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馬鹿は煙と高いところが好き
蒸気機関車と俯瞰好きです。鉄道俯瞰写真と海外蒸機を中心にアップのつもりが、最近は保存車輌巡りばかり…
夜の仕事明け、今年開業した川崎駅北口自由通路のそばじで飲み鉄。
初めて入りましたが、トレインビューをしつつ、そばを食べられます。
朝そばのセットを頼んで、生ビールも頼んで…ちょうど185系踊り子が来た!
準備してなかったので、中途半端な写真ですが。
そばはちょっとコシのある、好みのそばでした。
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さらに調子に乗って朝から日本酒も頼んでしまいました。
福井の梵の純米大吟醸。
梵は好きな銘柄で…朝から至福の時です。
これから乗って帰る京浜東北線を見つつ。
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朝酒はうまいですねぇ。
川崎駅周辺は朝から美味しい日本酒を飲める店がなくて…
これは夜の仕事明けのクセになりそうです。
あとはおつまみがあるとうれしいんだけどなぁ。

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先日は東京ドームに日米野球第1戦を見に行ってきました。
結果は柳田の逆転サヨナラ本塁打で勝利!
球場の盛り上がりは最高でした。
ただMLBの来日メンバーについては…ちょっとさみしい顔ぶれでした。
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今回は超大物が来日していた頃の日米野球を振り返ってみます。
日米野球は毎回観戦しましたが、写真を撮ったのは1998年だけでした。
1998年の試合前の練習シーンから、まずは豪華先発陣です。
この年の先発最大のビッグネームは中央カート・シリング(通算216勝)。
右リック・ヘリング(最多勝)、左ブレット・トムコ(通算100勝)。
この辺りも2018年であればビッグネームと言えます。
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1998年、先発陣以上に豪華だったのは救援陣でした。
左はトレバー・ホフマン、通算601S!
AC/DCのHells Bellsの入場曲が大好きでした。
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左ビリー・ワグナー(通算422S)、右ケビン・ミルウッド(通算169勝)。
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左トム・ゴードン(この年46Sでセーブ王)。
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バッターは何と言ってもこの人!サミー・ソーサ!
1998年は66本塁打でマグワイアとの最多本塁打記録争いは盛り上がりました。
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左ソーサと右ノマー・ガルシアパーラ(新人王、首位打者2回)。
本当にこの頃はMLBオールスターと言えるほどの豪華メンバーでした。
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そして次に写真を撮ったのは2014年。
この年は2006年以来、8年ぶりの日米野球でした。
しかしそれまでに比べるとメンバーはだいぶ小粒になっていました。
先発はクリス・カプアーノ。
過去に18勝した年はあるものの、この年はわずか3勝…
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この年の目玉はアルトゥーベ!
168cmの小兵ながら、首位打者に盗塁王、2017年にはMVPも取りました。
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この年首位打者のジャスティン・モルノー。
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その後伸び悩んでいますが、強肩の若手外野手ヤシエル・プイグ。
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そして2018年。
先発には今年2桁勝った投手はいなく、目立ったクローザーもいない…
捕手のヤディエル・モリーナがビッグネームですが、
日本中誰もが知っている大物…とはいきませんね。
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若手野手は新人王候補の中央ソトや右アクーニャJr.がいますが…
現時点では大物とまでは言えませんね。
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MLBの年俸が上がりすぎて、日米野球で大物がケガしては…
というのは分からないでもないですが、それにしてもさみしい。
 
2018年のMLBメンバーであれば、
日本側は全勝するぐらいのつもりでいってほしいです。
と言っても日本側も超大物が勢ぞろいではありませんがね。

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箱根登山鉄道でもナンバーワンとも言える名所の早川橋梁です。
この時は11月初めでまだ紅葉の季節ではなかったですが。
 
目的としていた旧型電車がやってきました。
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1991年11月3日 箱根登山鉄道出山信号場〜塔ノ沢 モハ110+107
 
先頭のモハ103は今なお現役です。
もう先が見えてしまったのが残念ですが…
旧型車が引退する前、紅葉の季節に箱根に行きたいなぁ。
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1991年11月3日 箱根登山鉄道塔ノ沢〜出山信号場 モハ103
 
今はこの場所は一般人立ち入り禁止になっているようですね。

撮影料を取ってでも正々堂々と撮影できるようにしてくれればいいのに…と思います。

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子供たちを連れて、天城山に登ってきました。
往復はもちろん伊東線。
東急ステンレスの中古なのはイマイチですが…
東急グループだし仕方ないですかね…
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2018年11月3日 伊東線伊東駅 伊豆急

今回の天城山はガスガスで展望0でした。
残念無念…
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下山して伊東駅にバスで戻りました。
伊東駅は昔ながらの駅舎なのがいいですね。
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2018年11月3日 伊東線伊東駅

伊東の海に出ると、海の向こうに丹沢の山並みがよく見えます。
行くなら丹沢だったかなぁ。
とにもかくにも温泉には入っておきました。
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夜ご飯は地魚の握りを。
美味しかったけど、観光地だしちょっと高かったかな…
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そして帰りの伊東線で飲み鉄を…!
由比のお酒、正雪です。
サッパリしていますが、香りよく、よいお酒でした。
子供たちはふってふってゼリーが大好き。
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熱海からの帰りの東海道本線は横浜行き…
川崎駅ホームの拡幅工事で全列車が横浜で打ち切りでした。
必要なのでしょうが、利用客としては乗換えを強いられて迷惑な話でした…
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2018年11月3日 東海道本線熱海駅

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自宅からチャリで成田探索に行った時の話です。
近くに住んでいたにも関わらず成田線の113系を撮ったのはこの1回きり…。
当時は113系に何の価値も感じず、たまたま来たから撮っただけでした。
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1990年11月 成田線成田〜下総松崎 113系
 
 
この時のメインは113系ではなく、成宗電軌の廃線跡サイクリングでした。
成宗電軌とは成田山と宗吾霊堂を結ぶ路面電車でした。
1910年開業で1944年廃止の短命な路線でした。
戦中に廃止になった路線ですが、現在もトンネルが残っています。
 
まずは成田駅に近い第2トンネル。
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1990年11月 成宗電軌跡京成電車前〜幼稚園下
 
続いて第1トンネル。
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1990年11月 成宗電軌跡幼稚園下〜不動尊
 
成宗電軌は戦中に廃止になった路線にもかかわらず、
ほぼ往時のままと思われるレンガ造りのトンネルが2つ残っていました。
今でも廃線跡は電車道の名で残り、トンネルも変わらずに残っているようです。

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かつては貨物線が入り乱れて走り、魔境とも呼ばれた葛生。
今も採石場が操業していて、おそらく昔と同じように埃っぽいです。
しかし貨物列車はダンプに代わられて、貨物線はなくなってしまいました。
今回は貨物列車が活躍した時代の遺物を見に葛生に行ってきました。
 
まずは日鉄鉱業羽鶴線跡にポツンと残る、2両の東武の貨車です。
常盤駅跡の工場内に車輪がついた状態で並んでいます。
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2018年10月29日 日鉄鉱業羽鶴線常盤駅跡 ワラ1形?
 
倉庫になった貨車と言えば、普通はダルマさんだから、
車輪がついているのは珍しいです。
東武のライトグリーンの塗色が残っているのも泣けてきます。
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2018年10月29日 日鉄鉱業羽鶴線常盤駅跡 ワラ1形?
 
東武鉄道と宇都宮富士重工昭和41年の銘版。
Wikiによると、東武のワラ1形は1964-66年に富士重工で120両製造…
とあるから、この貨車もワラ1形でいいんですよね?
車番が分かる人がいればお教えいただければ…。
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2018年10月29日 日鉄鉱業羽鶴線常盤駅跡 ワラ1形?
 
 
さて日鉄鉱業羽鶴線は1986年に廃線となりましたが。
線路跡は草むらや畑になりながらも、今も追うことができます。
「あぶない 線路に入ってはいけません」
もう線路はないよ…
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2018年10月29日 日鉄鉱業羽鶴線跡上白石〜常盤
 
 
葛生名物?嘉多山公園の東武30号機も見に行きました。
1914年ベイヤー・ピーコック製造の2Bテンダー。
格好いいのですが、相変わらず砂埃にまみれています。
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2018年10月29日 嘉多山公園 東武30号機
 
昼休みの短時間なので、これで今回の葛生訪問は終了です。

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日が短くなってきて、仕事帰りの時間は真っ暗な季節になってきました。
同じ時間の電車に乗っているのに何となく物悲しい気分になります。

さて今日の飲み鉄は水戸のお酒、一品 純米吟醸 短稈渡船です。
生酒で口に含んだ時の香りがよかったです。
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今日の昼休みは1年ぶりに葛生に行ってみました。
貨物線はなくなりましたが、それでも石灰石などの工場は操業していて、
町全体が埃っぽく、そして独特なムードでした。
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先日はオレンジバーミリオンの秩父鉄道1000系を取り上げました。
今回はチョコバナナ色の旧塗色だったころの1000系です。
と言っても1000系はちょっと写っているだけですが…
 
夕暮れ時の大麻生駅。
1000系が到着し、ベンチに座っていたおばちゃんが乗る準備をしています。
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1993年10月11日 秩父鉄道大麻生駅 1000系
 

少し昔の、ちょっと懐かしい夕暮れの風景でした。

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鉄ネタばかりを取り上げるブログですが、今回は野球ネタで鉄分0です。
 
1988年10月19日、近鉄対ロッテダブルヘッダーから30年が経ちました。
9月になっても首位西武から大きく離された2位近鉄バファローズ。
しかし驚異の追い上げで最後の対ロッテダブルヘッダーを連勝すれば、
奇跡の逆転優勝というところまできます。
この日ばかりはふだんは閑古鳥の川崎球場が超満員、TVも緊急生中継。
パリーグの最も熱く、そして1番長かった日と言われています。
 
ダブルヘッダー初戦、9回奇跡的な勝ち越しで夢を第2戦につなぎます。
そして迎えたダブルヘッダー第2戦。
ブライアントがホームランを打つ、しかしエース阿波野が力尽きる…
異常な熱気に包まれた試合は、延長10回へ…
結局時間切れ引き分けで、近鉄は負けることなく優勝を逃しました。
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自分はこの日の試合に魅了されてすっかり近鉄ファンになりました。
その後は強い時も弱い時も、日々の生活が野球を中心に回っていました。
しかし2004年、近鉄バファローズは消滅。
自分も野球狂からただの野球ファンとなってしまいました。
 
前置きが長くなりましたが、
職場近くの川崎球場で10・19から30周年イベントがあるので行きました。
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その前に取り壊される前の川崎球場の風景から。
ただ自分は実際に川崎球場で野球をみたことはありません。
また野球場としての姿を見に行ったのはたった1回。
2000年に川崎球場の閉鎖が決まってからのことでした。
外野席入場券売場。わずかに球場内の観客席も見えます。
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2000年2月9日 川崎球場
 
川崎球場の外壁と照明。
川崎球場の「球」の文字の点が、ボール型なのが泣けます。
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2000年2月9日 川崎球場
 
 
そして30年目の朝。
職権で(?)某所から現在の川崎球場を俯瞰しました。
野球のスタンドは撤去され、グラウンドの形もアメフト用の長方形です。
左がホーム側、右には外野フェンスが残っています。
また当時の照明塔が現在も使用されています。
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2018年10月19日 川崎球場
 
10.19から30年、スタジアムツアーに参加しました。
ガイド付きで川崎球場を見学します。
まずは阿波野と高沢が迎えてくれましたw
後ろの照明塔は1954年に立てられたものです。
川崎市の予算不足で新しいものに替わらずにいましたが、
耐震問題で近いうちに建て替えられてしまうとの話も…
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2018年10月19日 川崎球場
 
グラウンドに入ります。
あ、背番号59、青柳だw(ガイドの手伝いをしてくれたバイトさんです…)
球場は現在はアメフトなどで使用されています。
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2018年10月19日 川崎球場
 
ライトスタンドの向こうには知る人ぞ知る「ハウスプラザ角倉」。
10・19当日は、場内に入れなかった客が、
この建物の屋上や非常階段から観戦していました。
今では考えられませんね…おおらかな時代でした。
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2018年10月19日 川崎球場
 
ライトフェンスには川崎球場当時の広告がうっすらと残って見えます。
「TOSHIBA」の字体が懐かしいです。
川崎球場は非常に狭い球場なので、その分外野フェンスは高くしてました。
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2018年10月19日 川崎球場
 
貴賓席から見た川崎球場。
外野スタンドの向こう側には照明塔が立っています。
1960年の大洋の優勝を知っている近所のおじいちゃんも来てました。
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2018年10月19日 川崎球場
 
 
本当は川崎球場名物肉うどん食べたり、夜の座談会も覗きたかったですが、
夜の仕事明けで眠かったのでスタジアムツアーだけで撤収しました。
 
このツアーは富士通スタジアム川崎の支配人さんに案内していただきました。

どうもありがとうございました。

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ペットボトル入りの日本酒、岡山県真庭市の御前酒です。
最近、日本酒をペットボトルに入れて売る動きがあるようです。
ビンに比べて、ペットボトルでも保存での品質が落ちることはなく、
廉価にできるという話を聞きましたが、どうでしょうか?
個人的には山に持って行くには軽くて便利そうだなと、思っています。
お酒の味は純米酒らしく米の旨味がしっかり感じられてよかったです。
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今回の飲み鉄は10・19のYouTubeを見ながらでした。
今年は伝説の川崎球場近鉄対ロッテダブルヘッダー「10・19」からちょうど30年。
阿波野が投げ、ブライアントが打つ!それでも勝てない…優勝できない…
当日はテレビで見て、その後もビデオで何度も見ましたが、
結果を知っているのに、それでも今でもなお目頭が熱くなります。
この日をキッカケに野球キチガイになりましたが、ずいぶん昔の話になりました。
あの日以来、あれ以上の感動を野球で味わったことはありません。
川崎球場は職場から近いし、10・19当日には現地に行って昔を偲ぼうかと思っています。

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