万年寝太郎徒然日記

世のため人のためになることは一切書きません。

『男はつらいよ』の世界

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旅人・車寅次郎

映画『男はつらいよ』は、「旅」や「放浪」をテーマにした一種のロード・ムービーとしての一面も持っています。
自らを「旅人」と称していただけあって、車寅次郎と「旅」は切っても切れない関係にあります。
テキヤという職業柄、旅から旅への暮らしを送る寅さんは、行く先々で様々な人々、そしてマドンナと出会い、そこから様々な物語が生まれたのでした。

寅さんが旅した土地を順を追って辿ってみると、先ず第1作(昭和44年)は京都・奈良、第2作『続・男はつらいよ』(昭和44年)では再び京都と、当時の修学旅行のスタンダードな行き先がそのまま採用された感があります。このことは、元々『男はつらいよ』という作品がシリーズ化されることなど考えられていなかったことを物語っているとも言えます。
日本各地を旅する寅さんの姿が描かれるようになったのは、第3作『フーテンの寅』(昭和45年・森崎東監督)あたりからで、この作品では三重県の湯の山温泉が主な舞台となり、ラストシーンでは正月に種子島へ渡る寅さんが描かれ、桜島をバックにエンドマークが出て物語が終わります。

全47都道府県のうち、シリーズで最も多く登場したのは北海道。第5作『望郷篇』(昭和45年)で札幌・小樽が登場したのを皮切りに、シリーズ最高のマドンナ・リリー(浅丘ルリ子)初登場編である第11作『寅次郎忘れな草』(昭和48年)では網走、リリー再登場編の第15作『寅次郎相合い傘』(昭和50年)では函館と再び登場の札幌・小樽、第23作『翔んでる寅次郎』(昭和54年)では支笏湖、第26作『寅次郎かもめ唄』(昭和55年)では江差・奥尻島、第31作『旅と女と寅次郎』(昭和58年)では羊蹄山、第33作『夜霧にむせぶ寅次郎』(昭和59年)では釧路、第38作『知床慕情』(昭和62年)では知床がそれぞれ登場しています。
一方、シリーズ開始当時はまだ「日本」ではなかった沖縄は、第25作『寅次郎ハイビスカスの花』(昭和55年)で漸く登場。病気のリリーを見舞うため、寅さんは苦手な飛行機に乗って沖縄へ行くことになります。無事に到着し、リリーが入院する病院へ向かう寅さんが乗ったバスの上を、米軍機が通り過ぎていくというシーンが印象的でした。

この他、寅さんが訪れた土地の中で印象に残る所をいくつか挙げると、さくら(倍賞千恵子)の夫・博(前田吟)の郷里である岡山県備中高梁(第8作『寅次郎恋歌』・昭和46年、第32作『口笛を吹く寅次郎』・昭和58年)、島根県津和野(第13作『寅次郎恋やつれ』・昭和49年)、兵庫県龍野(現在のたつの市、第17作『寅次郎夕焼け小焼け』・昭和51年)、愛媛県大洲(第19作『寅次郎と殿様』・昭和52年)、静岡県大井川・長野県木曽福島(第22作『噂の寅次郎』・昭和53年)、鎌倉(第29作『寅次郎あじさいの恋・昭和57年)、伊豆七島式根島(第36作『柴又より愛をこめて』・昭和60年)など、枚挙に暇がありません。
第41作『寅次郎心の旅路』(平成元年)は、仕事に追われる日々に疲れたサラリーマン・坂口(柄本明)と共にウィーンを旅することになる異色作。初めての海外に最初は戸惑いながらも、ドナウ川を江戸川に見立てるあたりが寅さんらしく、心に残るシーンとなりました。

シリーズ最後の作品となった第48作『寅次郎紅の花』(平成7年)で主な舞台となったのは、神戸と奄美大島。神戸はこの年1月17日に「阪神・淡路大震災」に見舞われたばかり。一方の奄美大島は、かつてテレビシリーズの最終回で、寅さんがハブに噛まれて一度「死んだ」地。最後となった作品の舞台に奄美大島が登場したことに因縁めいたものを感じます。

北から南へ、南から北へと旅暮らしを続けてきた寅さん。
しかし、自由気ままな旅を続けながら、桜を見ると懐かしい葛飾の桜に思いを馳せ、ドナウ川を江戸川に見立てたように、どこにいても、寅さんの心の中には常に故郷の風景が生きていたのでしょう。

閉じる コメント(8)

寅さんはテレビシリーズで1回亡くなってたんですよね。

2007/1/11(木) 午前 10:50 スリング

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寅さんのイメージが余りに強い、この「渥美清」さんの役者人生というのは、果たしてどのようなものであっただろうか、という事にも僕は思いを馳せてしまいますね。

2007/1/11(木) 午後 9:17 [ - ]

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>isurinnguさん、去年の暮れ、ツタヤでテレビ版最終回を収録したビデオを見つけて、借りて観ました。寅さんが死んでしまったことに腹を立てた視聴者がフジテレビに抗議したエピソードは今でも有名ですね。

2007/1/11(木) 午後 10:11 [ mannennetaro2005 ]

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>ハム太郎さん、寅さんという人は「生きる喜び」と「生きる悲しみと辛さ」を両方知っていた人物だったと思います。その寅さんを演じた渥美さんも、「生きる悲しみと辛さ」を生涯背負い続けていたのではないでしょか。晩年は寅さん以外の役や作品にも取り組んだものの、いずれも挫折してしまったそうで、その意味では渥美さんの役者人生は、必ずしも「幸せ」なものとは言えなかったのかもしれません。

2007/1/11(木) 午後 10:18 [ mannennetaro2005 ]

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「寅さん記念館」に、「あなたも挑戦!クイズコーナー」なるものがあるのですが、「寅さんが訪れたことがない場所は?」という三択クイズの正解は、「富山県」でした。他には高知県だけで、その高知も「幻の49作目の舞台」だったんですよね。。私の祖母は富山県出身の「寅さん好き」なので、ちょっとだけ、ショックでした・・。

2007/1/22(月) 午前 0:58 くさちゃん

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吉岡秀隆さんは、「(寅さん映画への出演が)最後まで嫌で嫌で仕方がなかった」・・。「渥美さんの死を聞いたとき、初めて”教えてもらったことの大切さ”が身に染みてわかった」。「渥美さんの無念」は、吉岡さんが払拭してくれるのではないかと、私は思っています。

2007/1/22(月) 午前 1:02 くさちゃん

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うちのブログ・サイトを通じて親しい方に富山県在住の方がいらっしゃって、寅さんが富山県を訪れたことがないことを嘆いておられます。機会に恵まれなかったのかもしれませんが、個人的には不思議に思います。

2007/1/22(月) 午後 9:28 [ mannennetaro2005 ]

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(続き)吉岡君(彼の方が年上ですが、あえてそう呼ばせて頂きます)は、オーストラリアを旅行中に渥美さんの訃報に接したそうです。彼にとっても突然の知らせだったとのことで一人で泣いたそうです。今度の土曜日にいよいよ最後の作品が放送されますが、録画して永久保存します。

2007/1/22(月) 午後 9:32 [ mannennetaro2005 ]


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