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なかなか、難しい問いではありますが、
個性とは、個人主義とは違うように思います。
ん?
と思われる人は多いのではないでしょうか。
確かに、好き、嫌いというものはその人の主観によって判断されるものであるので、
他人がとやかく言えるものではない。
しかしながら、最近特に気になるのは、
無関心によって、社会が崩壊し始めているように思える。
なぜか、
人は一人で判断し、行動し、生きているような感覚に陥っているが、
実は
そうではないのだということを知らないだけではないと思える。
日本には、”人間”という言葉がありますが、
この言葉は本来、人が二人以上初めて”人間”といえるのです。
人は人間にあらず、人間は人と人の間に生まれる社会を表す言葉である。
また、地球上の無数に存在する生命というものの、人は一つに過ぎないのだという事実を忘れてはいないだろうか。
無数の生命の誕生と、絶滅の中に人が存在しているだけだということを忘れてはいないだろうか。
人には、三大欲が存在するといわれる。
睡眠欲、食欲、性欲、
人は記憶力を持ち、言葉を開発し、目を進化させ、
人は大きく進化し、文化を創り、文明を進化させ、歴史を持つに至った。
しかし、これらが大きくなるにつれて、人の欲望も大きくなり続けているのです。
これは、私の個人見解ですが、
人は欲望を満たす行為に至る際にほとんど思考を必要としない。
欲望を支配するために人は思考を必要とするのである。
そのためには、人を理解することに教育が必要なのではないでしょうか。
先人の人たちは、絶えず、自然の驚異にさいなまれ、魅了されてきた。
自然を知るための努力というものを怠ることなく、自然の前に謙虚であったように思える。
しかし、産業革命以降は人の自己都合によって、世の中は大きく変わってきたのでは無いだろうか。
その中で支配していく一つの価値観。
優劣 という価値観
文明社会の、”優劣”という価値観
しかし、文化という自然の摂理に従順な自体は、その土地の気候風土によって
差異 という価値観
文化社会の、”差異”という価値観
文化は自然に従順であるが、
文明は何に従順であるのだろうか。
従順なものを持たなければ、実は文明社会とはならない。
それは、野蛮社会になってしまうのです。
個性という言葉は大変難しい質問であります。
しかし、個性とは個性を認めることができる人が個性があるといえるのではないでしょうか。
これぞれの”個”という存在を愛おしく思い、認める力を持つことこそが
真の個性ではないでしょうか。
これは理想なのかも知れませんが、それに近づくことで、心豊かに過ごせるのではないでしょうか。
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