悠々美術館通信

野球王国和歌山を復活させましょう。ツイッター「風の譜」フォーローよろしく

全体表示

[ リスト ]

柳川vs智弁和歌山 2000

イメージ 1
 
2000年夏、第82回大会準々決勝の柳川(福岡)戦。智弁和歌山は、完全な負けゲームを一気にひっくり返した。八回表で264点をリードされたが、この回裏、2本塁打で同点にすると、延長十一回にはサヨナラ安打で息詰まる熱戦を制した。勢いに乗った智弁和歌山は、準決勝で光星学院(青森)、決勝で東海大浦安(千葉)を破り、2度目の夏の優勝に輝いた。1大会6試合でチーム安打100本、本塁打11本は今でも大会記録。「強打の智弁和歌山」の時代を象徴する大会になった。
 
 延長十一回2死一、二塁。後藤仁(35)=和歌山市=が放った打球がカクテル光線で照らされた右翼線に落ちた。二塁走者が三塁を回り、本塁へ突っ込む。ボールは外野から返ってこない。ベンチから智弁和歌山の選手が一斉に飛び出す。劇的なサヨナラ勝ちだった。
 後藤は「次につなごうとか余計なことは全く考えていなかった。ただ初球を振ることだけだった」。打った瞬間は覚えていないが、外角の直球に自然と手が出た。打球は一塁手の右斜め上に飛び、「抜ける」と感じた。走者が生還するところは見ていない。必死に走った。「歓声と(生還する)タイミングで勝ちを実感した」と振り返る。
 「試合後のお立ち台では、『諦めていなかった』と言ったが、本当は諦めていた。完全な負け試合だった」と後藤。二回と五回に3点ずつ奪われ、八回表が終わった時点で4点差。大会屈指の右腕、柳川のエース香月良太(元巨人)を打ち崩せなかった。後藤はスパイクシューズの袋を探し、砂を持ち帰る準備をしていたという。
 八回の攻撃が始まる前、高嶋仁監督は選手に言った。「こんな負け試合でナイターにもなってお客さんが帰らないのは分かるか。智弁の打線を見たいから残っているのや。勝負はもういい。放り込んでいいとこ見せてやれ」。八回1死。3番武内晋一の右翼スタンドへの豪快な一発で3点差。反撃ムードに火がついた。
 4番池辺啓二、5番後藤が出て1死一、二塁で打席には山野純平。2球目の変化球が高めに浮き、それを振り抜き、同点となる3点本塁打が左翼席に吸い込まれた。
 高嶋監督は、「(スタンドの観客が)『入れ、入れ』と叫ぶ声が聞こえた。お客さんが後押ししてくれて入ったようなもの」と振り返る。智弁和歌山はこの春の選抜大会から八回に流れが来ることがあった。「チームで『ミラクル8』は浸透していた。選手全員がそれを信じていた」と後藤。
 後藤は現在、医療機器会社で働き、県内や大阪府内の病院などを回っている。研修医らに、「中学生の時アルプス席で見ていました」などと、エレベーターで声をかけられることもあったという。いつも話題に出してくれるのは柳川戦の話。「この試合は今でも自分の中に生きている」

この記事に

閉じる コメント(0)

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

開く トラックバック(0)


.


みんなの更新記事