馬鹿は煙と高いところが好き

蒸気機関車と俯瞰好きです。鉄道俯瞰写真と海外蒸機を中心にアップのつもりが、最近は保存車輌巡りばかり…

海外・中国

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哈爾濱駅から日帰りで浜北線の鈍行列車の旅に出ました。
 
まずは朝の哈爾濱駅の跨線橋から。
駅構内を走る前進型蒸機が1両見えました。
もう少し以前なら、構内には煙がウジャウジャしていたんだろうな…
背景の薄汚れた建物も含めて、一昔以上前の中国という感じがします。
イメージ 1
1995年3月5日 哈爾濱駅 前進2143
 
哈爾濱から2時間弱、鈍行列車で浜北線の白奎堡駅まで往復しました。
その間の記録も記憶もないのが残念なのですが…
 
さて白奎堡駅から帰りの哈爾濱行は前進型牽引の客車列車でした。
哈爾濱駅を発着する最後の前進型蒸機牽引の客車列車だった気もします。
イメージ 2
1995年3月5日 哈爾濱駅 前進6983 564レ
つくばみらい市のきらくやま ふれあいの丘には、
おそらく日本唯一の満鉄蒸機、プレニが保存されています。
最近のネット情報では再塗装されたようなので久しぶりに見に行きました。
 
確かに全身真っ黒に塗られています。
かつては動輪などが赤く塗られていかにも中華蒸機という感じでしたが…
イメージ 1
2018年6月25日 きらくやま ふれあいの丘 PL2248
 
アップにしてみるとシリンダーやボイラーの底には穴が開いています。
再塗装はしたものの、根本的な整備は行われていないようで残念です…
イメージ 2
2018年6月25日 きらくやま ふれあいの丘 PL2248
 
1935年日本車輌製造で、鞍山昭和製鋼所で使用されたカマとされています。
ただしその経歴は不明な点が多く、248号機の製造記録はないそうです。
日本車輌製造ではなく、大連で追加製造されたカマかもしれません。
イメージ 3
2018年6月25日 きらくやま ふれあいの丘 PL2248
 
入換で使用されたカマですが、D51よりも自重は重いです。
さすがは大陸です。
そのため後方が見やすいように、テンダーは斜めにカットされています。
イメージ 4
2018年6月25日 きらくやま ふれあいの丘 PL2248
 
 
1968年6月の鉄道ファンの記事より。
新製当時のプレニの写真と形式図です。
こんなカマが今も日本に保存されているのはすごいことだと思います。
イメージ 5

 
ただし残念ながら原状は錆びて草生して…
もっと注目されていいし、大切にされるべきカマだと思うのですがね…
イメージ 6
2018年6月25日 きらくやま ふれあいの丘 PL2248
中国東北部では減ったとは言え、まだまだ蒸機が活躍していた時代。
しかし情報はわずかで、主に写真集をあてにして撮影地を探しました。
渾湾線の湾沟付近の峠へも、建設型蒸機の写真に憧れて行ってみました。
 
湾沟駅を出てすぐ、煙を上げて走る建設型。
ナンバープレートがボロボロでナンバーが読み取れません…
イメージ 1
1994年3月30日 渾線湾沟〜大東 建設型
 
坂を下ってきて絶気で走る建設型重連。
せっかくの重連ですが、絶気ではねぇ…
イメージ 2
1994年3月30日 渾線大東〜湾沟 建設型5072
 
線路沿いを峠の方へ向けて歩いて、好撮影地を探します。
冬枯れの木立の築堤を走る建設型牽引の客車列車。
この日はこれが1番マシな写真だったかな?
当時の渾線は建設型天国。列車はすべて建設型牽引でした。
イメージ 3
1994年3月30日 渾線湾沟〜大東 建設型5858
 
なぜかこの辺りで人だかりがあって、その中には死体が…
なんだか重苦しい気分になってきました。
イメージ 4
1994年3月30日 渾線湾沟〜大東 建設型5731
 
結局、目指した峠付近の撮影地には行きつけず。
途中であきらめて、トボトボと同じ線路沿いを歩いて駅に戻ります。
イメージ 5
1994年3月30日 渾線大東〜湾沟 建設型5290
 
湾沟駅を発車したばかりの建設型牽引の貨物列車。
建設型は前進型ほど迫力はないし、元満鉄蒸機の美しさもありません。
それでもやってくる列車がすべて蒸機というのはうれしかったです。
イメージ 6
1994年3月30日 渾線湾沟〜大東 建設型5428
 
夕方の湾沟駅で一人たたずむ建設型。
これでこの日の撮影を終えて、列車で宿のある通化に戻りました。
イメージ 7
1994年3月30日 渾線湾沟駅 建設型
 
目的地には行けず、なぜか死体を見たりで気分の滅入る1日でした…
中朝国境の町、集安では国境越えの北朝鮮蒸機が目的でした。
しかしいつ走るのか分からず、結局国境越えの蒸機は撮影できないまま、
梅集線の建設型蒸機だけを撮影しました。
ただし建設型牽引の列車も1日1往復の旅客列車以外は情報がなく、
いつ通過するのかも分からないまま線路際で待つことになりました。
 
まずは集安に向かう貨物列車がやって来ました。
イメージ 1
1994年3月27日 梅集線陽岔〜集安 建設5691
 
続いて前日に乗ってきた565次。
鴨緑江沿岸の町、集安に向けては下り勾配なので煙はほとんど出ません。
1日1本の旅客列車ですが、荷物車も含めて8両と立派な編成です。
イメージ 2
1994年3月27日 梅集線陽岔〜集安 建設6413 565次
 
 
梅集線が俯瞰できそうな丘に登りました。
しかしやってきたのはDL牽引の貨物列車でした…
イメージ 3
1994年3月27日 梅集線陽岔〜集安 
 
その丘からは鴨緑江を挟んで北朝鮮を望むことができました。
向こうは北朝鮮かと思うとちょっとドキドキしました。
写真の左下あたりには高句麗の将軍塚という古墳が見えています。
イメージ 4

 
集安から通化に戻る客車列車がやって来ました。
今度は上り勾配なので、煙が上がっています。
イメージ 5
1994年3月27日 梅集線集安〜陽岔 建設5691
 
煙を上げながら客車列車が通過していきました。
イメージ 6
1994年3月27日 梅集線集安〜陽岔 建設5691
 
今度は逆光ですがミニ編成の貨物列車です。
イメージ 7
1994年3月27日 梅集線陽岔〜集安
 
絶気で坂を下ってくる建設型牽引の貨物列車。
イメージ 8
1994年3月27日 梅集線陽岔〜集安 建設6413
 
結局集安では中朝国境の蒸機は見られず、
梅集線のよい撮影地もみつからずで、不完全燃焼に終わりました。
中朝国境の町、集安は3〜5世紀に高句麗の都があった古都です。
しかし鉄ヲタにとっては蒸機が見られることの方が重要でした。
今回はそんな集安へ向かった時の写真を…。
 
大連から夜行列車で雪の通化駅に到着。
通化からは梅集線の1日1本の列車565次で集安を目指しました。
建設型蒸機が牽引の列車でテンションが上がります。
565次は通化7:30発、11:23集安着でした。
115kmを4時間近くかけて結んでいました。
イメージ 1
1994年3月26日 梅集線通化駅 建設5731 565次
 
 
ちなみに大連から通化までの切符は硬券でした。
イメージ 2

 
集安行の切符は565次の列車内で購入しました。
日本なら車内補充券ですが、中国では代用票と言いました。
軟座でしたが9元、わずか150円もしませんでした。
イメージ 3

 
 
さておまけですが、集安では高句麗の遺跡見物もしました。
教科書にも出てくる高句麗好太王碑はここ集安にありました。
イメージ 4

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