読書日記

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 イギーを飼いはじめました

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※mixiよりの引越し記事

中欧という概念は、ドイツの東西分割など冷戦下において封印されてきた。そして冷戦崩壊後には復活してきたという話。

 あまりに単純に書きすぎたが、その復活してきた背景には冷戦崩壊という要因も確かに大事であったが、「ハプスブルク」という歴史経験が好意的に捉え直され復活してきたのが特徴であるという。

 戦前はハプスブルクは否定的に語られてきた。帝国内は多元性・多様性を内包していたのに、トップは厳格なカソリックの君主であったという点。民族自決を契機としてそういった多様性を否定して成立したのが、WWI以降のドイツ帝国であり、オーストリア第一共和国であった。
 新しく出来た国は当然以前の国家を否定せざるを得ないため、実際民衆レベルではどこまで本気でハプスブルクを否定していたのかはわからないが−−実際フランツ・ヨーゼフの肖像画をずっと持っていた人の話もある−−、とにかく否定的イメージがそうやって戦後もずっと続いてきたわけである。

 しかし、冷戦崩壊後に、民族同士をつなぎ止めていた枠がはずれてしまった結果、一斉に噴出する民族エゴへの反省(?)として、多元的であったハプスブルクの古き良き時代が肯定的に語られて中欧概念が復活してきたのである。

 著者は実際現地を巡っている間に、旧ハプスブルクでの共通性を強く感じたようである。そうしているうちに、国境や鉄のカーテンを超えて共通の大きな領域が浮かび上がってきた、と。それが中欧である。

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またやってしまった。
これは通称”殺人事件三部作”と呼ばれるらしいのだが、真ん中の作品から読んでしまった(”ロードス島・・”でもやってしまったな・・)。

もとい、一行で概略すると
ヴェネツィア共和国のエリート、マルコ・ダンドロがしばしの「休暇」を貰い、旅に出た時にふらりとフィレンツェに立ち寄り、思いがけず事件に間接的に関与していくという話。

ヴェネツィアの有力貴族の子弟で政府の役職も歴任しているというマルコに、フィレンツェの人が関わりながら色々解説してくれているおかげで、当時のフィレンツェの置かれている状況やヴェネツィアのこともよくわかるような仕組みになっている。

この作品は他の塩野作品と比べても、説明台詞がスムーズに入ってくるのではないだろうか。
 ヴェネツィア人のエリートに対して解説するというスタイルで上流階級の人から、宿屋の主人、修道院長に、筋金入りの外交官などもそれぞれの立場からフィレンツェのことを色々喋ってくれる。そのやり方がすごく自然で上手いやり方だと思う。

もう一人の主人公(とされる)遊女オリンピアは、これを読んでいる限りでは存在感がそんなに大きくはない。彼女側からの心理描写も皆無に近い。確かに重要な仕事は一つやってのけたが、この作品だけで見るなら主人公はマルコ一人だろう。まぁこれの前や後では十分出てくれるのだろうか。前の作品(一作目)では色々あったようなことが書かれているが、確かに興味がそそられる。やはり最初から読むべきだった。

ただ、オリンピアの仕草など細かい描写を見ているととても愛らしく、魅力的なところはよく伝わってきた。さすが歴戦のマルコを手玉にとった女だなと思うが、この魅力って危険と隣り合わせだよなぁ。と、色々考えてしまった(笑)
危ないものは、わかっちゃいるけど、魅力的なんだろうなぁ。

※mixiより引越し記事

 現在では有名になってしまった、中欧という概念を日本で久方ぶりに持ちだしてきた頃の本。
 著者はジャーナリストで、現地事情から中欧概念を現代的に捉え直し、そしてその崩壊を嘆いている。

 基本的に本書ではウィーンとベルリンという二大都市の変遷をたどりつつ、失われてしまった中欧概念をまず取り戻す事から始めている。
 かつてはハプスブルク帝国が体現していた中欧は、時代を経てドイツの台頭とともにベルリンを中心として考えられるようになり、ライン川からロシアまでを躯とし、多元性を旨としていた中欧はドイツナショナリズムに利用されるようになった、と。
 そしてWWII後でも中欧を語る事が一種のタブーとなっていたのは、中欧概念がそのままドイツの覇権主義として利用されてきた背景があるからである。

 故に、戦後は東西ドイツの分割とともに、中欧概念は消滅し、「中欧の崩壊」ということになったのである。現在では当時は(?!)「中欧」とはスイスやオーストリアなど一部の小国を指す言葉に成り下がってしまったというわけである。

 感想として思ったのは、中欧概念が、ライン川からロシアまで、しかも場合によってはウラル山脈までの概念であったというのは、あまりに広大でややビックリ。
 確かに中欧を主張する事は、その地理的範囲から考えられるにドイツの覇権主義に近い感じもする。歴史的にはハプスブルクの方が中欧に相応しいのに。

 個人的には、ウィーンの話が欧州旅行を思い出させるのにちょうどよかった。というか、行く前に読んでから行けばまったく違った風に町が見られたようにも思い、惜しい感じもする。しかしこの部分が面白いのは自分がそこに行った事があるからであって、イメージがつきにくい行った事ない人とはこんな風に読めないようにも思う。ん〜。

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※mixiより引越し記事

 戦闘シーンでは、他の者(特にイシドロ)が成長して意外と戦力になっているのが驚いた。この分ならばしばらくすれば、通常の戦闘ならばガッツが心配しなくてもいいくらまで成長出来るかもしれない。

 面白かったのは、シールケの初恋?を茶化しているシーン。二度ほどあったが、カモメの羽をむしりながらいじけているのは微笑ましい。

”少年”については誰もが疑問に思うだろうが、登場するときに髪の毛から出る片目だけ強調して登場させたのは、明らかに妖魔状態の赤ん坊を連想させるためなんだろうなぁ。
 確証がもてないから何ともいえないが。

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※mixiより引越し記事

三部作の最初の作品をようやく読む。

雑感
・登場人物が多く、更に細切れの登場なんで、今までの塩野作品の中で一番人物を追いにくかった(話の筋は単純なのでそうでもないが)。ページを戻したこともしばしば。途中から、主要人物だけでもメモ書きしとこうかと思った。
 一気に読むことで解決。こりゃぁ休み休み読む本じゃないな。

・『ロードス島攻防記』ではわからなかった、三重城壁の解説がよくわかった。前回読んだときにも少しは触れられていたので困らなかったが、やはり三部作は最初から読むのが基本のようだ。

・当時の国際関係、オスマン=トルコとヨーロッパ=キリスト教国との関係がわかりやすい。別に宗教は国家間関係の大きな要因ではあっても、決定的要因ではないわけね。当時も今も。

・説明台詞が多くて残念。『ロードス島・・』でもそうだったが、わざわざ主要キャラに当時の状況について長々と解説して貰わなくても、普通に状況説明として書けばいいのにと思う。
 勿論、当人たちがそんな言葉を交わしていたかは非常に疑わしいこともあるし、別にそんなに引くようなマネをしなくてもね。『踊る大捜査線』の下手な警察説明台詞のようだ。

という感じ、三部作の中でも『ロードス・・・』の方が個人的にはおもしろかったし、参考になることも多かった。

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