の行動を日常の些細な事にまで導くのは、国家そのものである。
 
④ヨーロッパでは古い時代、ほとんど全ての慈悲深い既存の体制は、個人や団体に管理されていた。それらの体制は現在では、多かれ少なかれ全て政府の統制下におかれ、何世紀にわたって政府により管理されている。国家はほとんど排他的に、貧しい人にはパンを、病人には援助と庇護を、仕事のない人には仕事を与えるよう請け負い、あらゆる種類の不幸についての唯一の救済者として行動するよう請け負っている。
 
⑤何世紀も経て、現在では慈善だけでなく教育も、国家的な関心事となった。
681
国家は役職者に手渡すために、母親の腕から子供を受け取り、時には取り上げる;国家は、各世代の感情を形成し、考えを形作る責任を持つ。画一性は、他の全てにおけるのと同じように学業において普及している;相違性は、自由だけでなく、日々消滅しつつある。①
 
②以下のようにいうのはまた安全である。現在では、プロテスタントだけでなくカトリックの、ほとんど全てのキリスト教国で、宗教は政府の統制下に落ちるように危険である。

2巻 

 

第4部 政治社会における民主的な観念と感覚の影響について

 私は、この本の目的を相応に果たすことは出来なかった。もし、平等に刺激された観念や感覚を示しながら、結論に、これらの観念や感覚が人間社会の統治の上に行使する影響力を示せないならば、である。

 この目的のために、古い基礎に立ち返ることが必要とされるであろう。しかし、親しんだ道が新しい真実に至る時には、読者は私に付いてくるのを拒絶しないだろうと、私は信頼している。

 
 

1章 平等は人に自由な制度への趣向を自然に与える

 

平等は、人を互いに独立させるものであるが、私的関心事において誰の意志でもなく自身の意志に従うという習慣や趣向を人々に与える。この完全な独立は、人々が私的生活の事柄において平等の中で常に享受しているが、人々にあらゆる権威を疑わしいものにするよう仕向け、すぐに政治的自由への観念と愛を示唆する。そのような時代を生きる人々は、自由な制度への自然な先入観を持っている。偶然にその人達の中から特定の人を選び、出来ることなら基本的な本能を見つけてみると、あなたは統治のあらゆるタイプの中からそれthatが判明する、それone(統治のタイプ)は、彼の頭に最初に浮かぶものであり最も価値をおくものであるが、彼が指導者を選ぶものであり、行動を制御出来るものである。

 この独立への愛は、平等についての政治的結果の最初で且つ最も目立った特徴であり、臆病な精神を怖がらす特徴である。この事において、彼らは完全に間違っているとはいえない。というのも、無政府状態は、他のどこよりも民主的な国でより恐ろしい様相を持つからである。市民が互いに直接影響力を持たない場合、彼ら(市民)をその位置に保っておく中央権力が揺らぎ始めるやいなや、無秩序は頂点に達するであろうし、各々市民がバラバラに引っ張られているので、社会の基本構造が塵となるに違いないだろう。

 それにもかかわらず、無政府状態は、民主的な時代において恐れられる病魔の最もすさまじいものではなく、最も大したこと無いものである、と私は確信している。

 実際二つの流れは平等に由来する;一つが人々を直接独立に導き、突然無政府な状態へと押しやれる流れであり;もう一つが、より遠回りで秘密でもあり尚かつより確かな道によって、人々を隷従へと導く流れである。

 国民nationsは容易に前者の方をみて、これに抗する。しかし、彼らthey=nationsは後者を見ることなく後者によって自身を運ばれていく。そいうわけで、後者を提示することが、最も重要である。

 わたしの中では、平等が鼓舞する手に負えなさに対して平等を非難することからほど遠く、私はそのために、もっぱら平等を賞賛しがちである。平等は全ての人の心や考えに、ぼんやりとした観念や政治的自由への本能的な傾向を深く流し込み、それ故平等が生み出した病魔への解毒剤を用意している、という事を私は認める。

 
P668

それ故、私は平等に執着するのである。

 
 
 

2章 民主的な人々の政府への考え方は、何故に政治権力への集中を本来的に好むのか

 

主権者と臣民との間の二次的な権力の観念は、貴族政の人々の想像力にとって自然なものである。そのような権力は、生まれや教育、富によって区別された個人や一族に適合的であり、命令することが運命付けられているように思われるからである。反対の理由は、平等な時代において人々の心からそのような考えを自然に追放する;この考えは、それ故、人工的に導入され、困難を伴いつつ保持されるのみである;しかし全ての市民を指導する単一の中央権力の観念は、いわば物事に考えを与えることなしに、市民の意識に自然に滑り込む。

 

 さらに、哲学や宗教においてと同様に政治において、民主的な人々は、単純で一般的な考えを歓迎する。人々は、複雑なシステムにより興味を失い、あらゆる市民が一組の型のようであり単一の権力によって統制されるような、偉大な国nationを描写するpictureようなものである。

 

 次に単一の中央権力の観念の後に、画一的な立法の観念は、平等な時代に人々の考えの中でその(単一の中央権力の)位置に自発的につく。人々は、隣人とあまり違うように自身を見ないので、何故に一人の人間に適応出来るような規則が残りの全員に当てはめられないのか、理解出来ない。最も薄い特権は、それ故、理性にとって不愉快なものである。単一の人々の政治制度においてもっともかすかな違いは、人を傷つける、立法の画一性は、良き政府の最初の条件として人に訴える。

 

しかし、社会の全構成員に等しく課された画一的な規則のこの観念は、貴族政の時代の人の考えに対して奇妙である。この観念itが彼らの手中にあろうとそうでなかろうと、貴族政theyの人々はそれitを拒否する。

 
P669

 両方の場合で、これらの対立する精神的な態度は、ついには本能や習慣に変る。あまりに見えなく克服しがたいので、ほとんど例外なしに、これらは人の行動を支配する。中世の生活の多様性にもかかわらず、ある人々は、性格に同じような条件かで生活していた;しかしそのことは、立法者達が、中世の人々の各々に異なった権利や義務を与えるのを妨げるわけではない。それとは対照的に、現在の政府は、一様な慣習や法を共通性を持たない住民に課すことなく、自身を装っている。

 

 人々の間で条件がより平等になればなるほど、個々人はますます重要でなくなり社会がますます重要になる;むしろ、各々の市民は、その他の人たちと同じようになり、群衆の中に我を失う、いちじるしく目立ったものは何もなく、人民それ自身の偉大でどうどうとしたイメージのみである。

 

 これは、デモクラシー時代の人々に社会の大権についての非常に高度な意見を与え、個人の権利についての非常に卑屈な意見を自然に与える。その人々は、「前者の利益が全てで、後者の利益は何も無い」という事を容易に認めるだろう。その人々はまた「社会を代表する権力は、社会を構成しているあらゆる人々より多くの教養や英知を持っている」、「手を取って各々市民を導くことは、権利ではなく義務である」と、自由に同意する。

 

 もしわれわれが熱心に同時代の人を観察し、彼らの政治的意見の起源をたどるならば、私がちょうど指摘した考えのいくつかを見いだすことになるだろうし、恐らく非常に頻繁に争っていた人々の間の合意の非常な多さに驚くことになるだろう。

 

 アメリカ人は、それぞれの州で至高の権力が人々から直接出ていると信じている、しかし一旦そのような権力が構築されると、人々はそれに対するあらゆる制限を思いつくのは難しい。アメリカ人は、「そのような権力itはすべてをする権利を持っている」と認識している。

 

 タウンや家族、個人に認められた特権に関する限りでは、アメリカ人はそのようなことの可能性を忘れている。「人は、同じ法を州の全ての地域に、州に住んでいる全ての人に、一律に適応出来ない」という考えは決して思いつかない。

 

 同様の考えは徐々にヨーロッパに広がっている。その考えtheyは、人民主権のドグマを猛烈に拒絶する国々にさえ浸透している。そのような国家は、権力の起源についてアメリカと一致しない、しかし同じ見解から権力を見ている。そのような国家them全てにおいて、中間権力の概念は曖昧にされ覆い隠されている。ある個人に固有の権利の概念は、人々の心から急速に失われていった;広く一般at largeでの社会の全能で単一権威の概念が、その(個人に固有の権利概念の)位置を占めるようになる。これらの概念は、根付き、広がる、諸条件がより平等になり、人々がより同様になることで;

 
670

平等がそのような考えを生じさせ、その考えが今度は平等の進行を促進させる。

 

 フランスでは、私がそれについて述べた革命が他のヨーロッパのどの国よりも進んだところであるが、こういった意見が公共精神として完全に抱かれている。もしわれわれがフランスにおける様々な党派の声を注意深く聞くならば、そのような意見が採用されていないものは存在しないという事に気付くだろう。党派themの大半の人は「政府は悪く行為している」と考える、しかし彼らはみな「政府は全てについて常に行動し干渉すべきである」と考える。お互いに戦っている人たちでさえ最も熱烈に、それにもかかわらず、その点では同意している。社会権力の単一性、偏在性、全能性やその規則の画一性は、政治社会が今日発明したもの全ての最も顕著な特徴を構成している。それらは最も現像的なユートピアに立ち戻る。人の心は、夢の中でまだこれらを追っている。

 

 もしそのような考えが、私的個人privateindividualsの心に自発的に生じるならば、より強力に王族の想像力にうったえる。

 

 ヨーロッパ社会の古代の基本構造が変化し消滅しつつある一方で、主権者は自身の行動や義務の範囲について新しい概念を獲得した。最初は、主権者は「主権者が代表する中央権力は、一様の計画に従って全ての事柄や全ての人間を管理出来るし、すべきである」という事を学ぶ。この意見は、われわれの時代以前には考えられたこともなかったヨーロッパの王であると確信しているが、今は王族の心に深く入り込み、より動揺した考えのアジテーションの中で確固として確立した。

 

 われわれの同時代人はそれ故、一般に考えられているよりも分裂していない。同時代人は常に「誰が主権を持つべきか」について議論している、しかしそのような権力(主権)の義務や権利についてはたやすく同意している。同時代人はみな政府を単一で、単純で、神意になかった、創造的な力として考えている。

 

 政治についてのあらゆる二次的な考えは揺らいでいる、しかしそれは依然として固定的であり、不変性であり、筋の通ったものである。政治評論家も政治家もこの考えを採用している;群衆は貪欲にその考えをかっさらい;治者と被治者の両方は、平等への熱意とともにその考えを追求する;その考えは始めてきたものである;その考えは生来的なように思える。

 

 それは人間精神の奇行によるものではなく、人類の現実状態についての自然的な条件である。

読書メモ

実際に読みながら、本の隅っこに書いていったメモをまとめたものです。



第2巻 第4部 政治社会における民主的な観念と感覚の影響について
 平等により刺激された観念や感覚が、社会の統治の上で行使する影響を示していく
 
第1章 平等は人に自由な制度への趣向を自然に与える
平等の最も目立った特徴として、独立への愛がある(667②)
 一般に民主主義国では無政府状態は恐ろしい様相を持つ
 ・平等に由来する二つの流れ(667④)
   a)人々を独立に導き無政府状態へと追いやる動き→まだまし
   b)密かに人を隷従へと導く動き→やっかい
→一方は個人を手に負えなくするが、他方はその問題点を抑圧する(667⑥)
 →この二面性より平等に執着する
 
 
第2章 民主的な人々の政府への考え方は、何故に政治権力への集中を本来的に好むのか
○貴族政時代との対比による民主的な時代(668二章①−669③)
 貴族政時代         民主的な時代
  中間権力    ←→   中央権力
 非画一的な適用  ←→   画一的立法
→平等化=大衆化、このイメージより「人民」全体のイメージ(669②)
 →個人より社会の方が上(669③)
 
○各国比較による現状分析
 アメリカ:至高の権力が人民に由来するのは認めるが、一旦成立すれば制限せず、個人の権利は忘れられている(669⑤⑥)
 ヨーロッパ:アメリカと同様。人民主権のドグマを拒絶する国にさえ、全能で単一の権力概念が位置を占めている。(669⑦)
 フランス:もっと進んでいる。政府を攻撃する党派ですら、更なる介入を望んでいる。(670②)
 →このような中央権力はヨーロッパの歴代王も持ったことのないほど巨大なものである(670④)
 →政治についての考えは多様であり揺らいでいるが、この考え自体は普遍で固定的である。デモクラシーの時代になって登場した考えが、生来からの考えのようになっている(670⑥)
 
第3章 民主的な国民の感情や考えは、政治権力の集中にどのように調和しているか
○前段階(671三章①−⑤)
 民主国家では個人は孤立的であり、公的な問題へと関心を払うのに努力を要する(671②③)
w私的生活で忙しく、各人に暇がないからである(671④)
 →しかし!このような傾向を抗しがたいものとしてみる必要はない。
  この本の目的は、その傾向と戦うためである(671⑤)
 
○公的平和への愛(671⑥−672③)
 良き生への愛と財の増加への趣向が存在する(671⑥)
→中央政府のみがアナーキーな状態から人々を護り得るが故に、人々が望むようになる(672①)
 ・そもそも個人は独立しているが弱い存在である→助けの必要性(672②)
  →巨大な存在への傾向
   →優越者には耐えられない、しかし支配者には服従する(672③)
 
○横並びによる集権化(672④−673⑥)
 平等な時代になるとちょっとした特権すら嫌う。僅かな差異が耐えられなくなる(672673①)
 →平等はますます平等を発展させていく
→この不平等への嫌悪は、中央集権の強化に繋がる(673②③)
 w全ての市民の上に存在しているので、その決定はねたまれない
 
→平等は人々に中央権力への傾向を与える
 →現在の国民の向かう先はこの類の政府に違いない。
 
 
第4章 民主主義国の人々を政府の中央集権化を終えるよう導くか、或いはそれから逸らすような、特有で偶然的な原因について
○中央集権化を促進する状況の違い(674四章②)
1.自由がもとから存在するか否か
自由が元々ある所←平等が入り込む
→個人の独立を持ちつつ集権化 e.g.イギリス、アメリカ
 ←→
 自由なもともと無い所←平等が入り込む
  →権力の集権化が起こる e.g.ヨーロッパ
 
2.中間権力の違い(675③−)
 地方貴族が革命により消滅→混乱してすべてを統括する権力が必要になる
 ←→
 アメリカは自治を行っていた→強力に集権化する必要がなかった
●これと全く反対の光景とは何か?(676①最後の行)
 
3.教養の違い(676④)
 教養は独立を護る。デモクラシーの時代には特に、公的秩序を破壊することなく、自由の結社をつくるには、教養がいる。
  主権者だけ教養があると、国家の行政権は絶えず拡大していく(677①)
 
4.戦争状態への対処(677④)
 軍事物資を迅速に運んだりするためには集権化は重要
 
5.無秩序への恐怖と良き生への愛(677⑤)
 中央権力のみが無政府状態から人々を護ることが出来る
 →人は自分たちの生活を守るために自分たちの権利をますます犠牲にする
 
○中央集権化の条件(678①―最後)
 主要で唯一の条件は、平等を愛することか或いはあなたがしている事を信じることである
 
●専制の技術the art ofdespotismが単純化されて、単一の原理で言われるとはどういうことか


古の宮廷に参上する



雑メモ

なんというか、政権交代をしてもこの既視感は何だろうかという「いらだち」に対して、自分なりに何か整理を付けたい気分になっている。。。


前提として、この国の国民の政治的成熟度が未熟なのは重々知っている。

だってそんなだから民主的な国家では例のない自民党長期政権を今まで許してきてたんだもの。

それが自然と急に練熟されるとは思っていない。

政治家の方も問題があるのだろうしね。


問題は、マキアヴェッリが喝破したように、
常に他人を出し抜こうと考え、口は噂を広め嘘をつくために付いていて、人間関係を享楽的なショーに仕立て上げて楽しむしか脳のない、いかにその「家畜以下の最低の人間たち」をしっかりとまっとうな「臣民」と成長させつつ、迫り来る政治的な問題も片付けて権力をどう獲得するか、そしてどうしたら失わないか、だろう。

マキアヴェッリにすればキリスト教の元でもこの人間描写だからね。
フィレンツェの内部はめちゃくちゃ、イタリア国内は小国乱立の群雄割拠、
国外からもフランスや神聖ローマ帝国の軍靴の音が響いてくるし
こんな状況下でうまくやっていくには、どんな方法にでもすがるべきだという事なんだろう。

非常に生々しい…。

やっぱりマキアヴェッリ(あるいは佐々木毅)かな、とも思う。



でもここはトックヴィルも悪くない選択だと直感している。

多少の斜め読み、誤訳、誤解は、仕事で忙しい普通のサラリーマンであるが故に、許してもらえると思う。




Author’s Introduction
 
アメリカの特徴は平等である。
これは政治的な道徳観mores、法律、既存の支配権など市民社会を越えて広範な影響を与えている。
 
それに対して、われわれの所では全く同じでないけれども、徐々にアメリカのような状態に近づいている。→アメリカにヨーロッパの未来を観た!?のがこの本の動機。
 
民主主義革命に対する反応は決して一様ではない。抑制しようとする人もいれば、抗しがたいものと見る人もいる。
 
フランスの例をみてみても、大凡の流れは、それに組みするにせよ反対するにせよ、民主主義の進展に寄与するものであった。
 
まず平等が生きていたのは聖職者の世界であった。人間関係は複雑化すると、民法の必要性が高まり、法律家が成立する。啓蒙も広がり、知識も出世の手段となる。また貴族の地位の売買により、貴族自身の手によって平等性は政府の中に入ってきた。
 貴族と王の争いも、どちらも庶民を政治に参加させた。更に、王は積極的且つ一貫した平等主義者であった。
 
一旦、知性の働きが権力と富との源泉になった時、それらの新しい発見は民衆の範囲内での力の芽生えであった。
→結果、歴史的な大事件は平等化を推進した。
 (e.g.印刷術、火器の発明、郵便制度)
  規則の地位は下がり、庶民の地位は向上して、やがて触れるほどになった。
 
この現象はフランスのみではなく、キリスト教国全体の革命である。起きる事件はデモクラシーに寄与している。
 →これは抗しがたい現象ではないか。
しかし!この先のことは誰もわからない。比べるスケールがないからである。
 
 デモクラシーを停止しようとすることは、神自身への戦いとなった。
 ←→しかしデモクラシーを制御不可能なものとみる必要もない。まだわれわれの手中にある。
 ○できることなら、デモクラシーを教育し、信仰を新しい生活に押しだし、道徳観を浄化し、行動を制御し、徐々に現在の未経験を治国策の理解へと変え、盲目の本能を真の利害へと変え、政府と時と所の必要性に適合させる。といったことが必要で、新しい世界には新しい政治学(政治科学?)が必要とされる。
 
しかし現状ではそうでないので、デモクラシーは、放りっぱなしの子供のような状態であった。
その心は、デモクラシーを引き離すことばかりで、実際の政治には関わらせようとしない。
→デモクラシーは社会の固まりにはあるが、法律、思考、慣習、道徳感に置いて、変化はなかった。
 
それに対して貴族に指示されていた王権は、悲惨さにもかかわらず、平和に統治していた。
しかしそこに変化が起きて、人とのバリアは徐々に無くなる。
 ○政府権威はあるが、神聖視はされない、相互の歴に満ちた信頼感がうち立てられた社会。自由な市民の結社が出来、貴族の権威に取って代わり、暴政や放縦を防御する。

 
このような理想的な状態を実現している国が一つだけある。革命なしで、革命の結果を得ているアメリカである。
われわれもアメリカに近づくからといって、同様の社会状態になるかといえばそうではない。
→アメリカを教訓とする。そもそも、政治形態を一般的に賞賛しているわけではない。
 
いろいろ不満があるであろうが、わたしの全体に繋がる思考を理解してもらえればと思う。

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