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原爆ドーム ケータイ投稿記事

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東日本大震災の被害に合われた方々に対し、心よりご冥福をお祈り申し上げます



東日本大震災の被害により大きな社会問題となっている原発問題が心配だ


目に見えない放射能の影に怯えながら人類は今後生きていかなければならないと思うと実に深刻である


一体どうしたらいいのか?







岡山に移籍し、人生初の西日本在住を経験している
広島に程近い地に住んでいる

祖母の影響で幼少の頃から戦争に対する興味があり、機会があれば、必ず、広島・原爆ドームを訪れたいと思っていた

それが今回、その思いが実り、実現することになった



「いつの日か、願わくば家族と共に訪れてみたい」

念願が叶った


2日前に原爆慰霊祭が執り行われた名残が平和記念公園にあり、平日ながら観光客で混雑していた


掻き分けるように世界遺産でもある原爆ドームの前に立ち、一瞬にして12万人の人類を焼き尽くす核爆弾にも屈せず、堂々たる姿で当時の惨状を無言で伝える建物を見上げ、込み上げるものがあった


上空600mで爆発し、半径4km圏内全ての生物と物を一瞬にして焼き尽くしてしまった事実
当時も今日と同じように真夏の太陽が照り付けていた  
 
突き抜ける青の中から恐ろしい一個の爆弾が投下され、人々の平凡な日常を一瞬で奪い去ってしまった


目の前には地獄絵図が拡がっていた
もがき苦しむ人々
燃え盛る家
人も家も町中全てが燃えていた




平和祈念館には原爆が投下された細かい事実が、ひとつひとつ大切に展示されていた

その中に原爆投下地を決める連合国の主要会談の内容が赤裸々に伝えられていた

数回に渡る会談の中で投下地が徐々に絞られていく
そして、最終的に広島が選ばれてしまった

軍需主要地・広島には唯一、連合国軍の捕虜施設がない理由が決め手だったなんて


人類の手によって引き起こされた身勝手な大量虐殺

絶望の淵に追い込まれた広島
 
 
しかし、目を覆いたくなる惨状から広島は立ち上がり、ゆっくりと復興の道を歩み始めた

あの忌まわしい8.6を逆に強みに変えて、10年、20年かけて、以前、この町に確実に存在していた平和を自分達の手でつかみ取っていった

一歩、また一歩

復興の足跡を辿りながら、広島の方々の勇気と力強さに心から感動した





大震災の甚大なる被害
原発の問題

確かな答えをなかなか見出せない大変な現実と向き合っているが、66年前、この地、広島が絶望の淵から一歩一歩立ち直っていったように、我々現代人もこの未曾有の困難を必ず乗り超えてみせる


一歩ずつ、確かな歩みを重ね、確かな形を作る




できる
絶対に諦めない




堂々とそびえ立つ原爆ドームがそう語りかけていた気がした





MANI

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