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去年のちょうどきのう、
わたしの母は死にました。
母の一周忌は、身内だけでひっそり厳かに行われました。
自宅に呼んだ坊さんは、弟の同級生。
大谷大学出られて、父のお寺を継いでます。
毎日修行の他に、徳をつむために学問もされてるようです。
わたし、このお坊さん大好きなんですね。
弟の幼なじみで小さい頃から知ってるのもありますが、お経のあとのおはなしを聴くのが好きなんです。
密かに楽しみにしてます。
彼があと30年40年・・・、、、ずっとこの経験をつんだいったなら
どんな人徳者になるのでせおう。。。
本当に仏様ですよね。
わたし小さい頃、彼のお父さんのおはなし聴くために毎週日曜学校に通ってました。
わたしたちは生まれてから死に向かって生きてます。
生きることは【生】のみにとらわれがちですが
仏教の教えでは、生まれて、生きて、死んでく
この一連の過程をまとめて【生】とするそうです。
つまり、死を生きるのです。
そして、いのちは「わたしの」ものではないそうです。
わたしのいのち、じゃなくて。
時代を超えて、引き継がれてきたもの。
そして引き継いでゆくもの。
わたしだけのものじゃない。
・・・そんな話でした。
まだ記憶が新しいうちにメモしとこうとブログに書いてみました。
なかなか死を生きることを受け入れる境地には、、、
わたしはまだまだ未熟者で・・・
今回自分が母になって、そして母の死を通して
いずれ自分の死に対しても
まっすぐ対峙できるように
生きてる今を大事に
自分の死生観なるものを考えていきたいと思います。
おしまい。
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