「傲慢さが広がっていたのかも」原発技術者の悔恨 2011/05/21 22:59更新 産経新聞 原子力は日本に欠かせない技術だと疑わなかった自信が揺らいでいる。事故は、もう後戻りできない「境目」だったのか−。茨城県北部の東海村に住む日本原子力研究開発機構の研究者、清水康彦(43)=仮名。東京電力福島第1原子力発電所で起きた事故の衝撃は、清水の研究者としての誇りすら吹き飛ばした。 原子力機構は国内唯一の原子力の総合的な研究開発機関だ。清水は前身の日本原子力研究所(原研)時代から核燃料サイクルの研究に携わり、実績が認められていると自負があった。原研では核燃料が重大な損傷を受けるシビアアクシデント(過酷事故)を研究し、成果が電力会社の安全対策に反映したこともある。非常時に備えた遠隔ロボットも開発していた。 が、現実はロボットの出番はなく、放射能汚染の拡大で多くの人々が苦しんでいる。原子力機構は事態の収束に向けて総力を挙げて支援に動いているものの、清水自身はふがいなさと悔しさばかりが募るのだ。 「原子力に関わるものとして東電だけのせいにできない。人のために役立ちたいと研究しながら、安全上の問題を指摘できなかったことを恥ずかしく思う。われわれの技術にもっと謙虚になるべきだった」 地球温暖化が問題化するなか、二酸化炭素(CO2)を削減できる原発が世界的に再評価されてきた動きは「原子力ルネサンス」と言われる。今回の事故は、その潮流に乗り、原発輸出で海外に打って出ようとしていたシナリオに水を差してしまった格好だ。 日本の商業用原発の歴史は昭和41年、英国から技術を導入して稼働した日本原子力発電東海発電所(東海村、廃炉)で幕を開けた。その後、技術指導を米国企業から受けてノウハウを蓄積、米国のスリーマイル島事故、旧ソ連のチェルノブイリ事故で長く続いた「冬の時代」でも国内では新規の建設が続き技術を洗練させていった。今、技術レベルは世界トップクラスにある。 「原発も新幹線もうちのナットが壊れたとは聞いていないし、技術には絶対の自信を持っている」 中小企業の街、大阪府東大阪市を拠点とするハードロック工業社長の若林克彦(77)はそう言った。原子炉容器を地震の揺れから守るショックアブソーバー(衝撃吸収器)は耐震性を高める日本独自の技術だが、同社の「絶対緩まない」ナットが使われている。2次被害がまったくなかった東北新幹線の線路にも採用されており、高い信頼性が証明された。 一方、世界の原発の圧力容器で8割のシェアを占めるのは日本製鋼所だ。そこには日本刀を美術工芸品の粋にまで高め、戦艦大和の主砲の砲身の製造にも使われた鍛造技術が息づいている。海外メーカーの追随を許さず、原子力大国フランスから支援のため乗り込んできた原子炉メーカー、アレバ社ですら同社から圧力容器を調達している。 モノづくり大国とされた日本がお家芸としてきたのは、海外から取り入れた技術を磨き上げ、自らのものとする手法だ。その一体どこに死角があったのか。 清水は平成19年7月に起きた新潟県中越沖地震が分岐点だったとみている。東電柏崎刈羽原発が設計想定を大幅に超える揺れに見舞われたが、原子炉は安定的に停止し、外部にほとんど影響を与えなかった。当時、技術水準の高さを誇る見方さえあった。 「想定外の地震でも乗り切れてしまったことで、逆に安全に対する考え、哲学を根本的に検証しようとするまでに至らなかった。『安全に作っているから安全だ』という傲慢さが、原子力に携わる私たちの間にいつのころからか広がっていたのかもしれない」 清水の悔恨の念は尽きない。日本の技術は輝きを失ってしまうのか。自分を含め、日本人はどうすればいいのか…。60年近くもの間、技術者であり続け、世界に「安全」という商品を輸出してきた若林はこう言った。 「『安全でない』『技術が足らない』と思うなら、私たちはさらなる安全や技術を求めて挑戦していけばいい。日本は第二次大戦後、何十年もかけて復興以上のよりよい街をつくってきた。大震災も同じだ。この体験を踏まえてよりよいものをつくっていく。日本は今こそ世界に向けて模範を見せなければいけない」 東日本大震災が起きた「3・11」を境に、日本社会は実にさまざまな問題を突きつけられた。ただ、それらは「第二の開国」に踏み出そうとしていた日本が震災前から抱え、乗り越えられなかった「境界」でもある。私たち日本人は、戦後最大の危機を越えられるのだろうか。(敬称略) 誰のせいという話をしても仕方がない。要は、原子力は人間の手に負えるものではなかったということだ。 今回の原発問題は、技術の敗北ではない。モラル欠如がもたらした必然的な帰結だ。リスクが存在するのに「リスクは存在しない」と言い続けた。技術不足は克服できても、モラル欠如がもたらした不信は克服できない。嘘をついた人間は、今後自分が嘘をつかないことを証明できない。
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