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名鉄では1990年代まで動態保存的な3400系いもむしとともに、
戦前生まれのモ800形も活躍していました。
今回はモ812を先頭に、3401Fいもむしが併結された写真です。
真っ赤なモ812と緑色のリバイバル塗色の3401F。
床下機器むき出しのモ812とスカートをはいた3401F。
何とも言えずいろいろとアンバランスな編成です。
モ812は1935年製造。
1996年の廃車まで60年以上活躍しました。
大名鉄でこんな車両が走っていたのも、
もう20年以上前になってしまいましたね。
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中部私鉄
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かつての豊橋鉄道は各地の中古車両が活躍する路線でした。
車庫のある高師駅には興味深い車両がいろいろといました。
凸型電機デキ211。
1925年愛知電気鉄道で導入され、1954年に豊橋鉄道に来ました。
錆が目立ちますが、1997年廃車なのでこの時はまだ現役でした。
当時の留置車両の中の目玉、元田口鉄道モハ36改めモ1711。
1929年田口鉄道モハ101として導入され、その後モハ36に改番。
田口鉄道が豊橋鉄道に合併された時にそのまま豊橋鉄道に編入され、
1968年の田口線廃線後は渥美線に転用されてきました。
1988年田口鉄道当時の茶色塗色に復元され、お別れ運転後引退しています。
復元時には車番もモハ36とされていました。
こちらは1941年製造の元西武モハ200形。
1963年に豊橋鉄道に譲渡され、ク2701+モ1701となりました
豊橋鉄道らしいブタ鼻、角形のヘッドライトが格好悪いです…。
1997年の昇圧で豊橋鉄道から面白い電車たちが消えたのは残念でした。
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風光明媚な能登半島を走っていたのと鉄道。
蛸島まで全線に乗車した帰り道、矢波駅で下車して列車の撮影をしました。
逆光だしモヤってるしでイマイチですが、海沿いを走る気動車を俯瞰です。
条件がよければもっといい写真が撮れたのでしょうねぇ。
矢波駅に戻ってから、駅に進入する気動車も撮影しました。
のと鉄道能登線は2005年に廃線。
美しい風景を車窓から眺めることもできなくなりました。 |
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さて、前回貨物列車の撮影の合間にある所へ…と書きましたが、
見に行ったのはこいつです!
新潟交通クハ46!
なぜか縁もゆかりもなさそうな長瀞町の工場にいます。
クハ46は1929年製造の小田急モハ208→デハ1408の車体と、
新潟交通手持ちの台車を組み合わせて製造されました。
現在でも台車は撤去されていません。
現在は従業員の休憩所として使用されていて、見えにくい場所にいます。
顔をちゃんと見たいですが、障害物が多くてどうにもなりません。
新潟交通の社章もちゃんと残っています。
クハ46は1999年の新潟交通全廃まで在籍していました。
それから20年近くが経ち、塗色も相当傷んできました。
クハ46の現役時代の写真がないか探しましたが、ありませんでした。
代わりに同形のクハ45を。
このクハ45は廃線後、佐渡に渡りましたが、解体されたそうです。
なぜか長瀞町にいる新潟交通の車両。
非常に貴重な存在だし、なんとかきちんと保存できないかなぁ。 |
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常念岳に登った後、まだ早かったので安曇野の保存車両を見に行きました。
まずは最近長電から松川村に移動してきた旧型車2両。
安曇野ちひろ美術館のトットちゃん広場で電車教室として展示されてます。
この2両、小布施のながでん電車の広場で保存されていたのですが、
玉突き式に追い出され、信濃川田駅跡で放置されていました。
デハニ201は1926年汽車会社製造で長電一筋の車両でした。
モハ604は1927年川崎造船所製造、1981年長電での廃車後に上田交通へ。
そこで電装解除されました。
先行きが心配された長電車両でしたが、落ち着き先があってよかったです。
ただ観光施設での保存の場合、観光施設がポシャると保存車両も荒れていく…
ということがあるのが心配です。
幸い今回は夏休みの週末で、観光客がいっぱい来ていましたが。
さらに松本に向かう途中、細野のD51も見に行きました。
北アルプスの麓、D51が夕日を浴びて美しく輝いていました。
1940年製造で熊本→広島→北海道と渡り歩きました。
安曇野とは縁もゆかりもないカマですが、美しく保存されてよかったです。
帰りはレンタカーの都合で村井駅から。
村井駅舎は好ましい木造平屋建てでした。
建て替えの話が出ているようで、訪問するならお早めに…
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