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千葉の熊谷市長が自身のツイッターで、「障害者表記を、障がい者へ変更することに反対」するツイートが話題になっているそうです。
市長の持論では、「『障害者』とは『社会の障害』でも『身体に障害を持つ者』でも無く、『社会との関わりの中で障害に直面している者』という意味であり、私たちはその障害を一つひとつ解消していくことが求められている、と理解しています」
「その考えから、私は『障害』を『障がい』と置き換えることには反対です。『障害』という言葉が引っかかるからこそ、それを社会的に解消しなければならないわけで、表現をソフトにすることは決してバリアフリー社会の実現に資するものではありません」 ということらしいです。
「害」という漢字の意味合いが、「災害」「害悪」など否定的なイメージがあるため、これまで表記の見直しを求める声は当事者らから根強くあったそうですが、私としては、そもそも「障害」という表記自体に問題があると思います。
市長は、社会との関わりで障害を受けている者として、あくまでも社会的な捉え方として「障害」表記を変えるべきではないと主張されておりますが、障害者という表現自体が存在する限り、社会にある障害環境と見ることも、個人の障害と見ることも可能なわけで、表記を変えたところで、当事者への偏見やバリアフリー対策が進むかどうかと考えると、私の考えは否です。
市長の主張が間違っているという意味ではなく、むしろ障害を持つ当事者にとって、生活環境の改善や差別的な見方を改善しようという方向へ意識が向かう事には賛成ですが、表記を変えるだけで問題が解決へ進むかどうかは疑問ですし、「害」という漢字のイメージが変わるとは思いません。
他にどのように表記するか具体的には私も思いつきませんが、表記云々よりも、実際に自治体や県、国がどのような対策を行うか、当事者がどういったことを望み、改善して欲しいか意見を汲み取り、実際に行動・改善していくことが最も重要と考えます。
絶対数が少ない、弱い立場の者が声を上げても、大多数の国民が不自由を感じていない現状では、弱者の声は届きません。
国や県、自治体の担当者は、世界的な対策や取り組みがどのように行われ実施されているかをもっと勉強して頂きたい。
東京都知事の公費私用が取りざたされましたが、オリンピックを控えた現在、障がい者対策としての教育や視察へ公費を充てるならば、バリアフリー取り組み先進国としても全世界へアピールできるのではと思います。
当事者としての私の立場からの意見でした。
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