考察

[ リスト | 詳細 ]

 イギーを飼いはじめました

記事検索
検索

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 前のページ | 次のページ ]

http://www.tokyovalley.com/yahoo_blog/article/article.php
Before a little, Haruki seems to have given an interesting speech
“Jerusalem Prize” Remarks

Good evening. I have come to Jerusalem today as a novelist, which is to say as a professional spinner of lies.
Of course, novelists are not the only ones who tell lies. Politicians do it, too, as we all know. Diplomats and generals tell their own kinds of lies on occasion, as do used car salesmen, butchers and builders. The lies of novelists differ from others, however, in that no one criticizes the novelist as immoral for telling lies. Indeed, the bigger and better his lies and the more ingeniously he creates them, the more he is likely to be praised by the public and the critics. Why should that be?

My answer would be this: namely, that by telling skilful lies--which is to say, by making up fictions that appear to be true--the novelist can bring a truth out to a new place and shine a new light on it. In most cases, it is virtually impossible to grasp a truth in its original form and depict it accurately. This is why we try to grab its tail by luring the truth from its hiding place, transferring it to a fictional location, and replacing it with a fictional form. In order to accomplish this, however, we first have to clarify where the truth-lies within us, within ourselves. This is an important qualification for making up good lies.

Today, however, I have no intention of lying. I will try to be as honest as I can. There are only a few days in the year when I do not engage in telling lies, and today happens to be one of them.
So let me tell you the truth. In Japan a fair number of people advised me not to come here to accept the Jerusalem Prize. Some even warned me they would instigate a boycott of my books if I came. The reason for this, of course, was the fierce fighting that was raging in Gaza. The U.N. reported that more than a thousand people had lost their lives in the blockaded city of Gaza, many of them unarmed citizens--children and old people.

Any number of times after receiving notice of the award, I asked myself whether traveling to Israel at a time like this and accepting a literary prize was the proper thing to do, whether this would create the impression that I supported one side in the conflict, that I endorsed the policies of a nation that chose to unleash its overwhelming military power. Neither, of course, do I wish to see my books subjected to a boycott.
Finally, however, after careful consideration, I made up my mind to come here. One reason for my decision was that all too many people advised me not to do it. Perhaps, like many other novelists, I tend to do the exact opposite of what I am told. If people are telling me-- and especially if they are warning me-- “Don’t go there,” “Don’t do that,” I tend to want to “go there” and “do that”. It’s in my nature, you might say, as a novelist. Novelists are a special breed. They cannot genuinely trust anything they have not seen with their own eyes or touched with their own hands.
And that is why I am here. I chose to come here rather than stay away. I chose to see for myself rather than not to see. I chose to speak to you rather than to say nothing.

Please do allow me to deliver a message, one very personal message. It is something that I always keep in mind while I am writing fiction. I have never gone so far as to write it on a piece of paper and paste it to the wall: rather, it is carved into the wall of my mind, and it goes something like this:

古いものは新しい!

何か新しいような知見は


未だ見ぬ世界に解があって

それを見つけるためにどんどんと手を広げていくことが正解に近づいているように思いがちだけれども


意外と身近なものや過去を振り返ったときに


実はスゴクぴったりな回答が転がっていたりする




それがすべてとはいわないが


実はそういうことが非常に多い



でも不思議なもので

その当時は本人もそれにまったく気がつかない

誰かにいわれるまでは。。。いや

あとで振り返るまでは。。。




話をもう少し一般化、っていうか大きくしてみる


昔に触れていたものを「再発見する」ということ

ルネサンスは、古代ギリシア・ローマを再発見するということで興った

現在のヨーロッパ統合も、古代ローマ帝国だけでなく、「キリスト教帝国」でもあった「暗黒時代」の中世の中にも補完性原理を見出している


古いものは、美しい

古いものは、役に立つ

古いものは、愉しい

そして

古いものは、新しい


これも人間の不思議なんだと思うw
http://www.tokyovalley.com/yahoo_blog/article/article.php
チャゲアス解散説に毎日動揺している村上です(挨拶)



以前に総働き家族―富山になぜか富がある。日経新聞の特集イエコノミーを取り上げたが、それを裏付けるような記事があったので思わず反応してみる。




以下記事引用
家計調査:富山市民の家計、豊かさ日本一 県都全国平均、大きく上回る /富山
1月9日16時2分配信 毎日新聞
 ◇消費支出、月35万7909円 勤労世帯実収入、月67万3192円−−07年
 県は、富山市の2007年の家計調査報告をまとめた。2人以上の世帯を全国の県庁所在地と比較すると、消費支出が2年ぶりに全国1位になったほか、実収入は2年連続で1位だった。食費では、魚介類への支出が全国トップクラスで、富山の食文化が家計にも密接に関係していることを示した。【茶谷亮】
 ◇総務省調査、県分析
 総務省が全国8535世帯に家計簿を記入してもらい、結果を集計。富山市内の対象は103世帯で、県が独自の分析を加えた。
 県の報告によると、生活費にあたる消費支出は、富山市の世帯が1カ月平均35万7909円、前年比実質3・0%減だったのに対し、全国平均は29万7782円、実質0・9%増だった。勤労者世帯の実収入は富山市が月67万3192円。全国平均の52万8762円を大きく上回った。可処分所得と黒字も2年連続全国1位だった。
 実収入などが上位だった理由について、県統計調査課は「市内では共働きや年金受給者が全国平均より多く、世帯ごとの収入を押し上げたため」と分析している。
 05〜07年の平均で、富山市の支出金額が全国上位、または下位だった主な項目は次の通り。
 ■上位
 1位=魚介の漬物(昆布締めなど)、ブリ、昆布、エビ、イカ、オレンジ、チョコレート菓子、コーヒー飲料、米購入量▽2位=カップめん、かまぼこ、ビール、ガソリン代、温泉・銭湯入浴料▽3位=酒類、乾うどん・そば、光熱・水道費、
 ■下位
 45位=鶏肉、マヨネーズ・ドレッシング▽46位=家賃地代、かつお節・削り節
1月9日朝刊
最終更新:1月9日16時2分


ん、ん〜♪


実収入などが上位だった理由について、県統計調査課は「市内では共働きや年金受給者が全国平均より多く、世帯ごとの収入を押し上げたため」と分析している。


ここは以前にも触れたとおり、富山は「総働き」家計であるからそうなんだろう。


どんな面でもプラスの面ばかりではなく、マイナスの面もあわせて持っている。

共働きが多ければ、家事にかける時間も少なくすることが求められるから、全自動などの便利系の家電が多く必要になり、結果的に収入は増えても支出も増える可能性がある。

また、家事は家族で分担することで、同居家族が増え、それが交流や負担軽減になる反面トラブルの元になったりする可能性もある。



しかしながら、今考えられるマイナス面は、より多くのメリットを享受することで問題なくなるケースの方が多いだろう。



要は、今は何に重点を置くかって事なんだろうなぁ。。http://www.tokyovalley.com/yahoo_blog/article/article.php
http://www.tokyovalley.com/yahoo_blog/article/article.php
やれやれ・・・・朝6時に起きてからこんな時間まで、なにも飲まず食わずで仕事をやりぬいて、ぐったりな村上です(挨拶)。

あ〜オレはやり抜いたよ。。。

疲れてギリギリまで就寝。五時半起床が限界かな?と思ってたらサッカーのせいで6時に起きて、慌てて用意。おかげで水一滴すらも飲む時間無し。


実はまだまだ終わらない、という説もあるがww(いい加減にしてくれ〜〜)


まぁそういうわけで、今から古の宮廷に没頭する。

いろいろクタクタだけど、この時間がオレを支えているぅぅぅ!!




さて、

ちょっとした偶然で、古い日経新聞の特集を読んでしまったが、面白い!

しかも富山だってぇ!?

富山出身の自分としては、考察せずにはいられないじゃあないか。
ウラ県民性は神奈川だけどねw)


富山になぜ富があるかって?ジョジョ。。逆に考えるんだ! むしろ富山には大した富はないって考えるんだ(笑



(2)総働き家族:富山になぜか富がある

「日本一豊かな家計」はどこにある? 北陸の、とある県に飛んだ――。
北緯三六度、東経一三七度。「日本の真ん中」に位置する富山市。平均から突出した統計が満載だ。
 ▼「平均月収」七十一万円=日本一▼「消費支出」四十万円=全国二位▼「こづかい月額」四万五千円=日本一▼「平均預金残高」五百六十九万円(富山県)=全国七位

【一家で「多財布」】
 東京でも大阪でもない北陸の地。女性の常用雇用率は全国一位の66%。全世帯の六割近くが共働きだ。日本では家計に占める世帯主収入の割合が82%だが、富山では62%。配偶者は他の世帯員の収入が大きい「多財布」家計だ。
 富山の女性はなぜ働くのか? 早速であった女性タクシー運転手に聞いてみた。「働くのが当たり前。家にいると『体が弱いのか』と思われそう」(堀田和子、37)。「子供はしゅうとめが見てくれるし、働けば旅行など楽しみも増える」(高橋小百合、44)
 「うちは三世代同居の典型的な富山家庭」と話す六十七歳の針山節子。「起床は朝五時半。家族六人分の朝食を作り、夕食の下ごしらえをする。二人の孫の保育所への送迎は“じじばば”の役目。顔見知りのじじばば仲間も大勢いる」
 針山は社会福祉法人の施設長。夫も自治会長などに忙しい。大人四人の総働きの針山家の世帯月収は百二十万円。息子夫妻から生活費は取らない。「若い人の給料は多くないし子供にお金がかかる。余ったら貯めればいい」。時間とお金をおおらかに融通する。
 富山でも針山家のような三世代同居が世帯の二割。富山出身の社会学者、上野千鶴子(58)は「皮肉にも日本型家族制度という昔ながらの伝統が、結果として女性の社会進出を支えている」とみる。古くから化学や金属加工などの産業が盛んだったことも情勢が働く風土を育てた。
 総働きは一朝一夕には出来ないが、それに道筋を付けるのが工夫。富山市は昨年「運転免許証を返納すれば二万円給付」という制度を始めた。対象は六十五歳以上。市が高齢者と若者の住まいの交換を仲介する。高齢者は車が必要な郊外の一軒家を出て中心市街地に引っ越し、空いた家は子育て世帯に貸す。所得に応じ月一万円の補助も出す。
 時間とお金、住まいを地域でくくり直す。一年で五百七人が免許を返上し、市街地の人口は四十年ぶりに増えた。自身も三世代家族に育った市長の森雅志は(54)は「子供以外はみな働くというのが富山の価値観。それを時代に合わせ、守るために行政が後押しする」。
 企業も歩調を合わせる。富山市のITコンサルティング、インテック。育児休業を法制化前から導入し「国が一年なら一年半、一年半になれば三年と、先んじてきた」(人事部の早川和夫)。託児所も置き、休業中の通信教育費も負担する。

【さよなら大黒柱】
 「家計力」は好循環を生む。農業の古井シズエ(57)は貯めた四十万円の小遣いを元手にアップルパイ製造販売を始めた。自ら育てた富山産リンゴのパイは評判を呼び、行列のできる店に。「夫にいちいちお伺いを立ててこづかいを貰うほど嫌なことはない」
 看護師の惣万佳代子(55)は退職金一千万円をつぎ込み、仲間と十四年前にデイケアハウスを立ち上げた。下はゼロ歳、上は九十八歳。障害者も共に過ごす。「一つ屋根の下に多世代、色々な個性の人が暮らすのが日本の文化」。この疑似大家蕨は富山型の特区として各地に広がっている。
 政府はこの四月、二十五―四十四歳の既婚女性の就業率を57%から71%に上げる構想を打ち出した。高齢者の就業率も十数ポイント引き上げるという。大家族に戻るのは難しい。その代わりに家や会社や地域でチーム力を引き出す仕組みを整える。それを促す政策にもっと知恵と工夫が要る。
 日本は人口減を越え成長するため、働き、稼ぎ、消費する家計力を高めなければならない。小を束ねて大となす、総働き型のイエコノミーは強靱(きょうじん)だ。
日経新聞 2007年5月4日 ―イエコノミー取材班―


要は富山の女性は働き者であり、その(近代的な)女性の社会進出を支えているのが、皮肉にも昔ながら(前近代的な)の大家族制度である、と。

大家族で、それぞれが上手く役割を分担しているから、それぞれ働きに出ることが「可」能。

そして、それぞれが収入を得るため、それぞれが旅行など愉しみに使える。また、家事などの負担も分散化される。

結果、突出した大黒柱は不要、家族内での発言力も平坦化、経済的にも活性化し、なによりこうした「家庭」は社会の変化に強く、しぶとく生き残ることができる。



共働き? いやいや、これからは総働きだよw



って、少し素敵かもしれない(ウットリ)


自分自身の経験からいっても、身の回りで、勤めに出てない所謂「専業主婦」は、まず見かけなかった。

いたとしても、失職・転職・出産・育児などの一時的なものであったりして、すぐに勤めに出ていた。

・・・確かに、働いてない奥さんがいたら、「あの人は怠け者だ」的な風潮はあった(苦笑


家の祖父は、たまに土方の仕事をやっていたし、祖母だって、農業関係の栽培の手伝いや、箱詰めの手伝いなどで小銭を稼いでいた。

今考えてみても、年金だけでなく、そういった収入を孫(俺たち兄妹)の小遣いにしたり趣味に使ったり、幸せそうな感じだったかも知れない。


大黒柱不在でも問題なし、というのも頷ける。


両親とも中卒だった関係でか(?)、自分の実家の世帯収入は周辺から見ても凄く低く、今の自分の年収と同程度だったようにも思う。

両親と祖父母の収入を合計して、「同じ」という意味である。


しかしながら、それくらい家族収入低くても、ある程度幸せな生活は普通に送れていたように思う(周りから較べて、ゲーム類や小遣いは少なかったけどね汗)

というのも、家族間で家事負担は軽減されているし、農業収入は低くても米自体は大量にあるため、実質的に食費を大幅に抑えることが出来たからでもある。

東京では考えられないような生活。

富山になぜ富があるように見えるのかは、制度(システム)の強さともいえるかも知れない。



面白いのが、最初らへんで述べたように、

通常の学術的な世界では「前近代的」とも「私的領域」とも喝破される、大家族制度が、むしろ近代的な、つまり男女同権的な「女性の社会進出」を支えているという所だろうか。


どうでもいいが、こういった実効性を伴った慣習化というか、日常化の方が、女性の社会進出や男女同権を推進していくんだと思われる。

国政レベルなどでは、憲法の条文にどんな文言を盛るかで、男女同権が達成されるような錯覚に陥ることもあるが
当然そんな条文フェティシズムに陥っていたのでは、なにも達成できなくなるし、目的が条文の文言死守になってしまう。


と、それはいいとして

三世代家族などで上手く家事を分担すれば、負担はある程度平均化される。

考えてみれば当たり前のことだが、とても核家族や、独り暮らしでは無理な相談だ。時間もかかるしお金もかかる。(・・・その代わり気楽さはあるだろうけど)



こういった議論は、親密圏→公共性の議論とも似ている。


通常は、私的領域と考えられていた親密圏だが、寧ろそういった所で、人と話す作法であるとかある種の社会性を身につけることで、公的な議論や公共圏を支える下地になっている、という議論である。


こういった話は、それまでの議論の発想の転換を図る試みで非常に面白い。


とりあえず、やはり故郷はいい。ツイてる。。。ってことでw

http://www.tokyovalley.com/yahoo_blog/article/article.php
休日は神楽坂をぷらぷら。
懐かしの白銀公園でベッカーのプチパンを食べつつ読書。

・・・・ふと、元気に遊びまわっている子供たちに気づいて思ったのだが、
なんとなく田舎の子供に比べて都心の子供の方が外で遊ぶ機会が多いような気がする。

少なくとも自分の実家近辺や富山市の子供たちよりは遊んでいると思う。
田舎の子供はあまり外に出なくなっているから、外歩いててもあまり見かけない。

対比でいえば
東京の郊外と較べてもそんな感じがする。(※郊外のマンション近辺の公園との比較)

都心といっても地域差もあるだろうし、
その辺をリサーチした文章とかあれば面白そうだ。

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
びやん
びやん
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

過去の記事一覧

検索 検索

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事