|
ここ数年のマスコミの報道や政府の動きをみていると、二酸化炭素排出による地球温暖化には、何やら意図的な情報操作という胡散臭さを感じる。このブログでも、何度かこの問題についての関連記事を掲載している。排出権取引の市場化の裏に隠れた危険、温暖化を理由に原子力を推進しようとする危険など、人間の金銭欲、物質欲にからんだ裏工作ではないかと思えるほど、いい加減な屁理屈でこうした事業を推進している。一歩間違って大変な事故や問題が生じれば、取り返しのつないない深刻な事態を招くにもかかわらず。
http://blogs.yahoo.co.jp/manabutakamisawa/1212777.html
http://blogs.yahoo.co.jp/manabutakamisawa/1304990.html
http://blogs.yahoo.co.jp/manabutakamisawa/1304998.html
そこでまず、地球は温暖化しているのか否かという問題を考えてみよう。確かに、昔に比べれば降雪量も減り、生活している上でも全体的に気温が上昇していることは確かだ。世界各地で氷河が減少しているのも事実だろう。しかし、実は30年ほど前は、地球は温暖化よりも寒冷化に対する危機の方が、一般的な見解であったのだ。この危機意識が、寒冷化から温暖化へ180度転換した背景には、いったいどのような科学的論理展開があったのだろうか?
これをよく調べてみてもその理由がはっきりしない。数年間の短期的な現象の傾向によって、コロコロと説が変わるようでは、科学とはいえない。科学者には、後追いでも良いから、その原因を追究して、納得のいく理論を聞かせて欲しいものだ。温暖化、寒冷化の結論は、数年単位のレベルで判断できる問題ではないと思う。
どちらに向かうにせよ、地球そのものが浄化作用として、暖かくなったり、寒くなったり、あるいはいろいろな自然現象が生じ、そのうちに安定していくわけだ。人間が病気になると熱を出して、体内のウイルスや細菌をやっつけて、そのうちに回復するのと同じである。だから、温暖化や寒冷化といっても、大きく騒ぐほどのものではないと思っている。
次に、仮に地球が温暖化しているとして、その原因が二酸化炭素の排出によるかどうかということ。これも二酸化炭素のほかに、太陽の黒点の動きや地球の地軸の傾きなど、諸説があって、どれも決定的とはいえない。いろいろな要素が複合されているのかもしれない。そうなると、それを解明するのは容易ではない。二酸化炭素が原因の一つだとしても、IPCCの試算を基に温暖化への影響度を見ると、それほど大きいものでないことは、武田邦彦氏の『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』を読んでみるとよく分かる。
二酸化炭素の増加については、実は逆に地球が温暖化したから二酸化炭素が増えたとも考えられる。気温の上昇によって海面が温められ、海水に溶け込んでいた二酸化炭素が大気中に放出された。炭酸水を温めると、そこに溶け込んでいる炭酸ガス(二酸化炭素)が泡となって抜けてしまうのと同じ原理だ。これもまた一つの仮説だが。
では、大気中の二酸化炭素が増えるとどうなるか。炭素は有機質を構成する重要な原子である。大気や地中にある炭素が水と太陽光によって合成されることで、植物が育っていく。石油や天然ガスは、過去地球に存在していた微生物が長い年月の高温高圧によってできたものだという説が有力であるし、石炭も昔の植物が変化したものだということで、いずれも地表面に存在していた有機物であった分けだ。
こう考えると、大気中に放出された二酸化炭素は、また植物や動物の身体を構成する有機物として還元されるのではないのだろうか。もちろん、地球の緑が増えるか否かは、人間が自然に合わせた生活を営むかどうかにかかってくるだろう。
だからといって、化石燃料の使用拡大による二酸化炭素排出を肯定するつもりはない。環境限界を超えた二酸化炭素排出は他にもさまざまな弊害が生じるし、二酸化炭素以外にも多くの問題が生じるからだ。
|