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ここ、横浜FCと共に歩んだ11年間に及び、温かくもあり、時には厳しく見守り続けていただいた大切なパートナー、ファン、サポーターの皆様に大切なお知らせがあります。
MANIこと眞中幹夫は、今季を持ちまして横浜FCを退団し、ファジアーノ岡山に移ることになりました。
大切なパートナー、ファン、サポーターの皆様にはこの場をお借りして誠実にご報告申し上げます。
思い起こせば10年前の1999年、多くのサポーターの熱き思いを乗せたクラブの誕生と共に、私は一選手として、クラブの発展というサポーターと同じ思いを抱きながら私の横浜FCがスタートした。
クラブ消滅という悲劇から人々の思いをひとつひとつつなげていき、確かな力に変えて谷から這い上がり、クラブの原型を成すとその1年後には、JFLリーグ優勝を成し遂げる結果を出した。
そして、その翌年、正式加盟を許されたクラブはリーグ優勝という結果と共にJリーグという一度失った舞台に見事に返り咲いた。
それから6年間、紆余曲折を繰り返しながらクラブは亀の歩みで少しずつ少しずつ成長を遂げ、2006年にJ2リーグ優勝を果たし、夢のJ1の舞台へと登り詰める…
クラブの歩みと共に私自身も少しずつ少しずつ前へ進み往き、さまざまな経験を通してサッカーにおける大切な価値観、人生における大切な価値観を獲得した。
そして、今。
獲得したかけがえのない価値観を手に、選手を退き、中学生時に抱いていた「指導者」という本来の夢の道を着実に歩む。
そんな少年の夢を果たす指導者の道へのきっかけを作ってくれたのも、やはり、横浜FCだった。
その大好きであり、最も大切な横浜FCを去ること。
簡単な決断ではなく、眠れぬ日々を送りながら、
「苦しめば苦しむほどこのクラブへの誠意につながる」
と思い、本当の決断、本気の決断をした。
だからこそ決断には迷いやためらいはない。
横浜FCと真摯に向き合う意味でもけじめをつけなければならない。
決断の報告の術はさまざまだが、やはり、去る時は静かに、そして、水を濁さず去りたかった。
それが、この横浜FCへのせめてもの償い。
功績として何も残せなかった自責の念。
未熟さを痛感させられた現実。
さまざまな思いを胸に刻み、転地で精一杯生きることが横浜FCで見守り続けてくれたたくさんの方々への恩返しだ思う。
誠心誠意生きること。
そして、しっかりとした言葉で伝えること。
それが、皆様への心からの感謝の気持ちです。
横浜FCへ
そして、たくさんのファン、サポーターの皆さんへ
11年間、本当に、本当にお世話になりました。
ありがとうございました。
MANI
眞中幹夫
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眞中先輩、新しいチームでのご活躍、期待しています。去年まで、J2で来県の度、陰ながら(なんせ敵チームのコーチですから
)元気そうな姿を見ていました。
いつか、「大学ん時の先輩がJリーグで監督やってるんだ。」と、プチ自慢できる日を楽しみにしています。
2009/12/17(木) 午後 8:02 [ K・A・I ]
今年はベガルタ仙台で境高卒・桜井繁選手がJ1昇格を決めました。
来年の今頃は眞中コーチが育てた選手の岡山がJ1昇格へと期待します。新しい場所での心労は計り知れません。体に気をつけて更なる活躍を期待しています。
※後輩たちの活躍にエネルギーを貰っている50代の先輩より
2009/12/17(木) 午後 9:10 [ S51年境高卒 ]
横浜FCサポーターとしては非常に辛い別れになります…。
でも眞中さんの決断を応援します!
岡山でも頑張ってください。三ツ沢でまた会いましょう!
そしてまたいつか横浜に帰ってきてください!!待ってます!
2009/12/17(木) 午後 9:13
所属するチームが変われど、我が母校・茨大の先輩であることには変わりありません。新天地での更なるご活躍をお祈り申し上げます。近い将来に横浜FCの指揮官として戻られることを切に願って・・・。11年間、お疲れ様でした。
2009/12/17(木) 午後 10:12
☆「いつかは こういう日が来る」
そういう覚悟を……現役引退につづいて、
去年〜今年と、時間をかけて心の準備を……していたような。
☆新しい段階への
MANIの出発を、
心より祝福します!!
☆指導者としてのMANIは、
まさに、これからが伸び盛りですねぇ。
楽しみです。
☆ご家族の思いは、
いろいろあるかもしれませんが、
すべてがうまくいくよう、祈っています。
2009/12/17(木) 午後 10:50 [ mit*si*00* ]
最終戦のときMANIさんの表情を拝見して、気になってました。
やっぱり横浜FCを離れてしまうんですね。
でも夢に向かって頑張ってください。
そして、いつかまた、戻って来て頂けたらなぁって思ってます。
岡山での活躍をお祈りしています。
2009/12/18(金) 午前 0:02 [ にこ姫 ]
MANIさん、影山さんのところに行ってくるのですね。事情を
知らず「また来年!」と軽率に握手して別れてしまいすみません
でした。事情を知っていれば「4」のボードを持って最終戦に
掲げたのに。
MANIさんはいつもチームにいるのが当たり前の様になっている
のに、何年かぶりのサインを今年頂いた事が別れの悔いを小さく
しています。いや、今年阪倉さんと笑って挨拶出来る様になった
様に、MANIさんと我々の間はまだまだ続いているでしょうからお別れ
では無いですね。ホーム&アウェイ+天皇杯もあるかもしれま
せんし、またお会いできますね。
さよならと言うより、「行ってらっしゃい」で送り出させて
下さい!体に気をつけて、そしてお酒は程々にお過ごし下さい。
以上、三ツ沢メインスタンドベンチ脇最前列の黒キャップでした。
2009/12/18(金) 午前 7:12 [ futre ]
書き込みいただいた皆様へ
皆様、各々温かいお言葉をいただき、ありがとうございました。
皆様からのお言葉を胸に刻み、今後の力に変えていきたいと思います。
これからも、ご支援いただきますようよろしくお願いいたします。
MANI
2009/12/18(金) 午後 3:38 [ maria ]
眞中さん…(´;ω;`)
とっっっても
さみしいですが
三ッ沢で待ってます!
2009/12/19(土) 午後 7:26 [ なっちゃん ]
冬の霧雨にけぶる日産スタジアム、
試合終了後、場内一周、決して多くない観客でしたが、
最後に、メインに陣取る横浜FCの11年の決して楽なことばかりでなかった歩みをいつもともにしたサポたちからのマニーコールに手を振って応えてくれた眞中さんの表情に、
ひょっとするとチームを去るのではないかとの思いがしました。
クラブのサイトで発表されたときから、何と書き込もうかと時間が過ぎてきました。
忘れもしない01年3月17日(土) J2 第2節、三ツ沢、仙台戦、ロスタイム、FCのj初得点になるあの劇的な同点ゴール、
同じく01年7月14日(土) J2 第20節 、湘南戦、後半33分の無念の退場、
それから、それから、...、言葉は尽くせません。
できれば、眞中さんだけは、ユースでも、ジュニアユース、編成でも、FCに残ってほしかった。
でも、岡山でトップコーチを続ける決断、
全てを了解し、幸運と成功を心から、お祈りします。
ありがとう、マニー、
決して忘れない、
また、必ず、横浜FCに帰ってきてください。
2009/12/24(木) 午前 0:11 [ TAKANE ]
TAKANE様、書き込みありがとうございます。
皆様へのリリースから1週間が経過しました。
皆様にお伝えし、今日まで多くの方々からさまざまなお声をいただき、本当に横浜FCというクラブとサポーターの方々は私にとって特別なのだと痛感させられました。
皆様の思いは決して無駄にしてはいけない。
だからこそ、これからの生き方が本当に大切になっていくのだと思います。
改めて、ありがとうございました。
MANI
2009/12/24(木) 午後 10:10 [ maria ]
ジェフ・横浜FCそして、岡山まだまだ続くサッカー人生存分に楽しんでください!たまには、茨城に帰ってきて、茨城の子どもたちに教えに来てください。
2009/12/25(金) 午前 11:35 [ fcsanwa ]
fcsanwa様、書き込みありがとうございます。
ニックネームからお察し申し上げます。
年末年始は茨城帰省予定です
MANI
2009/12/26(土) 午後 5:31 [ maria ]