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私が初めて宗教と向かい合ったのは、母の死がきっかけでした。
それまで実家の宗派が何なのかも知らず、宗教そのものに関心がありませんでした。
母の宗派は神道、父の宗派は法華宗。
葬儀は嫁ぎ先の法華宗法式で行いました。
そのとき初めて「日蓮」というお方とご縁ができました。
一時は法華宗一辺倒で、他の宗教や宗派のことは眼中にありませんでしたが、いまでは一通り書籍を読んだり、聖書や原始仏教経典、その他多くのことに触れています。
かつて日本は檀家制度があり、寺が戸籍を管理する役割を持っていたため、他の地へ引っ越すと、そこの戸籍を管理する寺の宗派に強制的に信仰を変えられたりしたそうです。
また幕府が信仰を禁止し迫害を加えた宗教弾圧もありました。
明治になり西欧へ追いつこうと天皇を頂点に議会制度を推し進め、軍事力強化を図り、国家体制を西洋化へ強引に進めました。
神道を国教とし、仏教排除に走り、近代日本史の汚点である廃仏毀釈を行いました。
多くの寺院が壊され、僧侶は還俗させられ、貴重な仏教美術品は破棄されたり二束三文のような価格で買い漁られ海外へ流出しました。
すぐに宗教自由が認められましたが後の祭り。
私と同郷の大先輩になる薩摩出身、明治政府の政治家が幕末・維新で勢いそのままに国造りを行いましたが、残念な点が廃仏毀釈の愚行でした。
鹿児島は歴史のある街ですが、あまりにも徹底的な廃仏毀釈のせいで、歴史的な建造物が少なく、特に無残なことに時代のある建物の存在する寺院は皆無に等しいです。
歴代薩摩藩主の菩提寺まで徹底して破壊しましたから。
幕末までは、南九州最大の寺院や他国の寺院に引けをとらない大寺院がいくつも存在したのです。
宗教は政治と絡むとろくなことになりません。
個々が信心深く信仰している分にはいいのですが、政治に口出ししたり、他宗を非難したりすると必ず争いになり最悪血が流れます。
ISなどは極端な例ですが、敬虔なムスリムは本当に迷惑でしょう。
イスラームは偶像崇拝を禁止していますが、世界的遺産である宗教遺物を破壊しろとは教えていません。
世界各地でテロを行っていますが、洗脳され、自分の行いに疑いを持たない彼らにとっては、信仰の意味は全くないに等しいです。
日本にもかつてはオ●ムというキチガイ団体がありましたが、未だにその信者が集まってコソコソやっているのには呆れて言葉もありません。
話が長くなりましたが、そんなバカ集団に興味はないのです。
日蓮というお方について書きたかったのですが、大幅に脱線致しました。
私は日蓮という一宗教家の生きざまに大変な魅力を感じています。
なんちゃら学会のせいで日蓮嫌いの方もいると思いますが、日蓮聖人のように自分の命も惜しまず、ただひたすら自分の信じる教えに従って生き抜いた生命力・行動力は、弘法大師にも匹敵すると私は思っています。
自分の身に置き換えて考えたとき、自分の信仰が正しいと命も惜しまず布教できるかと問われたら、私にはとても出来ることではありません。
弱い人間ほど自分の保身を真っ先に考えてしまいますが、やっぱり私は弱い人間であり凡夫です。
子供の時、テレビで正義の味方、ヒーローに憧れて、自分もそんなに強くなりたいと思ったりしますが、私にとって日蓮というお方は人間としての憧れでもありヒーローなのです。
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