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http://www.tokyovalley.com/yahoo_blog/article/article.php
この内容は1990年代中頃に法政大学法学部政治学科で開講されていた杉田敦ゼミの記録です。ゼミの先輩がHPとして作成していただいたものを私が編集して「記録」としてここにアップしています。従って内容についての責任などは私、村上にあります。ご意見・ご要望などありましたらコメント欄やメールにていただければ幸いです。


『ボランティア』2  

範囲:(3章ー2)〜(4章ー1)

文責:Y本(四年)



・ネットワーク論

A:著者はネットワークの可能性と”ボランティア”なるもの繋がりを重視しているけれど,そこん所はどうなのかなぁ?

B:良くはわかんないけど、関係有りと言われればあるかも。

C:あと、「バルネラブル」ってことも言っている。

D:つまり、著者の言うところの「弱さの強さ」ってやつでしょ。

E:こういう考え方は最近結構見かけますよ。

F:僕はこの「静的情報」、「動的情報」も見逃せないと思う。

A:そこんとこ、どうなの?

B:予め決まっていて、いわば固定的イメージを持つのが前者であろうと思う。後者は著者もそういう風に展開しているけど「ネットワーク」と関わっている気がする。

C:後者に関してはつまり、関係性の中で形成されていく情報、だからいつも暫定的だし、オープンな関係からのみ生まれてくる、ボランティアも従ってこういう触れあい関係的なものにこそ魅力がある。こう繋げているのかなぁ。

D:そんな感じだろうね。異質なものとの接触→既成価値の動揺→新たな広がり、関係性の可能性、こういう訳なんだろう。でも、注意しとかなくっちゃいけないのは、ネットワークのオープン性というのは両刃の剣だってこと。インターネットでも話題になりつつあるけど,「ハッカー」とか「ウィルス」を持ち込むような連中にも無差別にオープンにしとくと、えらいことになりかねない。アメリカとかじゃ、それで規制するのしないのでかなり揉めているようだしね。

E:両刃の剣、うーん、正にそうなんだろうなぁー。

F:でも、一口に言って「ネットワーク」と言っても、その内実なり概念には多義的なものが含まれていると思う。”触れあい”的関係性をも含むんなら、著者が例に引いてる障害者の「自立生活」なるもの、困ってるとき声を掛けて手伝って貰う時に形成されるほんの数秒の「関係」っていうのは、感じとしてネットワークの理想型なのかも知れない。

A:そこでの僅かの経験が、さっき出たネットワークの可能性に繋がる、これは確かに理想かもね。

B:しかし、ネットワークとボランティアを関連づけて、より広い、新しい活動のあり方を探っていくとなると、やっぱりそういう短時間・狭空間なものでは力にはならない。ボランティアも或程度以上のエキスパーシティを求められた場合に問題がないとは言い切れない。そこで、或程度、”制度的”なるものとの接点を探っていくと、やっぱりさっきの「両刃の剣」的ディレンマに直面せざるを得ないだろう。

・システムとネットワーク

C:そこで制度、より広義に捉えるために”システム”と”ネットワーク”との関係が必然的に問われなくてはいけないと。

D:そうなるね。この問題は前にやったハーバーマスの「生活世界とシステム」の問題とも関連してそうだしね。

E:システム(制度)とネットワークが出会ったらどうなるんだろう。

F:面白いことになるって言うと軽率だけど、これは相当やっかいでしょう。ピラミッド型VS水平型の構図はかみ合わせが全然悪い。だから両者のインターフェイスが求められるんだけど、そのいわば「規格」争いには、現状の力関係が出やすい。何しろネットワーク的なるものが大きく注目されるようになったのはそう古くはないから、国家はおろか企業に対しても不利な立場にあると言える。

A:そうなるとネットワークの担い手達がシステムと同一線上に乗らざるを得なくなる。この展開の可能性はさっきの「両刃の刃」に繋がっている、そうなるね。ネットワーク上の有害物は何も猥褻情報を流したりしてる奴だけじゃあない、それどころか紳士然としてる奴ほど怪しい、と。その典型は企業だろうけどね。

B:しかし、この世界にはシステムなるものにのってこない、純粋無菌の「生活世界」あるのかいな、と思いたくなるね。

C:でもだよ、高齢化なんかが進んで、きちっとしたサポート体制が欠かせなくなっていて今の日本(大方他の先進国も同じだろう)なんかでは、やっぱり行政組織にたよらなきゃやっていけない面がある。この本の著者は「V切符制度」なんかで別の活路を探ろうとしているけどね。

D:最近話題の介護保険とかNPO法案なんかは、みんな今の議論と関係しているとこだよなぁ。

E:まぁ、とにかく、「日本型福祉社会」論的な先祖帰りの夢見語りだけは避けたいと。そんなとこかな。

                                                        五月三十日
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金子郁容「ボランティア」             
文責:S野(2年)

・Definition of word "volunteer"

A:この本の最初は米国と日本での、ボランティアの実体験が書かれているね。

B:そう、米・東海岸に住むモートン・ウェイバー氏が、貧困家庭の子どもがお腹を空かしているのをテレビで見たことから、そういう子ども達に食事を与えることを始めたことが紹介されている。

C:でも、これを美談とすると、お金持ちが貧乏人にお恵みを与えるという形を肯定することになる。

D:アメリカでは、”haves”と”have-nots”の住むところが区別されている。そういう社会構造を変えることこそ、必要なんじゃないのかなぁ。

E:日本のボランティア活動は、どういうものが紹介されているの?

A:ある小学校のクラスで、老人ホームの手伝いや慰問活動をしたことが書かれている。

B:ここで問題なのは、「クラスで」ということ。”volunteer”とは、自由意志による活動で、クラス単位では多かれ少なかれ、強制力が働いて、拘束されたものになっちゃうんじゃないの。

C:そうだよね。実際その翌年に自由参加が強調されたために、老人ホームに行く児童の数が減ったことも言及されている。

D:そうしたら父母から「ボランティアをもっと盛んにやって欲しい」と言う意見が、学校に寄せられたそうだけど、これについてはどう思う?

E:最近では入試でボランティア活動歴を評価しようという動きがあるけれど、それと関係しているんじゃないかなぁ。

A:それは考えすぎだよ。きっと自分の子どもにもボランティアを体験させてやりたいという親心だろうね。でも学校がお膳立てをしたら、本当の”volunteer”じゃなくなっちゃうよね。

・Reward for "volunteer" ?

A:車椅子で生活をしている安積純子さんの言葉については、どうかなぁーと思うね。

B:何のこと?

A:駅の階段なんかでは、車椅子は誰かに上るのを手伝ってもらわなきゃならないでしょ。そのことについて、安積さんは、手伝いを頼むとき「やらせてあげる」気持ちだって言うんだ。障害者の手伝いをする「機会に参加させて挙げるって感じで頼むのよ」と言ってる。

C:それは、頼まれた側のことをなんにも考えていないね。断るか否かは自由だと言うけれど、例えば急ぎのようがあるけど断れない気の弱い人もいる。弱い面を持っている人ってたくさんいる。障害者は、健常者の”弱い人”のことまでは考えられないのかなぁ。

D:それはともかく、ボランティアには、その代償として「感謝」を暗に求めてしまうことは確かだね。

A:鎌倉時代の「ご恩と奉公」じゃないんだから。とにかく、障害者でも自立して生きていかれるよう、例えば、車椅子用のエレベーターを駅に設置するなどといったことが大切なんだよ。そしてそれをバックアップする社会を作る・・・。

B:そう、問題はやっぱり「政治」なんだね。

・宇宙船地球号

A:国境を越えた、地球規模の活動の必要性にも著者は触れているね。

B:そう、その典型が環境問題だよね。

C:でもこれは難しい問題だね。各国の主権の問題もある。工業先進国であるわれわれ日本は、例えば中国の工場から出てくる大気汚染について、批判できるかという事もあるね。

D:国境を越え、日本にはその煙でできた雲がやってきて、酸性雨が降っているんだよ。

E:そう、人為的な国境は関係ない、まさに「宇宙船地球号」の問題なんだよ。

A:しかし、実際に存在する国境は無視できない。日本としては、公害対策技術の提供などをしていくことが必要なんじゃないの。

B:その通り。実は今でも日本はそれをやっているんだ。あまり知られていないけれど。

C:日本のマスコミは悪いことしか伝えないからね。まぁ、マスコミの重要な役割は、「批判」することなんだけどね。

D:ボランティアの活動を含めて、地球規模の問題に取り組むことは、やっぱり、難しいんだね。
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この内容は1990年代中頃に法政大学法学部政治学科で開講されていた杉田敦ゼミの記録です。ゼミの先輩がHPとして作成していただいたものを私が編集して「記録」としてここにアップしています。従って内容についての責任などは私、村上にあります。ご意見・ご要望などありましたらコメント欄やメールにていただければ幸いです。

『裁かれる民主主義』〜J.B.エルシュテイン

文責:N西(3年)



1、公と私の分類

・公共圏の問題

日本と西洋の違い:日本は公というと”おかみ”、行政当局というイメージ。一方西洋では「公開性」に関連するところが多く、ここに認識の違いがある。

A:ここにある公私混同の政治では「私」がないという考えから始まっているのですか?

B:公私混同ということで、やはり「私」も混じっていると思います。「私」によって動いていくシステムと一緒に考えることもできます。

C:ここでは、「公」が支配しているのか?それとも「私」が支配しているのかどちらなのか?それを見る上でここで考えるべきは、彼女の言っていることは自明か?ということでしょう。彼女はエスニックな問題は私的な問題としています。これは自明のことと言えるでしょうか?これは捉え方により幾らでも考え方があるように見えます。

D:公共圏については。H・アーレントが次のように言っています。”古代ギリシャにおいて「公」は私的なもの、経済活動などを全て排除したことによって保たれていた”と。例えば人種問題があるとして、それを考えていく上で人種で考えをまとめるのはおかしい。私的な者が公的なものを汚染するということです。

E:ではこれが、今成り立つのでしょうか?ギリシャには奴隷を前提としたところがあり、暇な人が来ることが出来た。しかし今は全ての人が奴隷化してしまったともいえる社会になっています。

F:権利獲得主義の考え方も、公と私を考える上で大切です。「私」が権力に近づこうとしている、ということをここでは取り上げているようですが、社会運動にも公と私に割り切れないものがあります。環境問題はここでは公的と考えられます。それは誰かの属性に関わるものではない、全体に関わるものだからです。ただこの本では私的なものが公的なものへの進入ということを強く言っているようですが。

2、フェミニズムとの関係

A:フェミニズムに対し、ここでは一定の評価をしているとともに、「私的なものは政治的なもの」という考えに結びつき全体主義的になるとも言っています。

B:著者はフェミニストなのですが、他のフェミニストから批判され、こうしたことを言っているという部分もあるようです。

C:フェミニズムについて少し見ますと、そもそもは女性にも男性と同じ権利を認めよう(選挙権・雇用など)というものから始まり、形式的なものとして流行っていた。しかし、差別の扱いは大して変わらない。そこで根本から変えていく、家庭から変えていく「女の子らしく」というのもおかしいとされるようになる。これを法律で取り締まることによって家庭の躾にまで口を出す。そうなると彼女の言う全体主義に近づくというのもあながち嘘ではないかも知れない。

D:フェミニストの権力とは何なのか?

E:マルクス主義と似た傾向があるように思います。労働者のアイデンティティを立てると資本家悪い、労働運動においても資本家が悪い、という風に運動を起こす時に何かを立てるということはあります。つまり大義名分といったものです。

F:権力については、東欧の経験とフェミニズムとの関連で見ることが出来るのではないでしょうか?東欧では朝から夜まで管理され、プライベートはなかった。しかしここでは国家権力強化ということには反対していますし、フェミニズムもここまで極端ではないのではないかとも思えます。ここでの強制力ということですが、日本では強制力は「公」から出ると思われていますが、ここでは「私」から出ています。経済、労働もそうです。では夫婦間の暴力はどうなのでしょうか?

G:日本では民事として警察は介入しない。私的なものとして扱われています。しかしこれでは殴られている人を救済する方法がありません。もちろん、なぜ殴られたか、この理由を解決するのが早いのですが、とにかく、このようなことも含め、ここでは具体的な解決は述べられていません。

H:国家が介入しすぎるのは良くない。ある程度私的部分が必要、ということになりますが、強い人は問題ありませんが、弱い人はそれに従うしかない場合がでてしまいます。とても難しい問題です。

3、本日のまとめ

A:「私」には政治はないとしているが「私」に関わるものも政治。これを見ていないのでは?また、市民になりなさいと言った全体主義と結びつく考えも見られる。

B:権利の問題も出てきています。市民といっても人種・民族などその他様々あるのに「市民」で括ってしまう。フェミニズムはそうではないとしているが、カヴァー出来ない部分もある。

C:まとめると、1つは公的市民について自明のこととしているがそうでなくても良いのでは?ということ。ここでは公的市民にならないと人間の役割を果たしていない、あるべき姿ではないとしています。もう1つは、アイデンティへの関わりについて(無いと言われているが何か起こればヤルとも言われています)これについては、次回のところで見てみましょう。

D:市民社会との関わりはどうなっているのでしょうか?まず、なぜ市民になるのか?私的だけでもよいではないか?(おいしいものを食べて楽なら良いではないか)これを批判することが出来るのか?これに対し動物と同じという意見もあり、二元論の道へとなっています。とにかく公私分類は難しい。これに尽きます。
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この内容は1990年代中頃に法政大学法学部政治学科で開講されていた杉田敦ゼミの記録です。ゼミの先輩がHPとして作成していただいたものを私が編集して「記録」としてここにアップしています。従って内容についての責任などは私、村上にあります。ご意見・ご要望などありましたらコメント欄やメールにていただければ幸いです。


4月25日〜5月9日

テキスト:「システムと生活世界」       

文責:Y本(四年)

・ハーバーマス

A:この著作のベースはハーバーマスの、それも「公共性の構造転換」だよね。そもそもこの本のタイトルである「システムと生活世界」っていう、[システム=生活世界]の二分法は彼の考え方を代表している概念だしね。

B:この本は前半部に主としてハバーマス紹介を当ててる。

C:著者はこれに”公共圏”(これもまたハーバーマスを代表する概念と言えるが)をかぶせて、如何にそれを確立していくのかを著者なりの分類に基づいて展開しているね。

D:キーワード的に挙げさせて貰うなら、今出た「システム」、「生活世界」、「公共圏」、それに今年の内のゼミのテーマでもある「市民社会」に「公開性」、「植民地化」、あとは「新しい社会運動」といったところかな。

E:それらを中心に後の補足は議論のなかでということにしましょう。

F:ハバーマスの議論を出してきて著者が言いたいのは、結局どうやって現代に於いて”公共圏”を確立できるのかという事だろう。その中核、モラルは”批判性”。そのモデルはハーバマスが「公共性の構造転換」で段階的に述べた中で出てきた18世紀の小独立自営業者達が当時形成していたサロンや読書会に代表される「文芸的公共性」ですよね。もちろんハーバマスは現代の行政システムの必要性を否定して、復古主義や「自然に帰れ」的主張をするのではなくて、どうシステム的なるものを批判的公共圏でコントロールしていくのか、という構えをとる。「公開性」は日本でも最近情報公開法案なんかで話題になってるけど、そのための欠かせない第一歩なんだろうね。

A:確かに現代社会は言われているように何処を見ても「システム化」されている。その究極態として試験管ベイビーに脳死問題なんかは代表選手だ。それによく行政学の先生が自慢げに言っているように日常生活でも「朝起きて顔を洗うときの水は水道水、通勤通学は交通機関・・」等々、行政も含めて何処を見ても管理が働いている。ハバーマスも言うようにマスコミはかつての公開性の旗手の座から下りて、受けのいい情報を操作的に流して、僕らのライフスタイルや趣味なんかまで作りだしてんだからね。

B:その意味で現代社会は至る所に「政治」が潜んでる。でも一般人は受け身一方。これが彼の言う「正統性無き支配」なんだろう。

C:ハーバーマスは、そしてこの本の著者は、そこでこう言った「植民地化」を食い止めるべく批判的討議に基づく”公共圏”を打ち出すわけだよね。

・”公共圏”可能性

D:こうして考えてみると、確かにヤバそうだし、批判的公共圏というのは一見、欠陥がないように見えるね。でももう少し突っ込むとどうなの?

E:仲良しクラブのお話し合いは確かに平和そうだけど、この会には誰でも呼んでもらえるのかは問われなきゃいけないだろう。

F:たとえ呼んで貰ったとしても、言葉=言語の問題があるっていうのは、僕は勉強不足で良くは解らないけど事実だろう。つまり或程度の人数で討議するとなると、それなりにメジャーな言語でということになる。じゃあ、メジャーな言語は透明で中立的なのかと言ったら、それはまず期待できない。ある言語で相手に意志を伝えるには何らかの”価値観”を共有してないといけない。で、その価値観って言うのが西欧中心主義的な物になるのはほとんど目に見えてるんだよね。何か喋って、意味を解釈して貰った、その瞬間に、あるいはそうするよう努力するしか道が無くなっていた時点で、ある人達の個体性は損なわれてしまうことになっちゃう。

A:じゃあ、話し合いには限界があると。それと「新しい社会運動」との関連性なんかはどうでしょう?

B:著者はこのことを、新しい可能性として積極的に捉えているね。

C:でも、それと討議の場として捉えられている「公共圏」の接続は今の議論でいくと難しくなりそうだね。

D:彼らは言葉ではなくて、自らの身体性自身で訴えている。だからこそ広く、深く訴える面が在るからね。

E:彼らの運動は、既存の線引きに対する拒否反応なんであって、ドゥルーズの言葉で言えば「脱領域化」の現れなんだ。それに対する権力=「再領域化」の構図で捉えると、さっきの公共圏は後者の範疇に片足を踏み入れているように思える。

F:そこで著者も言ってるけど「プロセス」とか「ネットワーク」の概念が大切になって来るんだろうね。

A:その両者は次の議論で出てくるから突っ込まないとしても、この著者はハーバーマスの議論にのっかりつつ、いろんな可能性を出してくるから、その接続性等なりに若干疑問が出て来ちゃうんだろうね。

B:そうは言うものの、「未完のプロジェクト」としてのモデルネ、これは軽視しちゃあいけないぜっ。

C:それはもちろん。そこら辺の所は『社会科学再考』で石田雄氏なんかが強調するところでしょう。つまり人権なりの普遍的概念は永遠の可能性を持っている、と言う訳ね。

E:でも山之内靖氏が言うように、「どこもシステム」から出発するってのも重要なんだろうね。純粋な「生活世界」なんかそもそも無いんだと。むしろ生活世界の特権とされてる価値醸成なんかは既にシステムの手に落ちていて、生活世界はシステム化されている、と指摘されていて、なんかこんがらがっちゃいそうだけど、なかなか鋭いものがある。

F:今回は初回だし、一年かけてこう言ったことを考えると言うことで、今回はお開きにしましょうか。決して問題回避ではありませんよ。いや、一応・・・。
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...
“Between a high, solid wall and an egg that breaks against it, I will always stand on the side of the egg.”

Yes, no matter how right the wall may be and how wrong the egg, I will stand with the egg. Someone else will have to decide what is right and what is wrong; perhaps time or history will do it. But if there were a novelist who, for whatever reason, wrote works standing with the wall, of what value would such works be?
What is the meaning of this metaphor? In some cases, it is all too simple and clear. Bombers and tanks and rockets and white phosphorus shells are that high wall. The eggs are the unarmed civilians who are crushed and burned and shot by them. This is one meaning of the metaphor.

But this is not all. It carries a deeper meaning. Think of it this way. Each of us is, more or less, an egg. Each of us is a unique, irreplaceable soul enclosed in a fragile shell. This is true of me, and it is true of each of you. And each of us, to a greater or lesser degree, is confronting a high, solid wall. The wall has a name: it is “The System.” The System is supposed to protect us, but sometimes it takes on a life of its own, and then it begins to kill us and cause us to kill others--coldly, efficiently, systematically.

I have only one reason to write novels, and that is to bring the dignity of the individual soul to the surface and shine a light upon it. The purpose of a story is to sound an alarm, to keep a light trained on the System in order to prevent it from tangling our souls in its web and demeaning them. I truly believe it is the novelist’s job to keep trying to clarify the uniqueness of each individual soul by writing stories--stories of life and death, stories of love, stories that make people cry and quake with fear and shake with laughter. This is why we go on, day after day, concocting fictions with utter seriousness.

My father passed away last year at the age of ninety. He was a retired teacher and a part-time Buddhist priest. When he was in graduate school in Kyoto, he was drafted into the army and sent to fight in China. As a child born after the war, I used to see him every morning before breakfast offering up long, deeply-felt prayers at the small Buddhist altar in our house. One time I asked him why he did this, and he told me he was praying for the people who had died in the battlefield. He was praying for all the people who died, he said, both ally and enemy alike. Staring at his back as he knelt at the altar, I seemed to feel the shadow of death hovering around him.
My father died, and with him he took his memories, memories that I can never know. But the presence of death that lurked about him remains in my own memory. It is one of the few things I carry on from him, and one of the most important.

I have only one thing I hope to convey to you today. We are all human beings, individuals transcending nationality and race and religion, and we are all fragile eggs faced with a solid wall called The System. To all appearances, we have no hope of winning. The wall is too high, too strong--and too cold. If we have any hope of victory at all, it will have to come from our believing in the utter uniqueness and irreplaceability of our own and others’ souls and from our believing in the warmth we gain by joining souls together.
Take a moment to think about this. Each of us possesses a tangible, living soul. The System has no such thing. We must not allow the System to exploit us. We must not allow the System to take on a life of its own. The System did not make us: we made the System. 
That is all I have to say to you.

I am grateful to have been awarded the Jerusalem Prize. I am grateful that my books are being read by people in many parts of the world. And I would like to express my gratitude to the readers in Israel. You are the biggest reason why I am here. And I hope we are sharing something, something very meaningful. And I am glad to have had the opportunity to speak to you here today. Thank you very much.
nnnnn〜.
The example of "an egg and the wall" is interesting. I think that Haruki's claim is near to Atsushi Sugita's opinion to insist that you should be conscious of "power made from the bottom". The system should protect us. However, it occasionally gets us out of order thoroughly.

And the system makes ends meet simply because we oneself supports it.

Thus, we oneself is aware of the fact if you change it and must change.

I think that he want to say so.
(...He does not say by this speech to there.www)


参考までに、村上春樹のイスラエル賞受賞スピーチ
日本語訳
http://www.47news.jp/47topics/e/93925.php

スピーチに対する新聞コラムの反応
http://www.47news.jp/47topics/e/93635.php

比較対象として出した杉田敦氏の簡単な説明
http://www.wasedajuku.com/wasemaga/good-professor/2005/09/post_85.html

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