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かつてはソウルと北朝鮮の元山を結んでいた京元線。
もちろん南北分断で路線も分断され、新炭里駅が終点となっていました。
議政府駅で発車を待つ京元線の客車列車。
この833レは16:20議政府発で17:40新炭里着。
57.0kmを1時間20分もかけて走っていました。
当時は議政府までソウル近郊路線として電化されていましたが、
議政府以北は客車列車が走るのどかなローカル線の面持ちでした。
今ではさらに20km以上北の逍遥山駅まで電化されているそうです。
新炭里駅は38度線よりも北にあります。
制服の女子校生が利用するのどかなローカル駅のようですが、
軍事境界線まで遠くなく緊急事態に巻き込まれてもおかしくない地域です。
現在は新炭里駅からさらに5.6km北まで路線は伸びているようですね。 |
韓国
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1990年代前半の韓国では客車列車が主力でしたが、
ソウル郊外線では1日3往復だけの気動車が走っていました。
その顔つき、スカ色のような塗り分け。
日本のどこかのローカル線?と錯覚するような車両です。
それもそのはず、1960年代日本製の気動車でした。
日本人テツ的には妙に安心感を得られる顔です。
そういえばソウル駅は以前はこんな立派な駅舎でしたね。
1925年建築のレンガ造りで、今も保存されています。
平凡な景色の中を25.1km、1時間25分かけて走り、議政府駅に到着。
議政府駅の駅名票と気動車です。
ソウル郊外線は国境が近く、軍事基地もある開発規制地域を走ります。
そのために乗客が少なく、2004年に旅客輸送が廃止となってしまいました。 |
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平昌オリンピックは予想外に盛り上がりましたね。
平昌への鉄道は昨年末に開業したばかりで乗ったことがありませんが、
フィギュアやカーリングの会場となった江陵には行ったことがありました。
25年も前のことです。
ソウル市内の清涼里を23:00に発車した夜行列車で、
8時間以上かけて翌朝7:35に終着江陵に到着しました。
この当時の江陵駅は日本海沿いのどん詰まりの終着駅でしたが、
現在はソウルから平昌を経由する京江線が開通して途中駅となっています。
ソウルからは最短1時間35分とのことで、隔世の感があります。
江陵駅舎。
1962年開業以来の地味な平屋建ての駅舎だと思われます。
京江線開業に合わせて新駅舎になっています。
江陵駅からは再び客車列車に乗り込み、嶺東線を戻りました。
嶺東線には当時、有名な3段スイッチバックとΩループ線がありました。
走行中の客車デッキに構えていると運よくΩループを走る貨物列車が見えました。
この付近は2012年にトンネルが開通して廃線になりました。
現在はチューチューパークという観光施設になっているそうです。
Ωループを越えて桶里駅に到着。
当時は優等列車も停車していた桶里駅ですが、
現在は貨物専用線となっているようです。
25年前の韓国はまだ全国で客車列車が走り、結構楽しめました。
今は行ってもつまらないんでしょうね。
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10数年前までは韓国にも長距離鈍行ピドゥルギが走っていました。
韓国の裏街道、中央線の490.2kmを12時間以上かけて走る604レです。
604レは時刻表上は釜山の隣駅、釜田を6:20に発車。
定時だとソウル市内の清涼里18:58着でした。
早朝の釜田駅の駅名票と発車を待つ604レ。
低いホームが大陸的です。
荷物車も連結していますね。
客車の床下から暖房のスチームが吹き上がっています。
最後尾のドアは開けっ放し。
日本も国鉄旧客の時代はこんな雰囲気だったんだろうなと思います。
この日は前日の列車事故の影響で、ダイヤは大きく乱れていました。
604レは4分遅れの6:24に釜田を発車しましたが、次第に遅れていきます。
釜田を出てすぐの東莱駅で中央線周りのセマウル2本に追い越されました。
慶州の少し北の林浦駅ではこんな荷物列車とも交換しました。
4両編成の荷物列車、手旗を持った駅員、たらいをかついだおばちゃん…
昔の日本でもこんな光景が見られたのではないでしょうか?
伊下駅で姉妹列車の603レと交換です。
時刻表上では隣の甕泉駅で交換でしたが、遅れで伊下駅で交換しました。
牽引するのは7100形DL。
1971年からアメリカで製造され、韓国に輸出されたDLです。
同じく603レの後ろ姿。
DL+荷物車1両+客車5両+荷物車3両の編成です。
普通列車ピドゥルギはスカ色風の塗り分けでした。
中央線の北半分、栄州より北は電化されていました。
途中で急行トンイルと交換しました。
当時急行トンイルは白地に緑の塗色でした。
牽引するDLが7500形に変わっていました。
黒+オレンジの塗色で、青+クリームの7100形に比べていかつい印象です。
左に少しだけ写っている日本の特急のパクリのような車輌も気になります。
漢江を渡り、18:56に夕暮れ時の清涼里駅に到着しました。
いつの間にか遅れは取り戻し、2分の早着でした。
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慶州滞在の2日目は列車で仏国寺に行きました。
仏国寺駅舎は1936年建造。
韓国一の寺院の最寄駅ということもあり、寺院風の駅舎です。
なんとなく唐招提寺みたいです。
駅から仏国寺までは歩いて行きました。
仏国寺までの最寄駅と言っても、歩くと1時間近くかかりました。
仏国寺大雄殿。681年ごろ創建で1765年に再建された本殿です。
帰り道にDL牽引のトンイル号を撮影しました。
7000形DLはソウル五輪のために1986-1987年に製造されました。
7015機はその最終機。
カバみたいな顔の流線型でお世辞にも格好いいとは言えません。
ちなみに「トンイル号」は「統一」の意味で、日本の準急列車に当たります。
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