心より発するもの

本とクラシック音楽を愛する弁護士「ねどべど」のブログです。将棋アマ四段です。

名言

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全13ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

血と労苦と汗と涙

血と労苦と汗と涙のほかに、私が差し上げられるものは何もない。
我々の政策は何かとあなたは尋ねるだろう。
それは、海で、陸で、空で、神が我々に与えたもうた全ての力をもって戦うことである。
人類の暗く嘆かわしい犯罪の歴史においても前例のない残忍非道な独裁政権と戦うこと、それが我々の政策である。

ーーウィンストン・チャーチル(1940年)
注目集める回天特攻の島 周南・大津島 山口

産経新聞 12月8日(日)7時55分配信 

 先の大戦末期、日本海軍が投入した人間魚雷「回天」訓練基地が全国で唯一、残されている山口県周南市の大津島を訪れる若者が増えている。以前は遺族らが中心だったが、相次いで漫画や映画の舞台となり注目を集めている。蒼海に浮かぶコンクリートの残骸、出撃前の凛とした顔と最期の魂を込めた遺書。戦死者の平均年齢は21・1歳。現代の若者の目にどう映っているのだろうか。8日、日米開戦の日を迎えた。(将口泰浩)

  ■「怖いのは母さんの涙」 遺書に託した思い

 徳山港からフェリーで45分、沖合10キロに浮かぶ大津島に到着した。歩いて5分ほどで小山を貫くトンネルが見えてくる。調整工場から訓練基地に回天を運んだトンネルで、床面にはトロッコのレール跡もある。

  海に抜けると、回天基地跡が現れる。建物は立ち入りができないが、回天を海面に揚げ降ろししたクレーンの支柱跡もある。

  兵舎跡にある大津島小学校グラウンドを回り込んだ山の中腹にある「回天記念館」には戦死した若者の遺影が飾られ、遺品や資料が展示されている。

  ◆「祖国救う」145人戦死

  昭和18(1943)年夏、戦況が悪化する中、2人の青年士官が戦局を逆転するには体当たりによる特攻しかないと、人間魚雷を構想した。翌年8月、正式兵器に採用された。

  「天を回らし、戦局を逆転させる」という願いから「回天」と名付けられた。祖国を救うために一歩一歩死に進む特攻兵器だった。

  《…右特殊兵器は挺身肉薄一撃必殺を期するものにしてその性能上特に危険を伴うもの。》

  兵器のことは一切触れず、募集要項にはそれだけが書かれていた。だれが読んでも容易ならざる作戦であることは想像できる。だが、応募者が殺到した。ほとんどが17歳から28歳までの海軍兵学校、海軍機関学校、予科練など出身の若者ばかりだった。

  魚雷試験発射場があった大津島に訓練基地が設けられた。山口県光市など3カ所にも訓練基地が作られた。

  大津島に集まった精鋭は競い合うように訓練に励み、約半年後に出撃が決まる。回天初陣は昭和19年11月8日、南洋のウルシー、パラオ方面だった。

  出撃が決まると、最後の別れに2、3泊だけ故郷に帰ることが許された。

  突然の帰郷に家族は喜び、できる限り好物を食卓に並べ、たくましくなった息子を歓待する。極秘作戦であり、「これから死にます」ともいえない隊員は最期の団欒(だんらん)を心の底から楽しんだ様子が日記に書かれている。

  重要な任務で秘密であるから話さないというよりは、家族を悲しませたくないという思いの方が強かったのだろう。

  出撃の朝、見送りの仲間に別れを告げ、湾内に停泊している回天を搭載している潜水艦に乗り込む。「出航」の合図とともに、「帽振れ」に送られ、白煙を残し潜水艦が出航。潜水艦内でも回天の隊員は最上級の寝床を与えられた。

  残された家族や仲間のために日記や遺書を書く隊員も多かった。

  「お母(かあ)さん、私は後3時間で祖国のために散っていきます。胸は日本晴れ。本当ですよお母さん。少しも怖くない。しかしね、時間があったので考えてみましたら、少し寂しくなってきました。

  それは、今日私が戦死した通知が届く。お父さんは男だからわかっていただけると思います。が、お母さん。お母さんは女だから、優しいから、涙が出るのでありませんか。

  弟や妹たちも兄ちゃんが死んだといって寂しく思うでしょうね。

  お母さん。こんなことを考えてみましたら、私も人の子。やはり寂しい。しかしお母さん。考えて見てください。今日私が特攻隊で行かなければどうなると思いますか。

  戦争はこの日本本土まで迫って、この世の中で一番好だった母さんが死なれるから私が行くのですよ。 

  母さん。今日私が特攻隊で行かなければ、年をとられたお父さんまで、銃をとるようになりますよ。

  だからね。お母さん。今日私が戦死したからといってどうか涙だけは耐えてくださいね。

  でもやっぱりだめだろうな。お母さんは優しい人だったから。お母さん、私はどんな敵だって怖くはありません。私が一番怖いのは、母さんの涙です」

  終戦までに計1375人が訓練を受け、145人が戦死した。

  この回天と若者を題材に、平成16年から芳文社の漫画雑誌に連載されている「特攻の島」(佐藤秀峰氏作)が人気を集めている。作家の横山秀夫さんの小説「出口のない海」も大ヒットし、18年には市川海老蔵さん主演で映画化された。

  記念館の来館ノートにはこうつづられていた。

  「高校生の時に回天の本を読み、いつか大津島に来たいとずっと思っていました。回天特攻隊員の方々の遺書などを読み、少しだけその志に触れることができたと思います。今日のこの感動を忘れずに、明日からまた頑張ろうと思います。ありがとうございました」

  「涙が止まりません。今の平穏で、しかし悲喜こもごもある日常があまりにも日常過ぎて、感謝の心を忘れそうになるとき、ここに来ると、当たり前の日常のありがたさに感謝せずにはおられません」

 【用語解説】回天

  秘密保持のため、「○六(マルロク)兵器」と呼ばれた。全長14・75メートル、8・3トン、最高速力30ノット。母体となった高性能酸素魚雷の九三式魚雷の中央部に、乗員のための操縦室などを取り付けた。隠密性にすぐれ、多量に爆薬を積載することが可能だった。内実は終戦時まで機密事項だった。

 >>私が一番怖いのは、母さんの涙です

 泣けてくる。

 …と同時に、当時の政権や軍部のあまりの愚かしさに目の眩む思いがする。自分は戦場に行くことなく、ただ若者たちに「国のために死ね」と命じて若い命を散らせてきた老害たち。

 今日の自民党にも、同じことをしそうな連中がわんさかいる。

失敗と努力

人生とは失敗の連続のようなものだが、それでも少しでも失敗を少なくするために努力する価値がある。

…ピート・ハイン『知恵に至る道』

競争の行為規範

公正かつ自由な競争の行為規範

(1)他人の行為にただ乗りする者(フリーライダー)は勝者となるべきでない。

(2)貢献に応じた報償が与えられるべきである。

(3)凡庸な競争者の集団的エゴイズムによって卓越した競争者の勝利が妨害されてはならない。

(4)挑戦者の権利が成功者の既得権に堕してはならない。

(5)自分が勝者となる場合にのみ競争促進を求め、敗者となるときは競争を制限しようとするような二重基準を設けてはならない。

…井上達夫「公正競争とは何か:法哲学的試論」(『法という企て』所収、東京大学出版会、2003)
無実の人間の弁護は
悪党の弁護よりも――
ずっと怖い

夜中にブツブツ言ってるのは――
明日、一世一代の弁論ができなかったら――
17歳の子がすべてを失うからだ
人生をね


弁護士 ロバート・G・ドネル(米ドラマ『Practice』の主人公)

全13ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事