|
先日、久しぶりに映画を見に行きました。
インド映画「パジュランギおじさんと、小さな迷子」です。
印パ国境のインド側で迷子になってしまった6歳のパキスタン人の女の子。
ウソをつけないヒーロー、パジュランギおじさんが国境の壁を乗り越えて、
苦心の末にパキスタンの親元に送り届けるというお話です。
インド映画と言えば、歌って踊って、ラブストーリーもアクションもあり…
なんでもありのごった煮のような映画が一般的です。
この映画はさらに政治問題、宗教問題まで絡めたスケールの大きな映画でした。
なんで鉄ブログにこんな話を出したかと言えば、
印パ国境の列車で女の子が迷子になるシーンが鉄的に琴線に触れたからです。
もちろん映画では実際の国際列車を撮ってはいないでしょうが、
それでもインド鉄道の旅の雰囲気を楽しむことができました。
印パを結ぶのはサムジャウタ急行。
印パ国境を越える列車は印パの緊張が高まると運行を取りやめます。
映画の舞台になった印パ国境のWagahは1999年に越えたことがあります。
当時は国際列車が運行しておらず、鉄道ではなくバスで国境近くまで行き、
あとは徒歩で国境を越えました。
Wagahの国境。
こっちはパキスタン、向こうはインドです。
印パ国境で開かれているのは唯一ここだけです。
いや〜それにしてもこの映画は面白かったです。
これまでに見た映画の中でも3本の指に入りました。
そして久しぶりに本当に旅に出たい気分になりました。
影響を受けて、後日川崎のヒマラヤでカレーを食べちゃいました。
(ヒマラヤはネパール・インド料理のお店ですが)
いつの日か印パの紛争が落ち着き、平和に旅をできるといいのですが…
宗教が絡むとどうにも難しいのでしょうね…
|
日記
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
|
先日は東京ドームに日米野球第1戦を見に行ってきました。
結果は柳田の逆転サヨナラ本塁打で勝利!
球場の盛り上がりは最高でした。
ただMLBの来日メンバーについては…ちょっとさみしい顔ぶれでした。
今回は超大物が来日していた頃の日米野球を振り返ってみます。
日米野球は毎回観戦しましたが、写真を撮ったのは1998年だけでした。
1998年の試合前の練習シーンから、まずは豪華先発陣です。
この年の先発最大のビッグネームは中央カート・シリング(通算216勝)。
右リック・ヘリング(最多勝)、左ブレット・トムコ(通算100勝)。
この辺りも2018年であればビッグネームと言えます。
1998年、先発陣以上に豪華だったのは救援陣でした。
左はトレバー・ホフマン、通算601S!
AC/DCのHells Bellsの入場曲が大好きでした。
左ビリー・ワグナー(通算422S)、右ケビン・ミルウッド(通算169勝)。
左トム・ゴードン(この年46Sでセーブ王)。
バッターは何と言ってもこの人!サミー・ソーサ!
1998年は66本塁打でマグワイアとの最多本塁打記録争いは盛り上がりました。
左ソーサと右ノマー・ガルシアパーラ(新人王、首位打者2回)。
本当にこの頃はMLBオールスターと言えるほどの豪華メンバーでした。
そして次に写真を撮ったのは2014年。
この年は2006年以来、8年ぶりの日米野球でした。
しかしそれまでに比べるとメンバーはだいぶ小粒になっていました。
先発はクリス・カプアーノ。
過去に18勝した年はあるものの、この年はわずか3勝…
この年の目玉はアルトゥーベ!
168cmの小兵ながら、首位打者に盗塁王、2017年にはMVPも取りました。
この年首位打者のジャスティン・モルノー。
その後伸び悩んでいますが、強肩の若手外野手ヤシエル・プイグ。
そして2018年。
先発には今年2桁勝った投手はいなく、目立ったクローザーもいない…
捕手のヤディエル・モリーナがビッグネームですが、
日本中誰もが知っている大物…とはいきませんね。
若手野手は新人王候補の中央ソトや右アクーニャJr.がいますが…
現時点では大物とまでは言えませんね。
MLBの年俸が上がりすぎて、日米野球で大物がケガしては…
というのは分からないでもないですが、それにしてもさみしい。
2018年のMLBメンバーであれば、
日本側は全勝するぐらいのつもりでいってほしいです。
と言っても日本側も超大物が勢ぞろいではありませんがね。
|
|
鉄ネタばかりを取り上げるブログですが、今回は野球ネタで鉄分0です。
1988年10月19日、近鉄対ロッテダブルヘッダーから30年が経ちました。
9月になっても首位西武から大きく離された2位近鉄バファローズ。
しかし驚異の追い上げで最後の対ロッテダブルヘッダーを連勝すれば、
奇跡の逆転優勝というところまできます。
この日ばかりはふだんは閑古鳥の川崎球場が超満員、TVも緊急生中継。
パリーグの最も熱く、そして1番長かった日と言われています。
ダブルヘッダー初戦、9回奇跡的な勝ち越しで夢を第2戦につなぎます。
そして迎えたダブルヘッダー第2戦。
ブライアントがホームランを打つ、しかしエース阿波野が力尽きる…
異常な熱気に包まれた試合は、延長10回へ…
結局時間切れ引き分けで、近鉄は負けることなく優勝を逃しました。
自分はこの日の試合に魅了されてすっかり近鉄ファンになりました。
その後は強い時も弱い時も、日々の生活が野球を中心に回っていました。
しかし2004年、近鉄バファローズは消滅。
自分も野球狂からただの野球ファンとなってしまいました。
前置きが長くなりましたが、
職場近くの川崎球場で10・19から30周年イベントがあるので行きました。
その前に取り壊される前の川崎球場の風景から。
ただ自分は実際に川崎球場で野球をみたことはありません。
また野球場としての姿を見に行ったのはたった1回。
2000年に川崎球場の閉鎖が決まってからのことでした。
外野席入場券売場。わずかに球場内の観客席も見えます。
川崎球場の外壁と照明。
川崎球場の「球」の文字の点が、ボール型なのが泣けます。
そして30年目の朝。
職権で(?)某所から現在の川崎球場を俯瞰しました。
野球のスタンドは撤去され、グラウンドの形もアメフト用の長方形です。
左がホーム側、右には外野フェンスが残っています。
また当時の照明塔が現在も使用されています。
10.19から30年、スタジアムツアーに参加しました。
ガイド付きで川崎球場を見学します。
まずは阿波野と高沢が迎えてくれましたw
後ろの照明塔は1954年に立てられたものです。
川崎市の予算不足で新しいものに替わらずにいましたが、
耐震問題で近いうちに建て替えられてしまうとの話も…
グラウンドに入ります。
あ、背番号59、青柳だw(ガイドの手伝いをしてくれたバイトさんです…)
球場は現在はアメフトなどで使用されています。
ライトスタンドの向こうには知る人ぞ知る「ハウスプラザ角倉」。
10・19当日は、場内に入れなかった客が、
この建物の屋上や非常階段から観戦していました。
今では考えられませんね…おおらかな時代でした。
ライトフェンスには川崎球場当時の広告がうっすらと残って見えます。
「TOSHIBA」の字体が懐かしいです。
川崎球場は非常に狭い球場なので、その分外野フェンスは高くしてました。
貴賓席から見た川崎球場。
外野スタンドの向こう側には照明塔が立っています。
1960年の大洋の優勝を知っている近所のおじいちゃんも来てました。
本当は川崎球場名物肉うどん食べたり、夜の座談会も覗きたかったですが、
夜の仕事明けで眠かったのでスタジアムツアーだけで撤収しました。
このツアーは富士通スタジアム川崎の支配人さんに案内していただきました。
どうもありがとうございました。 |
|
原鉄道模型博物館に台湾のナローが来ているのをすっかり忘れてました。
夜の仕事明けですが、他に時間が取れないので見に行ってきました。
おぉ!小さくてかわいい!
1921年台湾精糖佳里工場製造の木造単車の気動車です。
マイクロバスのような雰囲気です。
こんな車輌、これまでに見たことがありません。
産業用のナロー気動車なんて日本では保存されていないのでは?
動態展示可能ということで、走っているところを見たかった!
車内の様子も。
定員12名と本当に小さな車輌です。
横浜の運河と大きなビルの間にちょこんと単車がいます。
製造から100年近く経って、こんな場所に来るとは思わなかったでしょう。
そういえば台湾にはまだ行ったことがありませんが、
こんな面白い車輌が見られるのならば行ってみたいと思いました。 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
全1ページ
[1]






